番外725 知恵の樹と追憶
魔王国の重鎮達はある程度魔王の役割を知っていて、しかも問題解決に俺達と協力体制を取る、と簡潔ながらも説明を受けているそうだ。
想念結晶の力を蓄積する為に情報統制をしつつも、災害対策と称して避難や対処の為の訓練もしているそうで。魔王国は平和そうでありながら、その実対処はしっかりしているようだ。
そんなわけで、未曾有の災害が起こるかも知れない状況という事もあり……エイヴリルから見ても性格や思考に大きな問題のある重鎮は見当たらないとの事だ。
重鎮達の中でも、個々に功名心や功績を求める性格の者はいるのだろうが、それも問題の無い範囲というか。少なくとも悪意に満ちた――ファンゴノイドを襲撃した者が紛れているような事はない、というわけだ。
そんな重鎮達と宴会の席で挨拶をかわした後、持ってきた様々な土産物を見せる。
植物の類は環境が違って育成が難しいのが分かっていたので、酒のような加工品であるとか、事務用品や魔力楽器といった品々を見せる。
「ふむ。押印機とな……!」
魔界でも書類に署名や捺印といったやり取りはあるのか、押印機について説明するとメギアストラ女王や重鎮達も反応していた。
お試し用の紙等も提供したがそれに面白がって何度か押印したりと、楽しんでいるようだ。
「おお。これは街で売っていた楽器ではありませんか! テオドール公が持ってきたものだったのですな!」
と、インセクタス族の楽士がやや興奮したように言う。インセクタス族には割と音楽への造詣が深い者も多いとの事で。羽と楽器で音楽を奏でつつ歌う等、一人で合奏、合唱のような事もできる者がいる、との事だ。手足が6本という事もあり、器用な者は複数同時に楽器を扱えるらしい。
実際、その興奮しているインセクタス族もバッタ系の容貌であったりするし、コオロギかキリギリスのインセクタス族だろう。
まあ……インセクタス族は総じて鎧兜風だったり、毛が毛髪や飾りのように発達しているので案外昆虫感がなく、細かな種類が判別しにくいところがあるのだが。
「そうですね。活動資金としてこちらの通貨が必要だったので行商のような事をしていました」
「そうだったのですか。いや、そう考えると素晴らしい買い物をさせてもらったのですな。まだ不慣れなので演奏を披露はできませんが、早速楽しませて貰っておりますぞ」
と、楽士が言う。
「ああ、それはありがとうございます」
そう答えると楽士は満足そうに頷き「先々が楽しみだ」と、重鎮達が笑う。
挨拶回りという事で、カーラとも言葉を交わす機会があった。
「皆さんが無事で良かったです」
「カーラさんも。結論から言えば、心配も杞憂であったようです」
俺の言葉にカーラはこくんと頷く。
「はい。陛下やエンリーカ様から直接説明を頂きました。細かな説明はできないが危険人物を探す為だったとの事で……」
「僕が聞いた事情とも一致します。ですので、これ以後もあまり犯人等は気にしない方が良いかと」
「不自然な反応から目を付けられても困りますからね」
と、カーラが声だけで苦笑したのが分かる。
「これから暫くは客として王城に滞在していますので……何かありましたら王城を訪ねて来てくれれば、面会等の対応もしてくれるそうです」
「分かりました。皆さんとお話したり、お姿を拝見するのは楽しいですから、また会いに来るかも知れません」
なるほどな。パペティア族らしいというか。こちらが頷くとカーラもまた胸のあたりに手を当ててこくんと頷く。
そんな調子で……宴会は和やかに進んでいったのであった。
宴会が終わったところで地下区画に移動する。エンリーカに加えて、白ドラゴニアンの騎士団長、ロギも話し合いに加わるが……ファンゴノイドも交えて歓迎の席を設ける為に、まずは夜食用として料理を仕込んでおこうという事になった。
許可を貰い、地下区画に簡易の竈と台所を作って、そこで調理を始める。
「変わった食材ですな。どんな料理を作るのですか?」
