140 魔法薬再び
それにしても良い天気である。グレイスの焼き菓子も、お茶との相性が良くて最高だしな。
「うーん。そうね、私はアシュレイ様のような綺麗な髪に憧れますわ」
「ああ、アシュレイ様の髪の色は素敵ですね」
「そ、そうですか? それを言いましたら、私はオフィーリア様の髪の毛も綺麗で柔らかそうで素敵だなと思いますが」
「あら、ありがとう。手間をかけている甲斐もあるというものかしら」
女性陣の方は髪の毛の話にシフトしているようだ。オフィーリアの縦ロールなどは如何にも貴族のお嬢様風ではある。
そのうちにそれぞれの髪を梳いたり結ってみたりと、何だか盛り上がり始めた。グレイスをシニヨンにしたり、アシュレイをツインテールにしたり、マルレーンをポニーテールにしてみたりと……うん。眼福だ。
更にシーラやイルムヒルトも巻き込まれる。シーラの猫耳はやはり物珍しいのか、皆興味津々の様子だ。マルレーンがそっと撫でるとぴくぴく動いたりしていた。
シーラはいつも通りの表情だが……あれはあれで状況を楽しんでいるように見える。自分の髪を弄られながら、イルムヒルトの髪型を変えたりしている。
「む……」
シンディーの三つ編みを解いたところで、集中が逸れたらしいタルコットがアクアゴーレムの攻撃を避け損ねていた。タルコットはかぶりを振ってゴーレムとの戦闘訓練に戻っていく。
うん……。タルコットとチェスターの分の焼き菓子は取っておいてやろう。
「大使殿。こちらでしたか」
そんな風にみんなで茶を飲んでいると工房にメルセディアが現れた。
「どうしたんです?」
「それが……」
メルセディアは周囲に一瞬視線を送ってから言い澱む。
……この場では言いにくい事か。だが逆に、緊急性は低いのだろうと推察される。
「ちょっとそっちで話を聞いてくる」
と、皆に告げて少し離れた場所でメルセディアの話を聞く。
「お寛ぎのところ、申し訳ありません」
「いえ、何かあったんですか?」
「教団の信徒についての報告です。皆様が楽しそうにしていらしたので、あの場で伝えていいものかと」
「お気遣い感謝します」
と答えると、メルセディアは小さく笑ってから、真剣な表情になった。
さて。気持ちを切り替えていこう。
「西区のスラムにて、教団の信徒と見られる人物が遺体で発見されました」
それはまた。いったいどういう事だ?
「死因は何ですか?」
「彼ら自身の手による生贄の儀式と思われます。簡易ながらも祭壇のような物が設けられておりました」
「教団の信徒だと断定できたというのは?」
「刺青が確認できましたし、捕まえた他の信徒との面通しも済んでいます。その中に面識のある者がおりました」
なるほど。どうやら間違いという事もなさそうだ。
となると、問題となるのはその理由だ。
「……警戒と巡回が予想以上に厳しいから、自分達の仲間を供物として捧げた、というところでしょうかね」
「その可能性についても、陛下は言及なさっておいででした」
孤児院で警報が鳴ってあっさりと実動部隊を壊滅させたから、刺青があって魔人の術を使えたとしても強硬手段に訴えるのは得策ではないと判断したか。
或いは時間制限付の儀式であったために、供物の調達が難しくて、やむなく自分達の仲間を生贄にした……とか?
