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番外714 監視者の事情

 自己紹介が終わったところで各々椅子に座り、宿の女将に飲物を頼む。

 この飲物にしても魔界は種族が多い分定番のメニューも多岐に渡っており、インセクタス族は蜂蜜の質感に近い甘い飲物を好んでいるようだ。

 まあ、俺達はディアボロス族やギガース族と味覚の面では大きな違いがないようなのでそのへんを選んでおけば間違いがないという印象だ。


「情報院の人員が会いに来て戸惑っているかも知れないが……。順を追って話をしよう。我々はここ数日の間、君達に情報院の者達を派遣し、監視の目を付けさせていた。必要な事ではあったが、その事については謝罪をさせて欲しい」


 エンリーカはそんな風に話を切り出して、静かに目を閉じて頭を下げてきた。


「それは――事情が分からないと何とも答えようがありませんね。必要な事と仰いましたが、そのあたりも説明してもらえるのでしょうか?」


 理由が分からなければ謝罪を受け入れるとは、安易には言えない。俺の返答にエンリーカはこちらを見たまま応じる。


「説明については私の口から説明できることをしよう。まず防音の魔法を使わせて欲しい」


 そんな風に断りの言葉を入れてくる。俺が頷くとエンリーカは周辺の空気に干渉する術式を使って防音を施したようだった。

 この辺の術も魔界式だな。ルーンガルド側で知られている術とはマジックサークル等の形状が異なっているが……まあ、魔力への働きかけの方法は俺達の知る防音魔法と大体同じか。

 そうして術式が効力を発揮したのを確認してからエンリーカは言葉を続ける。


「我々は過去に起きたある事件と、その犯人を追っていてな。その件については犯人も未だ逃走中だ。その犯人が執着しているものの行方を追わせず、また足取りが掴めるように、多方面に少しばかり網を広げて情報が集まるように細工をしているのだな。例えば、図書館でそれに関係する事柄について調べると我らの方で感知できる仕組みがある、といった具合だ。貴殿らを監視していた理由もそうしたところで網にかかったから、だな」


 なるほどな。そこまで手の内を明かして裏の事情を話してくるというのは予想外だが。そこまで俺達を信じる理由が、彼らに何かあっただろうか。だが、エイヴリルは特に動きを見せていない。感情の動きに不自然な面がなく、また読み取れないというような不測の事態もない、ということのようだ。


「納得がいっていないように見えるが」

「そうですね。そこまで手の内を明かしてくれる理由が分からないので。仮に僕達がその犯人と関係が無いと判断し誤解が解けたとしても……その事を僕達に明かすのは今後の事を考えれば悪手なのでは?」


 エンリーカは率直な物言いを好んでいるようなので、俺からも不思議に思っている理由を正直に口にする。明かしてしまえば口止めが必要になるのだから、監視している事自体伏せておいた方が良いに決まっている。

 となれば俺達がその事を知っていると判断したか、それともその事を明かす理由があるのか。或いは、俺達の反応そのものを見ているのか。


「確かに。だがそこにも理由があってね。その事を貴殿らに明かした方が今後良い関係を築けると我々の上が判断しての事だ。貴殿らと話をしたい、という方がいてね」

「情報院の上、ですか。その辺りの事情には詳しくないのですが……」


 俺が視線を向けると、エンリーカは静かに頷いた。


「局ではなく院の上からとなる。貴殿の想像の通り一番上の御方だ」


 一番上。魔王か。エンリーカはティーカップを傾け、それから言葉を続ける。


「全体像を把握しているわけではないから私の視点からの話になってしまうが。監視に関する報告を上に提出したところ……貴殿らに接触し、我々の知るところを貴殿らに話し、招待できるように力を尽くすようにと命令が下りた」


 諜報局絡みの事情はおいそれと外に話せないから、こういう事例では交渉役を担うのも情報院の仕事らしい。とはいえ前例が少ないからエンリーカ自身も驚いている、との事だ。エンリーカは冷静なように見えるがエイヴリルも静かに相槌を打っているからそれは事実なのだろう。


「やはり僕達が調べていた事と関係がある、と見て良いのでしょうか?」

「森の賢人との関係か……。あるのだろうな。我々情報院の見解は、貴殿らと以前起こった事件は無関係であると見ているが……伝言を仰せつかっているのだ。貴殿らの調べている事について、我らの考えが一致するのならば伝えられる事もあろう、と」


 ……ファンゴノイドについての考えか。


「いきなりこうした話を聞いても驚くだろうから、城への招待を受けるか、聞かなかった事にするかの選択は貴殿らに委ねるとも仰せられた。明日……比較的早い時間に、また返答を聞きに伺おう」


 なるほど……。自身が権力を持つのを自覚しているからこそ、呼び出したら相手としては構えてしまうしな。話を受けるか受けないかは自由というのは……無理強いはしないし、危害を加えるつもりもないと伝えたいのだろう。少なくともエンリーカには敵意が無いようだ。


「……分かりました。みんなと相談の上で決めたいと思います。それとこちらからも伝言をしても良いのでしょうか?」

「勿論だとも」

「過去の話になりますが……簡単に言ってしまうなら森の賢人と僕達の先祖には縁があるのです。恩がある為に安否が気になり、図書館で調べ物をしていました。その点で理解しあえる事を願っています。それと、僕達がどうであれブルムウッドさん達は案内を依頼しただけではありますので、そこも覚えておいて頂けると幸いです」


 俺の言葉にエンリーカは少し目を細めると「確かに伝言は承った」と答えてくれた。

 図書館を利用しての情報収集については……司書であるカーラが気にしている、という事も伝えたいところではあるのだが……ファンゴノイドとの関わりがまだ完全に分かっていない時点では藪蛇という事もあるからな。もう少し事情を知って、問題ないと判断できたらその時に伝えるというのが良さそうだ。カーラにもそう伝えておこう。


 そうして必要な話をしたところでエンリーカは帰って行った。

 エンリーカが言及していた過去の事件についてはファンゴノイドに関係がある事なのだろうが、具体的な内容については俺達に関係が無い以上は部外者だから教えられないとの事だ。魔王との話し合い次第では……その辺も聞けるかも知れないが。


「エンリーカはかなり落ち着いた性格のようね。ただ外見より内面は感情の豊かな人物だったわ。警戒や緊張はあっても悪感情はないようだったし、仕事に誠実な性格、なのかしら」


 エイヴリルが感情の色についてそう分析する。話していた事については事実か、或いはエンリーカはそう認識していると見ておいて良さそうだな。


「ん。それと多分、あの場に他の仲間はいなかった」

「それは私も同意見だわ」


 と、シーラとエイヴリルが意見を交換して頷き合う。後詰めの準備は進めていたようだが、それはエンリーカが戻らなかった時等、危険が起こった場合の備えだし当然の話ではあるだろう。

 そして……魔王城と言えば良いのか。あの城に向かうのであれば誰かと同行するべきか単身で行くのが良いのか。しっかりと考えておく必要がある。


「まずは……部屋に戻ってみんなと相談しようか。エンリーカがまた宿を訪ねてくる時までに色々決めておこう」


 いずれにしても魔王やファンゴノイドについて世間で知られていない事を知ることのできるチャンスでもある。まずは今日の晩の警戒をしっかりする事と、こちらの伝言に対する明日のエンリーカの反応を見る事だな。特にエンリーカの反応で、こちらの伝言に対する魔王の反応についてもある程度推測はできるはずだ。

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