と、ロギが首を傾げる。ファンゴノイド達は食べないにしても興味があるのか、こちらの作業風景を邪魔にならない位置から眺める。
「ん。ルーンガルドの食材と香辛料」
と、人参を切りながら答えるシーラである。
「作る料理はカレーライスと言います。作ってから少し時間を置けば、味も良くなりますから、後で夜食にするには良いのかなと」
「ルーンガルドの料理か。楽しみだな」
メギアストラ女王もそんな風に言って表情を緩めていた。アルディベラも笑顔で頷く。
カレーの準備と同時に……ファンゴノイド達にも喜んで貰えるよう、発酵魔法で作った米糠と、木魔法で作ったおがくずの混合物を準備しておく。米糠も精米の副産物であるから、結構な量が用意できるのだ。但し、ファンゴノイドにこれが菌床として適しているとは限らないので、まず少量を用意して意見を聞いてみるところからだ。
「おお、これは……」
ファンゴノイド達はそれを見て、目を大きく開いていた。
「皆さんの菌床になりますか?」
グレイスがそう質問すると、ボルケオールが「少し調べさせていただければ」と答える。
勿論こちらとしては問題ないので頷くと、ボルケオールは自分のキノコの傘から軽く胞子の煙を出して菌床に降らせていた。
その胞子から何かしらの反応を感じ取ったのか、大きく頷いて答える。
「素晴らしい。これは良いものです」
米糠とおがくずの混合物がキノコの栽培に適している、とは聞いたが、それもキノコの種類によるので、ファンゴノイド達に喜んで貰えるかは自信が無かったが、どうやら高評価のようで何よりだ。
「では、このまま菌床もみんなに行き渡る分量を用意させてもらいましょう」
というわけで、カレーの準備と共に菌床作りも並行して進めていくとしよう。
夜食や菌床の準備もできたところで、知恵の樹の近くに集まって話し合いだ。区画の地面に敷布を敷いて、そこに腰かける。森の中でカレーの匂いもしているというのは……さながらキャンプでもしているかのような雰囲気ではあるが。
「これが王城に保管されている報告書や書物等です」
エンリーカが図書館では閲覧できない、魔王城にある資料を持ってきてくれた。
「王城に保管されている書物以上の機密事項となると知恵の樹で、という事になるな」
「ともあれ、これでこの場所に篭って色々と調べ物をする準備もできましたな」
メギアストラ女王とロギがそう言って頷く。そうだな。魔法の実験等々も知恵の樹を活用すれば可能らしいから、災害を抑えるための方法を模索する場合にも都合がいい。
「余は執務で時々席を外すかも知れんがな」
まあ……それは仕方がないな。調べ物は優先事項ではあるが、執務も普段通りに進めていないと何事かと思われてしまうだろうし。
「では、ロギ殿に協力していただき、実際に知恵の樹を使うところを見て頂きましょう。実演を兼ねて安心してもらうと共に、襲撃者と交戦した時の様子を見てもらう、という事で」
と、白い毛玉のような姿をしたファンゴノイドが言う。ヤマブシタケ……だったかな。あの見た目は。何となく白い毛玉ながらも人で言う眉毛やヒゲの位置が盛り上がっていて顔のように見える。長老といったような雰囲気だが……。まあ、実際のところはボルケオールが代表のようだな。
「ロギ殿、こちらへ」
「承知した」
ヤマブシタケ似のファンゴノイドに誘導されて、ロギがボルケオールの隣に立つ。すると、ボルケオールの足元が地面に埋まり出した。どうやら知恵の樹と地面の下で菌床を繋いでいるようだ。マジックサークルを展開。五感リンクの応用と言った術式の様で――。なるほど。これで知恵の樹やロギと感覚をリンクさせるらしい。
他のファンゴノイド達も知恵の樹と接続してマジックサークルを展開する。こちらは幻術だな。他者の記憶を映し出す事が出来るのだろう。この場合は――ロギの記憶か。
「襲撃者、か。どんな相手なのかしらね」
ローズマリーが薄い光を纏いつつある知恵の樹を見ながら、そう言って眉根を寄せるのであった。