制裁や仲間割れという線も考えられるが……楽観論で見るべきではないな。連中にそれを実行させられるだけの指導力を持った人物がいると考えておいた方が良いし、狂信者だからで片付けるのも恐らく得策ではない。
そうなると……俺が戦った信徒の言っていた事を吟味する必要があるな。
生贄を捧げて、教主に認められて力を得る。そう言っていたか。
だが、そこにはどうしても実行しなければならない強い動機があった。
教主が自由に力を与えるのではなく、儀式そのものが力を得るために必要不可欠な手順であると考えれば……これはある程度納得もできる。
……教団の名を知らしめるとも言っていたが、身内で済ませてしまった事を考えると、そっちの理由は二の次だろう。
「……共食いか。蠱毒みたいだな」
「コドク?」
「いえ、こっちの話です」
あの場では戦闘になって撃退したが……。儀式を行って力を得ているとしても、教団は未だに動きを見せていないという事になる。
鳴りを潜めていると言えば聞こえは良いが、事を起こすのを封印の扉の解放に合わせてくるとしたら厄介だ。
俺は刺青の仕組みの1つの可能性として、魔人に力を借りているというのを想定したが……それを裏返して考えるなら、連中の背後に本物の魔人がいるという意味になってくる。組織立って動いている例の魔人達が教団に話を持ちかけたか……それとも――。
これは、生け捕りにした連中に話を聞いてみる必要があるな。
「尋問は進んでいるんですか?」
「沈黙を続けております。なるべく早く口を割らせる方法を考えると仰っていましたが……」
沈黙か。連中は教団信徒だからな。いかにも口が堅そうな印象があるが。あまり時間をかけてもいられない。対策は早いほど良いからだ。
手っ取り早い方法と言うと、ローズマリーのアルラウネの口付けなら文字通りに問答無用なんだろうけど。あれは作製に時間が掛かり過ぎるうえに危なっかしい事この上ない。在庫も処分されて、現在用意はないはずである。
メルヴィン王曰く、上手く王を続けるコツはある程度不自由である事だとか。
権力が強すぎてもロクな結果にならないとも言っていたが、メルヴィン王流の政治哲学的なものなんだろう。タームウィルズの為政者は儀式で治世を宣誓しているからか、気を使う所が多くて大変そうだ。
そういう意味で言うなら、アルラウネの口付けなどは手元に置いておくと自制ができなくなる可能性があるから駄目という事なんだろう。確かにあれは、使う側にとっても劇薬だ。ローズマリーもそれで道を誤ったようなものだしな。
「そうですね。僕自身も連中に少し聞きたい事が出てきたので、後程王城へ向かいます。質問の内容を審問官に伝えておいた方が良さそうですし」
「分かりました」
「ところでメルセディア卿。今はお時間大丈夫ですか?」
尋ねると、メルセディアは首を傾げる。
「はい。大使殿に報告を致しましたので、一応任務の方は済んでおりますが」
「でしたら、少々休憩していっても良いのでは? 菓子が焼き上がったところなので」
メルセディアは意外な事を言われたというように目を瞬かせる。
「私など、皆様のお邪魔になってしまうのでは?」
「邪魔なんて。みんな喜ぶと思いますよ」
俺との連絡役とか、メルセディアも大変だと思うしな。
彼女用の魔法通信機を用意しておくのが良いのだろう。家臣達の人目があるから通信機を使えないメルヴィン王とは事情が違うし。
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきたいと思います」
彼女は真面目だからな。任務中だという事なら迷惑だったかも知れないが。さっき気遣ってもらった礼もあるし。メルセディアは小さな笑みを浮かべると一礼して、テーブルの方に向かう。
そしてグレイスの焼き菓子に舌鼓を打った後で、彼女もまた女性陣に髪型を弄られる事になっていた。
「別に。アルラウネの口付けでなくても、沈黙している相手を喋らせるだけなら難しい事ではないのよ」
王城に顔を出すと、ローズマリーが俺に用があるとの事で。
北の塔に顔を出すと彼女は羽扇で口元を隠しながら、そんな事を言って笑った。
俺との連携を図るため、メルヴィン王はある程度の情報をローズマリーに与えているのだが、肝心のローズマリーは俺相手じゃないと話をしたがらないようなのだ。
「魔法薬に、ヨナガドリの囀りというものがあるのだけれど。知っているかしら?」
「そういう系統の薬にはあまり明るくないんだ」
「そう。こちらは手間も掛からずに作れるけれど。あまり製法を余計な相手に伝えたくないし……作り方を教えてあげるから、用意してくるといいわ」
と言って、ローズマリーはレシピを紙に書きつけている。
「効能は?」
「嘘でも何でも吐けるけれど、沈黙ができなくなる。つまり無駄に饒舌になってしまうという面白い薬よ。魔法審問のお供にお誂え向きだと思わなくて?」
「なるほどね……」
魔法審問と組み合わせると……色々質問を飛ばして相手の嘘から絞り込んでいけば、何でも類推できてしまうというわけだ。拷問などしなくても済むし、尋問も迅速に進むだろう。性質は悪いがスマートではあるか。
「……そんな薬、何のために使うんだ?」
ふと疑問に思って尋ねる。
アルラウネの口付けと違って相手が自分の状態異常を分かってしまうわけだから、ローズマリーにしてみれば秘薬の下位互換以下だ。嘘も吐けるのでは、普通あまり利用価値が無いような気がする。
「元々は、口下手で臆病な男が意中の女を口説くために、魔女に作ってほしいと懇願したという話らしいわよ」
はぁ。だからヨナガドリの囀りね。
「それにしても……随分協力的なんだな」
「あら。ここはわたくしの国よ? 他所から首を突っ込んできた汚わしい連中に好き勝手されるのは、気に食わないに決まっているわ」
当然とでも言うようにローズマリーは笑う。
それは自分が治める国なのだから、という意味なのか。それとも単に自分が生まれ育った国だからという意味なのか。ローズマリーの言葉はどちらとも判別がつかない物が多くて困る。
だがまあ……これで連中から情報を引き出す目星も付いたな。




