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番外723 過去から今に至るまでを

 そうしてメギアストラ女王に連れられて、俺達はまたファンゴノイド達の待つ城の地下へと移動した。エンリーカもそこで待っていたようだ。

 みんなが揃うと、ファンゴノイド達がキノコ茶を用意してくれた。霊芝茶のようなものだろう。

 まずは初対面の顔触れの自己紹介をしていく。魔人達は魔界の住人にとって未知の種族である上に封印術が掛かっているから大きな反応は無かったが……メギアストラ女王にとってはアルディベラとエルナータの正体は驚きであったらしい。


「辺境の巨獣か……! 余が前に見かけた時は俗世に興味が無さそうな様子だったが、友となったのは驚きだな!」

「テオドールには娘の怪我を治してもらってな。それが縁で行動を共にしている。確かに小さな者達の暮らしにあまり興味は無かったが、大きな災害が起こるとなれば話は別だ。我にもできる事があるなら協力させてもらおう」

「それは心強い。余も竜種ではあるが、ここは皆の流儀に合わさせて貰おう」


 と、メギアストラ女王が握手を求めるとアルディベラは一瞬きょとんとしたが、遅れて思い当ったのか、にんまりとした笑顔でそれに応じる。そんなやり取りに、にこにこと嬉しそうなエルナータである。


 そうしてメギアストラ女王はアルディベラとのやり取りを終えるとこちらに視線を向けた。では……自己紹介も終わったところで、俺達の事情を説明させてもらおう。頷いてから口を開く。


「話をしていた通りに僕達がシリウス号で戻ってきたという事からお分かりとは思いますが……本国との話し合いは良い方向で纏まりました。僕達の持っている情報、技術、全て活用しての問題解決に当たる事が可能です。ですがその前に……聞かずにいて下さった諸々の事情についてもお話したいと思います」


 そう言うとメギアストラ女王やブルムウッド達、ボルケオール達は真剣な表情で頷く。話を分かりやすくする為に幻術を使う許可を貰い、マルレーンのランタンを借りて話をしていく。


「まずお伝えする事としては……魔界と呼ばれるこの世界には隣り合った世界があります。ルーンガルドと呼ばれる世界で……ルーンガルドと魔界は普通に歩いたり飛んだりしても辿り着けない、隔絶された場所にある、と認識してもらえれば良いでしょう。パルテニアラ様も僕達も、元々その世界の住人です」


 空中に二つの光球を浮かべる。光球の中にはそれぞれ違った風景が映し出されていて、片方は太陽と青空と、デフォルメしたセオレム。もう片方は魔界らしいグラデーションのかかった空とデフォルメした魔王城が見える、といった具合だ。


「驚きを禁じ得ない話だが……これがルーンガルドの光景というわけか?」

「はい。見えているのはヴェルドガル王国の王城セオレムですね。分かりやすく誇張していますが」


「眩い光が輝く青い空……ですか。些か奇妙に映りますが」


 ファンゴノイド達が目を見開く。


「魔界の方々から見るとそうかも知れませんね。昼と夜があり、一日の明るさが変わるのですが、明るい時の半分は魔界の住民から見ると眩し過ぎたり、光の刺激を強く感じる……かも知れません」


 魔界の住民達は総じて夜目が利くようだが、環境に適応したという事なら昼の明るさは眩しく感じるかも知れない。ヴァンパイアにしても元は魔界で生まれた種族だが、彼らにとっては昼夜がある事自体、過酷な環境と呼んで差し支えない。


 俺の話に魔界の面々は驚きを露わにしつつも、真剣な表情で耳を傾けているようだ。これからの話の中に、問題解決に繋がるヒントもあるかも知れないからな。


「重要なのはそういう別の世界があり、行き来する手段が僅かながら存在しているという事と――魔界が今の形になった経緯について、ですね。古い年代から国ごとに分けて話をしていきましょう」


 まずはルーンガルドにおける古代の話だが……。


「月の民とエルベルーレの争いについては……妾から話をしよう」


 そう言ってパルテニアラが俺の話を引き継ぐ。


「まず……妾はベシュメルク王国の開祖ではあるが、そのベシュメルクの前身となったエルベルーレの王女でもあった。エルベルーレは――テオドール達の祖先である月の民と争っていたのだな。精霊を支配する為の術を作り、より多くの力を求めた我が父、エルベルーレ王は、愚かにもルーンガルドを司る高位の精霊に干渉しようとした。その結果が精霊の力の暴走によって引き起こされた魔力嵐の大災害だ」


