番外716 魔王との対面
暫くしてから、車列を率いてエンリーカが戻ってきた。
「では、招待に応じて頂けるという事ですので、陛下から預かっているお言葉を伝えます。互いの事情が分からない故期待に沿えるものになるかは分からないが、賢人達を案じる気持ちは同じ。良い関係を築ける事を願っている、との事です」
「分かりました」
静かに頷く。エイヴリルは合図をしてこない。エンリーカに後ろ暗い所はない、という事なのだろう。
面会に際して礼儀作法等、気を付ける点は無いか聞いてみたが、あまり細かな作法を気にする人物ではない、との事だ。
とはいえ、魔王国に住む種族を束ねる人物だ。敬意は払うべきだろう。
俺達は狼車の車列に乗り込み、ジオヴェルムの大通りを進む。――そして堀とそこに架かる跳ね橋を越え、魔王城の敷地へと入る。
魔王に招待を受けているという事で俺達が向かうのは中央部だ。
周辺の六つの塔へ繋がる通路を通り過ぎ、車列は真っ直ぐ中央の塔へと進んだ。巨大な門を越えたところで、狼車の車列が停まる。そこは――見上げるような広大なホールになっていた。
床は紋様の描かれた石材で作られている。紋様魔術ではなく、デザインを優先したもののようだな。壁には細かな彫刻や装飾。巨大な柱が天井を支える。天井にも装飾。大きなシャンデリアが中央からホールを照らし……あちこちに間接照明も灯されているので、魔王城という字面の割には割と明るい。
ホールの左右からは広々とした通路が伸びている。奥には扇型に広がる階段があり、中央にある城の奥へと続いているようだ。
「装飾も規模も……すごいものですね」
「長年をかけて、様々な分野の職人達が完成に近付けて行ったのです。いざと言う時に魔王国の民を守り、また各々の種族を束ねる王を頂くのに相応しい城をと……力を合わせた結果ですね」
感心しているとエンリーカが答えてくれる。魔王城に関しては最初にそうした巨大な建造物を作ると決めて、負担が大きくならないよう長期的な計画で作られた城、という事だ。
魔法的にもかなりの防御を施していそうだしな。魔界の環境を考えると、防衛に力を入れるというのも分かる気がする。
城に仕える者達も様々で、魔界のあちこちで見た種族が武官や文官、使用人として城の中で働いているようだ。
エンリーカの案内を受けつつ正面に見える階段を昇り、城の奥へと向かう。
「陛下は少し込み入った話をしたいとの事で、謁見の間ではなく、もっと奥に向かう事になります」
「分かりました」
エンリーカの言葉に頷きつつ、廊下を進む。謁見の間の場所に関しては、どこの城でも割と利便性の良い所にあるのが普通だからな。
そして俺達が通された場所は――上空に向かって縦穴の続く円筒型の部屋だった。足元に魔法的な仕掛けがあるようで、中央の床から光の柱が立ち昇っており、高い魔力反応を感じる。
「これは、城の上部へと昇降するための設備になります。これを使わない場合は……階段を登ったり結構な距離を歩く事になりますが」
「問題ありません。お待たせしてしまうのは悪いですから」
セオレムやフォレスタニアの浮石のようなものだろう。エンリーカが先んじて光の柱の中に入ってくれたので、俺達もそれに続く。エンリーカがコマンドワードを唱えると足元の光が強くなり、そのまま俺達の身体は垂直に上昇していった。
浮石とは違って、実体のある物に乗って移動しているわけではない。周辺を光のリングや粒子のようなものが下から上に向かって移動していく。その動きに合わせるように、俺達も上昇しているのだ。
「興味深い魔法技術ね」
ローズマリーが言うと、エンリーカが笑って応じる。
「魔法院自慢の設備ですよ。気に入って頂けたなら幸いです」
方式は違うが……これも浮石と同じように、有事には機能停止させたり、縦穴を封鎖したりという事もできるのだろう。普段使いの利便性の高い直通路を封鎖して、もっと防衛に向いた通路に誘導させたりといった具合だな。
やがて魔王城の上層に到達すると、垂直に昇っていた身体が前に流されるように動いて、緩やかに床の上へと着地した。
石造りの回廊。下層よりは装飾や調度品の類も落ち着いている印象だな。魔王の生活空間だからだろうか。
