番外709 聞き込みと監視者
女将に先代と今の魔王についても聞いてみたが……その頃の魔王国は近隣との争いもなく平和だったとの事だ。
但し、先代から今の魔王に引き継がれる事が発表された後に王城から武装した騎士団が出動する事があったらしく……それが物資を運ぶ輜重隊を伴う等していた為に、何事かあったのかと囁かれていたらしい。結局は大きな騒ぎに発展する事もなかったそうだが……。
「それは――俺も知らない出来事だな。辺境の蛮族共に何か動きでもあったのか、それとも魔王の引き継ぎに乗じて、何か良からぬ事を企んだ輩がいるのか……」
ブルムウッドは眉根を寄せる。そうだな。実戦を想定した部隊の出動となれば、相応の理由もあったのだろう。
歴史書に残らなかった、或いは一般には明かせない事情があったとなると、そのあたりの事を後で窺い知るのは難しい。もしかすると本当に蛮族が動いただけで未然に対処できたのかも知れないし、時期が時期だから深読みしてしまっているだけ、と言われたら否定する材料もない。
いずれにしても……その程度の出来事が記憶に残るぐらいには珍しいという事で……魔王国は長く平和が続いている、という事の裏付けにはなるな。
その後女将から少し国内事情について質問をし、続いて他の面々からも聞き取りをしていく。同行しているエイヴリルが安心感といった感情を増幅してくれているという事もあり、情報収集は順調だった。街に住むブルムウッドの顔見知りや店主といった顔触れからの聞き取りだが……流石に老舗宿屋の女将程の情報通は少ないという印象だ。
そうして情報収集している間に一夜が明けた。図書館の司書――カーラと言う名前らしい――の家は分からなかったので夢の中での情報収集には行けなかったが、宝飾品店の店員であるパペティア族からは問題なく情報収集できた。どうやらパペティア族も夢を見るようだな。
そして一夜が明けて。宿屋で昨日集めた情報を共有するために部屋に集まって話をする。
「なるほど。かなり大々的に捜索が行われたのですね」
まずはファンゴノイドに関して。分かった事を話すとエレナが心配そうな面持ちで言った。
「そうなってくると意図的に他の種族と交わりを断っているか、それとも国かそれに敵対する組織が匿ったり閉じ込めたりしているか……でしょうか」
「色々可能性は考えられるけれど、探して見つけるのは骨が折れそうね」
アシュレイが眉根を寄せると、イルムヒルトも浮かない顔になる。そうだな。大々的な捜索が行われて当時見つけられなかったのなら、魔界の地理に疎い俺達が普通に捜索しても見つけるのは難しい。だが逆に……利害関係から匿っている組織にあたりを付ける事は出来る。
パルテニアラから色々事情を聞いてしまったしな。みんなもファンゴノイドの事が心配なのだろう。
「これは……足取りを追うなら技術関係から、かな」
「と、仰いますと?」
「ファンゴノイドを匿っているにしても監禁しているにしても、自陣営に引き込んだのなら知恵を借りるためという可能性が高い。行方が分からなくなってからの技術の発展度合いを中心に目を向けて書籍を調べれば……」
「自ずとファンゴノイドの所在が分かる、というわけですね」
グレイスは俺の言いたい事を察したのか、マルレーンと共に明るい笑顔になった。
「逆にどこの地方でも技術発展が見られない場合は、自分達で姿を隠している、と見た方が良さそうね」
「ん。全滅させられたとは考えにくい」
ローズマリーの見解に、シーラも大きく頷く。その言葉にパルテニアラも思うところがあるのか目を閉じていた。
当時ファンゴノイドの捜索は大々的に行われていたわけで……もし一族まとめてどこかの陣営に襲われて連れ去られたとするなら、襲撃にはそれなりの規模の人数が動いたはずだ。荒事になったのなら戦闘や拉致、逃亡の痕跡や目撃情報さえも残らなかったというのは考えにくい。
であれば騙して穏便に連れ去ったか、協力関係にある者が庇護したか。そうでなければ自分達の意思で隠遁している可能性が高い、という結論になる。
『図書館での調べ物の方針も決まりましたね』
シリウス号の艦橋で、アルクスがうんうんと目を閉じて頷きながら言った。そうだな。今後は技術関係の発展の推移と年代を中心に調べ物をする事になるだろう。