 そしてルーンガルドは全世界的規模での災害に見舞われる。問題は、エルベルーレが魔法により一時的に魔法の空間を作り出し避難する、という技術を持っていた事だ。


「――力の暴走を察知したエルベルーレ王とその側近達はその術を用いて緊急避難しようとしたものの……そこで誤算が起きた」


 力の暴走によって解き放たれた膨大な魔力が術式で作り出した空間に流れ込み、予測不能の干渉を及ぼした結果、あたり一帯――王都や国土ごと術式に飲み込まれた。それがパルテニアラの知る魔界の姿だ。


「この世界の動植物にはルーンガルド由来の生物やその変異体が多く、元の世界の影響や名残が見られる故、妾達はそれが魔界成立の基点となっていると思っていたが……世界の規模を鑑みても、案外隣り合う世界に繋がってしまっただけ、なのかも知れぬな。いずれにせよ、それが妾の知るこの世界の姿であったし、それを魔界と呼び……その呼称をキノコ達に伝えたのも、皆が生き伸びる為にこの世界を探索していた妾達ではある」


 パルテニアラが言うと、ファンゴノイド達は納得したように頷いていた。今の魔界の姿に……ルーンガルド側が大きく影響しているのは間違いあるまい。


「魔界の成り立ちの真実までは分かりませんが……我らに己と他者を分ける概念、言葉や知恵を与えて下さったのはパルテニアラ様に他なりません。それ以前の記憶というのは残っていないのも事実。時期を同じくして我らが生まれたのは間違いありますまい」

「なるほどな……」


 メギアストラ女王はパルテニアラの言葉に、目を閉じて何事か思案していた。


「妾達はこのような事態を引き起こして尚、ルーンガルドと魔界への野心を膨らませるエルベルーレ王に反旗を翻し、そしてこれを打倒した。その後、妾達は魔力嵐の落ち着いたルーンガルドへと帰還したが……。妾達にとって魔界という世界の存在は永らく一族の背負った罪業に他ならぬものであった」

「私達は自らの行いを恐れ……戒めとして、魔界と行き来する手段を封印し、それを監視するという道を選んだのです。門と血族を術式で結びつけ、この身を以って鍵となし、封印を守ってきたのですが……」


 エレナが言うと、メギアストラ女王が眉根を寄せる。


「ベシュメルクには暴君が現れたといったか」

「はい。魔界への野心を露わにし、私は国から逃げ落ち、自らを凍りつかせる事で封印が一族に引き継がれないようにしてきました。そんな私を見つけ出し、助けて下さったのがテオドール様達です。そうして、暫く魔界の状況を知れずにいた事から、私達はこうして調査に来たのです」


 エレナはそう言って目を閉じ、パルテニアラと共にメギアストラ女王達や、アルディベラに向かって頭を下げる。


「もし……この世界が魔王国の民にとって過酷なものであるならば。そして不安定さが妾達の過去に起因するものであるならば。それはエルベルーレ王を止める事のできなかった妾の責任であろう。その事をまず、謝罪させて欲しい」


 パルテニアラの言葉にメギアストラ女王は少しの間瞑目していたが、やがて目蓋を開き、真っ直ぐに二人を見据えながら言った。


「気に病む必要も謝る必要もない。ルーンガルドの民にとって魔界がどう映るかは分からぬが、ここは紛れもなく我らの故郷なのだ。我らが共に寄り添い、助け合って暮らすこの国の今の姿は、過去がどうであれ尊ぶべき価値のあるものなのだと、余は信じている」

「左様。パルテニアラ様が残したのはそれだけではありませぬ。それは……我らにとっての宝でもありますからな」

「悪いのは……エルベルーレの王で、それを解決した相手に文句を言うってのは……違うな。親の因果で子や孫が責められるってのはどう考えても理不尽だ」


 メギアストラ女王の言葉にボルケオールもブルムウッドもそう言って、魔王国の面々は同意するというように頷いていた。


「その言葉に、感謝する」


 パルテニアラが言うと、メギアストラ女王は穏やかに笑って頷いた。


「しかし、ルーンガルドも大変だったのだな」

「そう、ですね。魔力嵐はエルベルーレだけでなく全世界規模での災害でしたから。ここからの話は主にヴェルドガル視点ですね。やや魔界とは関係のないルーンガルドの歴史、で終わってしまうかも知れません。ただ、まだエルベルーレ王も健在で干渉がありました」

