番外707 女王と賢人の出会い
「ファンゴノイド。様々な分野で――。ああ。この件りね」
ファンゴノイドについての記述がある本は司書の纏めてくれた中にあった。ローズマリーが朗読中に記述部分を発見すると、みんなの期待するような視線が集まる。そう。結構な数の書籍の中から探しているものだから誰か当たりを引いてくれると期待しての人海戦術なのである。
ローズマリーは薄く笑って一つ頷くと、更に文献を読み進める。
「――ファンゴノイド。様々な分野でその名が散見される、ある地方の森の奥地にのみ住まう少数種族である。人里離れた奥地に住むが故、普段は他種族と交流を持たないものの、争いを好まない温和な性格で、訪れてきた客人や迷い込んだ旅人を持て成したという逸話が幾つか残っている」
と、そんな記述から始まる内容だった。
曰く、言葉を話し、人のように歩く事のできる、知性を持つキノコの種族。相手を認めた場合、道を示すかのように知識の一端を教授する事があり、その行いから森の賢人と呼ばれ、多岐に渡る知識を有する……等々。
幸運だったのは様々な分野で散見される、という部分に出典があった事だ。その記述を手がかりに資料を追っていくと、色んな分野、時代時代でファンゴノイドが知識を渡しているのが窺える。魔法、数学に建築、薬草学やら何やら……。
その高度な知識と、エルベルーレの遺跡を結びつける見解もあったようだが……そもそもファンゴノイドの集落とあの遺跡では生活様式がまるで違った事から関係がないとされ、エルベルーレ遺跡自体が利便性の薄い辺境付近に位置していた事等から、研究もあまり進まなかった、という一幕があったようだ。
エルベルーレの遺跡は小国が小競り合いしていた時代の、亡国なのではないか、と言われているが……実際はそれよりも遥かに前の時代のものであったりする。
まあ……そうした経緯にはパルテニアラが施した人払いの術の影響であるとか、魔界から撤収する時にあまり手がかりを残さないように注意していた、という点もあるのだろう。
「あれらの伝えたという知識も、やはりパルテニアラ様達がお伝えした知識が元になっているのですか?」
少しずつ交代で休憩に入り、図書館に併設されたカフェに向かう。
ディアボロス族は先に休憩に入ってもう調べ物に戻っているので、色々過去の事を聞いても問題ないと判断したのか、エレナがそう尋ねると、パルテニアラは思案するように顎に手をやってから答える。
「言葉で対話する事。文字の読み書きや簡単な計算、魔力の扱い方を教えたりはしたがな。ファンゴノイド達は……とかく記憶力の良い種族であったよ。妾達が伝えた知識以外にも、他の種族の交流で得た知識や、それらを元に独自の知識や文化を追究していった、という事はあるかも知れぬ」
それは……基準となる部分をパルテニアラ達が教えたという事になるか。
言葉やそれに対応する文字、数字や計算という概念だけでも、それが無かったところに得られたというのはとても大きい。
「ファンゴノイド達との出会いはどんな経緯だったのでしょうか?」
グレイスが尋ねるとパルテニアラは懐かしそうに笑って答える。
「調査活動をしている折にはぐれた個体が魔物に襲われているところを助けた。妾達も疲弊していたので、胞子の谷で休ませてもらったのだな」
後に人間大になったが、最初に出会った時は大きな個体でも手で抱えられるぐらいのものでな、とパルテニアラはその大きさを示す。
大体バレーボールぐらいの大きさだろうか。キノコとしては破格の大きさだが、魔界で生まれたばかりのファンゴノイドとしてはまだ幼体だったのかも知れない。
「谷で休息していた時、調査隊の相談事……言葉を真似ていたのでな。折角だから言語を教えてみた。それを理解すると、これは素晴らしいものだと感謝してくれた。その後も食用に適したキノコを栽培してもらったりと、妾達も世話になったものだ。あれらがなければ民も食い繋げなかったかも知れぬ」
なるほど。お互い助け合い、ファンゴノイド達は知恵を貰い、パルテニアラ達は食糧をもらった、と。ファンゴノイドは見た目も人間型に近付いたそうだが……パルテニアラ達の影響があったからだろうか。案外仲良くしたかったから、かも知れない。
「ファンゴノイドが困っている相手を見て知識を渡すという行動をするのは……そうした最初の出会いがあったからかも知れませんね」
「そうであったなら……嬉しいものだな」
俺の言葉にパルテニアラは、懐かしそうに目を細めて笑っていた。
そうして休憩を終えて調べ物に戻る。ファンゴノイドはパルテニアラやディアボロス族からの情報にあった通りの性格で、結構な昔から人助けをしたり、色んな知識を与えたりしていたようだが……まだどこに行ったのかがはっきりしない。
ブルムウッド達によるといなくなったという情報が出たのは一昔前の話らしいのでそれ以後の書籍も当たってみたが……ファンゴノイド族の失踪に関する書籍はあまり数が無く、当時の出来事を見てもやや首をかしげてしまうような部分があった。
『これだけ学問の面でも一目置かれるような種族なのだから、言及する書籍が少ないというのは不自然に思えますな。失踪した彼らを大々的に捜索していてもおかしくはないはず。』
というのはシリウス号の艦橋でこちらのやり取りを見ていたオズグリーヴの意見だ。
確かにな。彼らと交流を持っていたのは胞子の谷に隣接する国――つまりは魔王国になるわけだが。賢人と呼ばれる種族の行先が分からなくなったとなれば、一般人はともかく為政者であるとか学者や研究者には一大事だろうに。
まあ、司書の話によると写本魔法で増やしたものが閲覧可能な状態になっているそうなので、一般公開されていない書籍として蔵書がある可能性は十分にあるが。
「ん。ファンゴノイドの移住やその行先に、魔王国が関わってる可能性は?」
と、シーラが首を傾げる。
「その可能性は十分にあるね。庇護しているから情報を伏せておきたいという可能性と、逆に利用しようとしているから行方を探して情報統制している可能性と……。どちらも有り得るから何とも言えないけれど。いずれにしても、その知識に一目置いているというのは間違いないんじゃないかな」
ファンゴノイドに対して友好的か敵対的か。情報が制限されているとしたら分からない部分はあるが……そこを調べるには先代、及び今代の魔王という、少し前から現在の情勢についての情報を集める必要がある。現在の魔王については……評判がいいのは確かだがな。
だが自国の、しかも在位中の為政者についてあれこれ言及するのは、封建国家である以上、それなりにリスクを伴う部分があるのも事実だ。実際図書館の書籍にも歴代の魔王をあまり悪しざまに言う物はなかったし、俺達としても記述は自国に関するものであるという事を前提に考えている。
「こうなってくると……噂話も含めてエイヴリルとホルンの力を借りて情報収集する段階かも知れないな」
「今なら……聞き込みの下地になる情報も十分揃っているものね」
俺が言うと、クラウディアも頷く。そうだな。魔王国に住まう色々な種族についても分かったし、長命の種族なら少し前の出来事にも詳しいだろう。
そして夢の中で話を聞くにしても、ある程度魔界に関する常識がないと質問のしようもない。図書館で色々と調べた情報を元にすれば、効率よく情報収集もできるだろうと見込んでいる。
ファンゴノイドか……。パルテニアラとのやり取りを聞くと、無事でいて欲しいと思ってしまうな。