エンリーカに案内されながら回廊を更に進んでいくと、大きな扉の前に出る。
「この奥で魔王陛下がお待ちです」
その言葉を聞くまでも無く、扉の奥に――いや、回廊を進んでいる途中から既に肌で感じていたが――何者かの強い魔力反応があるのが分かる。相当に大きな魔力と存在感だが、威圧感のようなものはないな。
ただ静かに佇んでいる。そんな印象だ。だから、みんなもその魔力を肌で感じているのだろうけれど、圧力を向けられていないという事もあって、そこまでは緊張していない様子だ。
魔力反応だけを見て知り合いから似た雰囲気の相手を探すならば……高位の精霊や水竜、ベヒモス、といった顔触れだろうか。正邪に関係のない、自然に基づく強い力を持った何か。
頷くと扉がゆっくりと開かれた。扉の向こうはダンスホールのような広間。円卓の向こう、広間の奥に一人の人物が立っていた。
長身痩躯の人型。黒紫色の長い髪。髪と同じ色の翼と尻尾。病的なまでに白い肌と赤い瞳。切れ長の瞳と怜悧な美貌。
身体的特徴からディアボロス族かと思ったが……違うな。何らかの種族が人型に変身しているだけのようだ。ああ、この感じは――。
「お初にお目にかかります。テオドールと申します」
代表して挨拶をすると、魔王は静かな笑みを浮かべた。
「ようこそ、我が城へ。余が今代の魔王メギアストラ=ジオヴェルラだ」
メギアストラ=ジオヴェルラ。ジオヴェルラの部分は姓ではなく、王都を総べる意味を持つ称号で、男の魔王だったらジオヴェルグ、女の魔王ならジオヴェルラになるのだったか。要するにメギアストラ女王、という意味だな。
一礼を返し、同行している面々を残らず紹介する。メギアストラ女王は頷くと俺達を見て愉快そうに目を細めた。
「ふむ。どうやら余の近縁と懇意にしているようだな」
なるほど……。水竜親子かヴィンクルの気配を感じ取ったのかも知れない。特に竜鱗を使った防具も身に付けているし。
竜の素材に関しては譲り受けた場合と打倒して剥ぎ取った場合では魔力波長が変わるらしく、そうした波長も竜種であれば感知できるというわけだ。
メギアストラ女王はどうやら竜種のようだ。人の姿になっていても強い力を宿しているのは……人化の術とはまた違う術式であるからだろうか。そしてあの翼と鱗の色からすると、黒竜かも知れない。
黒竜はルーンガルドでは目撃情報がなく伝説上の存在として語られるが……魔界で変異種として生まれたか、或いはかつての生息域が魔界生成時に飲み込まれた、という事かも知れない。
「そうですね。友人に何人か竜種がいます」
そう答えるとメギアストラ女王は納得した、というよりは分かっている、というような印象の笑みで頷いていた。
「飲物も用意している。まずは腰を落ち着けて話をするとしよう」
「ありがとうございます。お話についてなのですが……ブルムウッドさん達は僕達が雇っているという関係なので、話を伝える相手を選びたいという事であれば、別室で待機してもらう等の配慮をお願いしたいのです」
そう前置きしてからディアボロス族と出会った経緯についても話をする。ブルムウッドがバジリスクの遅毒で倒れ、ヴェリト達が治療費を稼ごうとしていた事。
ヴェリト達が魔物と遭遇して困っていたところを俺達が助け、その縁で護衛と王都の案内役を頼んでいる、という事を掻い摘んで説明する。
俺達を何故招待したかがまだ分からないから何とも言えないが、ブルムウッド達とは立ち位置が違うからな。国民に対して秘密にしている内容であるなら内密のまま話を進めた方がいい、という事もあるだろう。
その話をメギアストラ女王は静かに聞いて、ブルムウッドやヴェリト達を少しの間静かに見ていたが、やがて口を開く。
「余としては……彼らが信頼に足ると思うのであれば構わない。ブルムウッドの評判は聞いている。彼が庇護した子らもブルムウッドを助けるため、危険を顧みずに行動したという事。そしてこの場に付き添うという事は、義に厚い人柄なのではないかな?」
「そうですね。僕は信頼できる方々だと思います」
「であれば、話を聞かせてそのまま召し抱えるのも吝かではない」
俺が答えると、メギアストラ女王はそんな風に言ってにんまりとした笑みを見せるのであった。