「月の民とエルベルーレは敵同士であったのならば、何が余らの助けになるか分からない。テオドール達の事を理解する為にも、話を聞かせて貰えると嬉しいな」

「では――」


 まず、月の民が住んでいた月について。魔界には天体がないのでこれは補足が必要だ。

 月は魔界における浮島のようなもの、と説明する。ただ浮島よりも遥かに巨大で遥かに高空にあり……魔力嵐の被害も直接的には受けないが、それ故に普通の手段では辿り着けない場所、という事を前提条件として伝える。

 そこから先の話はクラウディアが引き継いでくれた。


「私達月の民は拠点を月に置いていたけれど、地上と断絶されてはやがて立ち行かなくなる事が分かっていたわ。自分達の為にも地上にいる者達の為にも、地上を見捨てるわけにはいかない。だから……技術の総力を結集して地上を再生する為の船を造り上げた。私は……まだあの頃は幼くて政治的には重要ではなかったから。月や地上の役に立てれば嬉しいと、そんな風に思って船に乗ることを志願したわ」


 そうしてクラウディアは月の船と共に地上に降りた。

 それによる魔力嵐の鎮静化。物資生成と生存の為の迷宮の構築。ヴェルドガルの建国。そこまでは順調だったが、エルベルーレの技術を持つ者の迷宮への干渉が起こった事。

 当時知っていた事、知らなかった事を含めて一つ一つ順を追って話をしていく。


 ラストガーディアンの暴走と、その真実について。魔力嵐を引き起こした高位精霊の破壊衝動が切り離されてラストガーディアンに取り込まれていた事。舞台裏を知らずに幾度もラストガーディアンに挑み続けた……クラウディアの失意の時代。


 そして、クラウディアの去った月でもまた混乱が起こっていた。最初の魔人イシュトルムの反乱。イシュトルムの同調者が地上へ流刑にされた事。イシュトルムの復活。月と地上の断絶。


 次に話を引き継ぐのはオズグリーヴだ。また地上に話は戻る。


「流刑となった者達の子孫から、自ら魔人となった者が現れたのですな。それが我ら魔人の盟主、ベリスティオ殿です。私達、最古参の魔人を引き連れ、地上に覇を唱えたのですが……最後の月の船で地上に降りた七賢者に封印されて敗れました」


 そうして七賢者らによってベリオンドーラが建国され、そのベリオンドーラもまた後に最古参の魔人達の手によって敗れた。しかし封印は解けず、魔人達は各々世界に散った。

 ハルバロニスに見切りをつけたヴァルロスが、新たな魔人になった事。


「ヴァルロス殿は……我らの、目的のない閉塞感を埋めてくれた。盟主を復活させ、力に優れた者が上に立ち、その力を背景に、不死たる我らが争いや混乱のない国を作るべきだと。そう言って同志を集めたのだな」


 テスディロスが静かに言う。ヴァルロス率いる魔人集団の暗躍。それに連動したベリオンドーラの後身、シルヴァトリアの政変と、封印の巫女である母さんの出奔。


 そうして長い過去の話を終えて、俺達の時代に繋がる。ここからは……俺が話をする番だろうか。


「僕はヴェルドガル王国王都の東に領地を持つ――ガートナー伯爵と、身分を隠して生きていた母さんとの間に、庶子として生まれました」


 死睡の王と母さんの事。無力であった自分を悔い、力を求めていたからこそ、魔法を覚えてタームウィルズを目指した事。

 ヴァルロス率いる魔人達との戦い。月女神となったクラウディアとの出会い。月の船としての正体を見せたベリオンドーラ。

 死睡の王本体であるイシュトルムの出現とラストガーディアン。ヴァルロスと交わした約束。ルーンガルドの危機と月での戦い。後を託した、ベリスティオの背中。ティエーラとの出会い――。


 みんなとの出会いの話も交えながら一つ一つ語っていく。幻術を交えて、できる限り分かりやすく。

 魔人達との戦いが終わり、平和になった後でエレナの存在を知った事。スティーヴンやガブリエラ、パルテニアラの事。ザナエルクの打倒。長い長い話もやがて終わる。


 魔王国の面々の反応はと言えば、ベヒモス親子も含め、身を乗り出すようにして話に聞き入っていた様子だった。幻術も交えたからな。臨場感があったのかも知れない。


「只者ではないと思っていたが――紛れもないルーンガルドの英雄であり稀代の大魔術師、というわけだ。領主でありながら未知の土地の探索に付き添うわけだ。それに……ルーンガルドを司る精霊か」


 メギアストラ女王はそう言って、目を閉じて今までの話に感じ入っている様子であった。魔界とルーンガルドの因縁に端を発する話でもあるが……これまでの話の中に問題解決に繋がるような材料があると良いのだがな。

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