番外713 監視員達の動き
技術の発展については引き続き図書館で調べ物をする。
カドケウスは監視員達の泊まっている宿に残しているが……彼らは作戦中本拠地に戻らないという決まり事なのか、監視役の交代をする以外はそこから動くという事をしない。
仮宿に誰かの使い魔らしき蜥蜴を連れて来ていて、それを以って連絡役の代わりとしているようだ。
彼らに上がいる、というのは会話の内容から分かっているが……まあその「上」という者達の中に使い魔の主がいるのだろう。
当然魔法に精通した人物が背後にいるという事になるが、魔法院との関係があるとするならその辺りは納得だ。
今の状況はと言えば、図書館での調べ物は継続しつつ、俺達と監視員達と、お互いがお互いの背景を見極めようとしている、というものだ。
カドケウスは見つからないように付かず離れずの距離を維持したまま、天井の梁等に忍ばせているが……まあ、彼らの間ではあまり上に繋がる決定的な話も出ない。
普段は世間話やら何やら、彼らの家庭環境やらの話をしたりというのはあるようだが、監視員の仕事についての内容となると基本的には俺達の監視報告を聞いて推測を口にして話し合ったりといった具合で、こちらの知りたい情報が多く出るわけではなかった。
「何だか、仲の良さそうな雰囲気だがな」
「奴らと繋がりがある、という印象は確かに薄いがな」
監視員と調査員が言葉を交わし、肩を竦めたりといった具合だ。
俺達としては当然監視には気付いているが、それを向こうに気付かせないように、敢えて日常通りにして肩の力を抜いている、というのはある。
「彼らがテオドール達の動きを監視して見定めようとしている、というのなら、敢えて俺が単独行動をして、話に乗ってみるというのは有りかも知れないぞ?」
宿の一室にて向こうの様子について話をすると、ブルムウッドが俺に提案してくる。
「それは何といいますか……彼らが公的な立場で動いていた場合の事を考えると、僕達の為に心象を悪くする事も無いと思いますよ。真っ当な理由があるかも知れないですからね」
武官であったブルムウッドにとってはかつての同僚という事になるのだし、その信用を俺達の為に落とすというのもどうかと思う。
そう伝えるとブルムウッドは目を閉じて、それから言った。
「分かった。だが義理があるから、彼らに協力を求められた場合はきちんと断るつもりでいる」
まあ……ブルムウッドの性分だとそうだろうな。
「分かりました。僕達も話していない事情はありますが、それも含めてそう言ってくれるブルムウッドさん達の義理や信頼に悖るような理由で動いてはいない、という事はしっかり伝えておきます」
「まあ……それは俺達を助けてくれた事やアルディベラとエルナータの事で分かっちゃいるんだけどな」
「そうよね。私達の信用を得るだけならベヒモス親子を助ける必要はないもの」
と、ヴェリトの言葉にオレリエッタが目を閉じてうんうんと頷いていた。
『うむ。人の世の事情はよく分からんが、テオドール達は信用できると思うぞ』
『うんっ、みんなと一緒なの、楽しいよ!』
アルディベラとエルナータがシリウス号側でそんな風に言って、みんなも笑顔になっていた。
因みにアルディベラとエルナータは炭酸水が割とお気に入りのようで、二人並んで炭酸水を口にして目を輝かせたり、カードやチェスを覚えて年少組と遊んだり動物組や魔法生物組とも親交を深めたりといった具合に……割とシリウス号滞在を満喫してくれているようだ。
と、そんな話をしていると監視員達の泊まっている宿の方に状況の変化があった。
「監視の中止命令、ですか?」
「そうだ。上の命令でそのように正式に指示が出ている。もう一人にもそう伝えておくように」
監視員の上司らしき人物は――ディアボロス族の女であった。
「ああ、勘違いはするなよ。お前達の集めた情報を受けてそう判断が下っただけの事だ。お前達の仕事ぶりについては、上もきちんと評価している」
「ありがとうございます」
「では、後の事はそのように。私はこれから彼らに会いに行く。滅多な事はないとは思うが後詰めの連中と合流して待機し、状況に応じて動くように」
「はっ」
彼らの上の方でどんな話し合いが行われたかは分からないが、ともかく上司のディアボロス族に関しては俺達に会いに来る、と。
「連中の方で動きがあった。監視者の上司が、俺達に会いに来るらしい」
「それは……何があったんでしょうね?」
グレイスが少し驚いたような表情で首を傾げる。
「監視員達の報告を受けて、俺達に会いに行く事を決めたようだね。危険は少ないと判断しているようだけど……」
「わたくし達が見定めようとしているのと同じように、向こうもわたくし達の評価がある程度固まった、という事かしらね」
羽扇を手で弄びながら思案するローズマリーである。そういうことになるか。ここまでの情報で俺達を信用したりコンタクトを取ったりするような材料があったのかは……少し分からないな。
「まずは……会って話を聞いてみるか」
「向こうも乱暴な手段は取らないようにしているみたいだものね」
イルムヒルトがそう答えると、マルレーンもこくこくと首を縦に振って同意していた。
「そうだね。後詰めがいるようだけど、それも俺達が敵対的な行動をとった場合に動く手筈になっているようだし」
ディアボロス族が会いに来るというのも……こちらにブルムウッドがいるというのを考慮しての事かも知れない。
話し合いをしたい、というのならエイヴリルもいるし、こちらとしては吝かではないのだ。念のためにマルレーンのランタンを使って面識がないか確認してみるが、知らない相手のようでブルムウッドは首を横に振っていた。
ともあれ、向こうは上司の言葉で慌ただしく動き出したようだ。
こちらに上司が到着するまであまり時間はないが、話し合いをして善後策を練っておくとしよう。
暫くして、宿の従業員が俺達を呼びに来た。俺達と話をしたいと、情報院のエンリーカを名乗る人物が訪問してきているとの事だ。
「情報院は、やはり中央の機関だな。役割は読んで字の如くというか、国内外の安全を守る為に諜報活動をする組織で……秘匿性が高く、内部の人員の事は窺い知れない」
ブルムウッドがそんな風に教えてくれる。なるほどな。そうなると監視員のところに使い魔を派遣していたのも魔法院が背後にいたわけではなく、情報院の人員にそうした人物がいるという事なのだろう。国の機関という事は人材の層もそれだけ厚いからだ。
俺達の泊まっている宿には一階に食堂がある。部屋に呼びつけるよりはそこで話を聞いた方が向こうも安心だろうと俺とシーラ、エイヴリルという顔触れで会いに行く事になった。シーラの役割はエイヴリルの護衛兼周囲の索敵だ。宿泊している部屋にカドケウスを戻し、グレイスの封印も解いて……交渉の雲行きが怪しくなった場合は撤退ができる準備も整えてある。
そうして食堂に顔を出すと、エンリーカはティーカップを傾けながら俺達を待っていた。こちらの姿を認めると立ち上がって挨拶をしてくる。
「宿でお休みの所を申し訳ない。私は情報院に所属する、諜報局局長エンリーカという者だ。以後見知りおきを頼む」
「テオドールと言います」
「ん。私はシーラ」
「エイヴリルよ」
エンリーカに対して俺達もそれぞれ名を名乗る。向こうが俺達の監視をしていた事については、俺達は気付かない振りをしていたという事もあり、知らなかった、という体で話を進めた方が良いだろう。
局長とは……。結構上の方の人間が出てきたと判断して良いのだろうか。さて。俺達について何をどう判断し、どんな話をしに来たのやら。




