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番外710 司書と矜持

 目録や蔵書、書棚に探知魔法が組んであるかも知れない、という話になり、カーラは随分と驚いていた。


「司書としては……些か複雑な気持ちですね。私等には及びもつかない理由で組み込まれたものなのかも知れませんが……」


 そう言って顔を伏せる。ショックを受けるのはカーラの職業倫理が真っ当だからだろう。図書館の司書として、利用者に不利益を齎すような事には加担したくない、という事か。


「全てを解析するのは無理かも知れませんが、今回関係した書物の中にそうした物が紛れていないか、解析して探す事は出来るかも知れません」

「そ、そんな事ができるのですか」


 カーラは俺の言葉に驚いたようだったが、すぐに気を取り直したように言ってくる。


「では、私からもお願いして良いでしょうか。誰かが勝手に仕込んだなら報告する義務がありますし、もしそれが王国の意思であるなら、それはもしかすると必要な事で、仕方のない事なのかも知れませんが……知らずにいるというのは不誠実だと思いますので」


 カーラが言う。パペティア族なので表情は変わらないが、その声は真剣なものであった。


「分かりました。気持ちは分かりますが、無茶はしないようにして下さいね。もし何かあれば、力になります」

「ふふ、心配してくれているのですね。ありがとうございます。私も問題提起をするにしても、時期や方法を考えたいと思います」


 と、小さく笑って頷くカーラである。救援ができるようにハイダーをカーラに預かってもらう、というのも視野に入れておくべきかも知れないな。

 では……技術関係の書物を見る前に調べさせてもらおう。ウロボロスとオリハルコンによって魔力を仲介させて組み込まれた術式を読み取り、ウィズにその効果をシミュレートしてもらう、という方法で解析ができるはずだ。

 元々写本魔法が蔵書に使われているので王立図書館の本は微弱な魔力を帯びていたりするが……さて。それに紛れてという事なら分かりにくく、良い手ではあるな。


 まずはカーラがカウンターで使っている目録からだ。写本魔法の為の原本でもあり、術式を用いる事で任意の文字列を写し取れる、という仕組みが組んであるらしいが。


 ウロボロスを翳して解析の為に魔力を通す。装丁に始まり、頁の全てから裏表紙、そして背表紙に組み込まれた魔石に至るまで走査の魔力が走り、内に込められた術式に触れていく。


「……組み込まれている術式ですが……目録の術式を写し取るものと、それからこれは――書籍を分類し、検索するような術式がありますか? それ以外には余計な挙動をするような術式はないようです」


 固唾を飲んで見守っている様子のカーラにそう答えると、安心したように胸を撫で下ろすような仕草を見せた後に頷く。


「はい。目的の本を探すために、検索の為の術式が組み込まれています」


 目録の文字には写本魔法の為の特殊なインクが使われている。魔石には書籍名に応じたタグ機能のような術式が組み込まれているな。例えば歴史書のようなキーワードを術式の変数部分に代入して検索をかければ目録の書籍名に反応して目録の書籍名を光らせたり、写本魔法と連動して文字列を写し取ったりできるという仕組みで……図書館の利用に際してはかなり便利そうな機能だ。


 インクと本を使った術式だからか、シリウス号の艦橋で様子を見ているシグリッタも興味深そうにしているが。

 ともあれ、目録自体に妙な細工はなされていないようだ。これはカーラが日常の業務でよく使うものだから違和感を覚えられても困る、という事だろう。


 となると――探知魔法が使われているとしたら書籍そのものか書棚の方か。ファンゴノイド関係の調べ物で手に取った書籍についてはカーラの作ってくれた目録の写しが手元にあるので、それを頼りに該当の書籍と書棚を、同様の解析方法で調べていく。


「……ああ。見つけた」


 調べ物に使った本を幾つか調べていくと、程無くして細工が見つかった。ファンゴノイドについて書かれた本の装丁の内側に術式の反応がある。

 但し、本一冊では断片的な術式なので反応しない。この辺も予想通りではあるな。

 例えるなら鍵と鍵穴のようなものだ。仕込みのある本を重ねて置いたり複数並べたりすると契約魔法が発動して……どこかに用意してある魔道具なりに連動して通知が行くという仕組みだ。


 これによって手に取った程度、書架の整頓程度では誤検知が起こらないようにしつつ、ファンゴノイドに的を絞って調べる相手がいた場合は探知できる、というわけだ。

 断片的な術式、それ自体は無害な術式にする事で「仕込み自体がある」と予想していないと事前に察知するのは難しい。


 こうした探知の条件を満たした場合に呪法でカウンターを仕掛ける事もできるが……まあ、今の所は目的や背景がはっきりしていないから穏便に行こう。無害な術式に対しての反撃というのもやや釣り合いが取れないしな。これがもっと悪意のある内容なら改めてカウンターを仕掛けるところだったのだが。


 判明した仕組みを説明すると、カーラは静かに頷いていた。


「問題は誰の意思でこれが行われたか、でしょうか」

「そうですね。身を守る為にも、はっきりした背景が分かるまでは慎重になった方が良いかと」


 俺の返答にカーラは素直に頷いてくれる。


 カーラに接触してきた人間が公的機関の人間だと自称し、王立図書館に仕込まれていた事から王国の方針であったという可能性はかなり高くなったが……魔王や王国の関係者の意思で行われた、とは断言せずに考えておくのがいいだろう。

 製本や図書館に関係する個人や横の繋がりでみた派閥、組織ならば、こうした仕込みを行うのは不可能ではないからだ。その場合は魔王国の内部に独断専行した者か、裏切り者が紛れている、という事になる。


 図書館の利用者の中に紛れていた場合は……どうだろうな。開館時間に人目を避けて術を仕込むというのは些か難しいように思うが。


 ファンゴノイドにとって、そして俺達にとっての敵か味方かもまだ判明していない。

 カーラにとっては与り知らぬ事で、彼女の裏は無いというのは間違いない。エイヴリルの感知で言動と感情が乖離している場合は、それとなく伝えられるように合言葉や仕草等を決めてあるからな。


「ともあれ、そこまであたりを付けて来ているなら、遠からずわたくし達を監視するなり接触するなりしてくるでしょう。そこで相手を見定めれば良いわ」


 ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら言うと、マルレーンが真剣な面持ちで頷く。シリウス号側で待機している召喚獣達も各々頷いていた。


「ん。警戒しておく」

「そうね。宿の周辺なら怪しい動きも感知できると思うわ」


 と、耳と尻尾を動かして気合が入っている様子のシーラと、その言葉に目を閉じているイルムヒルトである。


「というわけで、ブルムウッドさん達も、いざと言う時は自分達の身の安全を優先して下さいね。相手の背景が分からない現時点では、法に反しているわけでもないですし、国への不義理でもありませんから」


 余所者の俺達と魔王国の民である彼らでは立場が違う。公権力に逆らってまで俺達を庇う必要はないと、しっかり伝えておこう。


「それは……ありがたい話ではあるがな。だが、可能な限り味方になるつもりでいるというのは忘れないでくれ」


 ブルムウッドの言葉に、ヴェリトやオレリエッタ達も真剣な表情で頷いていた。


「ありがとうございます」


 ブルムウッドは俺の返答に静かに笑って応じる。今後の方針としては相手が動くのを待つということになるから、調べ物も予定通りだな。探知魔法の仕込みがないかに気を付けつつ、技術関連の書籍を見ていく事としよう。

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