「それから……昨日得られた情報としちゃ、軍の出動、か」
「あれだけでは、何とも言えないわね」
ブルムウッドの言葉に、エイヴリルがかぶりを振る。そうだな。そちらに関しては保留としておくしかない。城務めの古参の武官に事情を聞ければまた変わってくるが、平和に見える魔王国にも、蛮族も含めて敵対勢力が皆無ではない、という点だけ気に留めておけばいいだろう。
情報共有と話し合いを終えて、しっかりと食事をとってから図書館へと向かう。
「どうも。今日も調べ物に来ました」
「ああ。今日も調べ物ですか。ええと……」
司書のカーラは顔を上げてそう言った後、少し俯いて、何か逡巡している様子だった。
「どうかしましたか?」
普段と様子が違うのでそう尋ねると、司書はやや口ごもった後、やがて意を決したかのように顔を上げる。
「その……昨日の帰り道にですね。皆さんの事を聞きに来られた方がいまして」
「僕達の事を?」
「正確には、森の賢人について調べている者が図書館に来ていないかと……。そういう言い回しでしたが、時期的に何かしら確信があっての事かも、という気がしました」
「探りを入れられた、という事かしら?」
ステファニアの言葉に、カーラはおずおずと頷いた。
公的な機関に身を置いていると言っていたそうだが、カーラの顔見知りではないので真偽の程は定かではない、との事である。
「業務の中で色々目録を調べて写しを作ったりはしていますが、それも多岐に渡るので少し分からない、とその場では答えました」
「それは――色々と気を遣って下さって、ありがとうございます。ですが、カーラさんは大丈夫なんですか?」
「私は大丈夫です。聞きに来た方も、皆さんに限定して聞きにきたわけでもないですし、口止めするように言われたわけでもありませんから。皆さんはその……調べ物をしている時も仲が良くて、楽しそうに見えましたから……それで、昨日の事はお話しておきたいと思ったのです」
「ありがとう。礼を言うわ」
その言葉にクラウディアも礼を言って、みんなもお辞儀をするとカーラは胸のあたりに手を当て、静かに頷いていた。
カーラが個人的に俺達に好印象を抱いているというのは分かる。門を通る時に水晶球の質問を受けているという前提があるのも信用してくれる一助になっているのだと思うが。
しかしまあ、ファンゴノイドの事を聞きに来た相手、ね。
単なる偶然とは考えにくい。俺達の事を特定しているのかどうかはともかく、ステファニアの言うように探りを入れに来た、というのが正しい気がする。
「ふむ。そうなると情報がどこから漏れたのかという話になってくるな」
パルテニアラが顎に手をやり、思案しながら言った。
そうだな。図書館でも周囲の状況には一応気を遣っていたが、その時には不審な動きをしている者はいなかった。
俺達は見知らぬ種族という事もあり、街では目立つ方だろう。聞き込みをすればすぐに宿泊している宿屋に辿り着けるはずだ。
それでも図書館に真っ先に来たというのは、やはり俺達そのものにはまだあたりを付けていない、という事かも知れない。
やはり情報源……というより何者か森の賢人について調べていると知った切欠が図書館ということになる、か? エイヴリルの能力でもカーラは俺達に悪感情を向けていないようだから、俺達に嘘は言っていないというのは間違いなさそうだ。
そうした考えを説明しながら一番可能性の高そうな推測を口にする。
「んー。探知系の魔法がどこかに仕込まれているのかな?」
「ああ。特定の本や目録に?」
ローズマリーは合点がいったというように声を上げる。そう。ローズマリーが本の罠――オルジウスの世界に囚われたように、蔵書に対して探知系と連動した魔法を仕込む。
悪魔の罠は魔力反応が大きいので片眼鏡で見てもそれとわかるが……例えば契約魔法で特定の本を複数書棚から抜いた時に反応するという具合なら、察知しにくい上にファンゴノイドについて調べている者がいるという情報を遠隔で知ることが可能になる。
この状況にもその方法なら合うな。ウロボロスを使って本を詳しく解析してみる価値はあるだろう。




