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番外712 監視員と調査員

 簡単に作戦を決めて、宿への道をみんなと共に進む。


「調べ物が終わったら打ち上げという事で、お祝いの席を設けたいですね」

「ああ。それは良いですね」


 グレイスの言葉に、エレナも笑顔で応じる。


「折角王都に宿を取っているのだし、調べ物ばかりでなく土産や観光も考えたらどうだ?」


 と、ブルムウッドが言った。それならどこか良い店を見繕って欲しいとか何とか、みんな笑顔で盛り上がる。

 大通りを進んで宿の前まで来たところで――みんなと共に立ち止まって、そんな風に話をする。宿には入らずにその場で打ち合わせをしているように見せる事で、監視している者の不自然な反応を引き出してあたりを付ける、というわけだ。


「おーい!」


 と、そこにどこかからの誰かが誰かを呼ぶ声。俺達も往来にいる者達も、その声にあちこち見回す。これはセラフィナの能力による仕込みだ。呼び掛けの声を響かせる事で、周囲を見回しても不自然ではない状況を作り出す。

 みんな少しあちこち見回した後で、何事も起こらなかった事に怪訝な表情をしながら打ち上げと観光の話を再開する。


「顔見知りの装飾品店が西の方にあってな。そこはおすすめだ」


 と、西の方角を指差して笑うブルムウッド。


「東南の方向の食堂、2階の出窓、真ん中よりの向かって左」

「ん。私も確認した」


 ブルムウッドの言葉に応じるようにエイヴリルとシーラが答える。会話の内容を全て聞いている者がいたら噛み合っていない事が分かるが、2人は内容が漏れないように態度は変えずにやや小声で伝えてきた。

 店の入り口は北側。東南だから、斜め向かいのレストランの2階という事になる。


「インセクタス族か」


 俺の場合はカドケウスやウィズと五感リンクを行えばその視界で堂々と見る事ができる。バルコニー席の……インセクタス族か。甲虫型のインセクタス族はプロテクトスーツを纏ったような印象がある。


 全身鎧のようなものなのでサーコートのようなデザインの衣服を身に纏っているのも納得というところか。頭部の角はカブトムシである事を示している。


「土産物ね。どんな色のものが好きかしら?」


 と、エイヴリルに視線を向けてローズマリーが尋ねる。


「義務感と警戒の色ね。それから視線を上方向にも向けられて一瞬緊張していたようだけれど、こちらがざっと見回しただけだったから安堵も見せていたわ」

「微妙に顔を逸らして周囲を見回すような仕草は見た。表情が分からないから、少し勝手が違うけど」


 エイヴリルとシーラがそれぞれに教えてくれる。なるほどな。感情の色にしろ、不自然な挙動にしろ……そういう反応だったのなら俺達の情報を聞き込みで集めて監視に来た、と考えて間違いなさそうだ。


「温度も覚えたわ。あの人が近場にいれば、次からは分かると思う」


 イルムヒルトも言った。そうだな。活動時と監視時、種族によりけりではあるのだろうが、昆虫とて体温がないわけではない。インセクタス族なら尚更だ。まあ、魔界固有の種族で独特なので知っておかなければならない事、覚えなければならない事も多いが、一先ずはどうにかなるだろう。


 それにしても義務感と警戒ね。こちらに敵意までは向けていないというのは……あのインセクタス族の仕事が監視だからなのか。それともまだ俺達の目的や背景が分からないから、その辺りを見極める事に重きを置いているのか。


 あまり長時間宿の前で話をしていても今度はこちらの動きが不自然で怪しまれる。このぐらいで宿に入るべきだろう。その前に――。


「行け――」


 キマイラコートの内側に潜んでいたカドケウスが、足元の影から石畳の隙間に染み込むようにして移動していった。あの監視員を逆に見張ったり、連中の塒や目的といった、背景にあたりを付けるというのが良いだろう。




 俺達が宿の部屋に戻っても、インセクタス族の監視員は暫くそこから動きを見せなかった。インセクタス族用の飲物が注がれたカップを傾けたりしながらメモ書きをしていたようだが……暫くすると立ち上がる。


 店内にいる他の客――ディアボロス族の男にさりげなくメモ書きを渡し、レストランの代金を支払ってその場を後にする。


 交代の監視役にその場を任せ、俺達の情報を他の仲間にも伝える為に合流する、というところだろうか。メモ書きを渡された男の顔も覚えておこう。


 カドケウスも柱や天井の影から影へと移動しながらその動きを追う。


 そうしてレストランを後にした監視員が大通りから外れた別の店に向かう。裏路地を進んだそこにあったのは宿屋兼酒場というところだが……そこにはギガース族の男が待っていた。……この男がカーラに聞き込みに来た人物だな。ギガース族、インセクタス族、ディアボロス族と……最低でも3人の人員が動いているという事になる。


「首尾は?」

「張っていた宿屋に現れた。聞き込み通りの容姿の者達だったが、あれはどこかの地方で生まれた新しい変異種かも知れないな」


 監視員の言葉にギガース族の男は顎に手をやって頷く。ギガース族の方は……仮に調査員と呼称しておくか。


「ふむ。例の奴らとの関係は?」

「まだ何とも言えんな。上は何と?」

「そうであるのなら然るべき対処をしなければならないと。裏が無いようなら一安心と言うところだが……変異種というのは気になるな」


 と、そんな会話をかわす監視員と調査員。例の奴らというのが何を差しているのか気になるところだ。何者かと関係があるなら対処という事だろうか。


「関係がないなら放免という意味の会話だとするなら「例の奴ら」というのはファンゴノイドではない気がするな」


 カドケウスで掴んだ状況を宿にいるみんなに教えると、パルテニアラが推測を口にする。


『確かにな。ファンゴノイドと面識があるのなら、わざわざ図書館で調べ物などしないはずだ』


 と、シリウス号側でテスディロスが俺達のやり取りを聞いてそう言う。

 監視員達の背景はまだ見えないが、ファンゴノイドの足取りを追っている特定の組織なり人物なりを危険視している、という事になるだろうか。だからただそれについて調べただけではどうこうするというわけではない、らしい。


「要するにファンゴノイドに関して何か調べている事があって、その為に広げていた網に俺達が引っかかった、と見るべきかな」


 そうして宿屋とシリウス号との間で彼らの正体や目的を推測している間にも、監視員と調査員はまだ話し合いをしている。


「聞き込みから判明した情報としては、宿に泊まっている連中はディアボロス族を何人か護衛として雇っているらしい。その内一人は、昔王都で武官として働いていた男という事で、義理堅い評判の良い人物だった。もしかすると、こちらが胸襟を開けば協力してくれるかも知れんな」

「その義理堅さ故に承諾しない可能性もあるがな。宿で見ていた限りでは、関係性は良好に見えた」

「まあ……連中の調査が芳しくないなら、それも手段の一つとして視野に入れておくべきだろう」


 とまあ……そんな会話内容だが。ブルムウッドについての評判か。

 胸襟を開けば協力してもらえると思っているのを見る限り……どうも自分達の行動に正当性がある、と考えているようだ。


 彼らの会話や俺達を監視していた時の感情だとか……その辺を総合して考えると、恐らく公的機関の人間、というのも嘘では無いという気もする。監視員と調査員の動向をもう少し見て、こういう落ち合うための場所ではなく、本拠地なりまで突き止めておきたいところではあるのだがな。さて。

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