番外705 魔王国の歴史
そうして宿での一夜が明けて……身支度を整え、朝食をとったらみんなで王立図書館に繰り出す。
入館については特に問題もなく、守衛に呼び止められる事も無く立ち入ることができた。
図書館内部に入ると……そこは本の匂いが漂ってくる静謐な空間だった。
「これは――今まで見た図書館と比べてもかなりの規模ですね」
「シルヴァトリアの……学連の塔並みかしら」
グレイスが図書館内部を見上げて感想を漏らすと、ステファニアも同意する。
図書館は王立だけあってかなり巨大だ。中央が吹き抜けになっていて5階建て。図書館内部には整然と本棚が並んでいるのが見える作りで、壁や柱の装飾も凝っている。
塔よりは横に面積が広いという印象で蔵書も相当なものだろう。
タームウィルズ、フォレスタニア、シルヴァトリアの塔にワグナー公の地下図書館、グロウフォニカ等……色々見てきたが、ジオヴェルムの図書館もまた相当なものだ。
「ああ。彼女が昨晩言っていたパペティア族だね」
1階のホールにはカウンターがあって、そこには話題に出ていたパペティア族がいた。何となく、ライブラの事もあって親近感が湧くというか。
木製の身体かと思ったら陶器製の身体を持っていて……白い肌に金髪と、遠目なら人のようにも見えるが……口元は開かないタイプの人形なのか一体成型で、手を見れば球体関節なので見分けがつく。
ディアボロス族が俺達を知らない種族だと断言できた理由はそういうところにもあるだろうな。
カウンターに近付くとパペティア族の司書は硝子玉の瞳でこちらを見ると一礼して言葉を紡ぐ。
「ようこそおいで下さいました。何か本をお探しですか?」
と、言葉を紡ぐ口は全く動かない。人間近辺で言うなら心臓付近に大きな魔力反応があって、そこからの魔力が身体を巡っているのが見える。
「そうですね。他にも気になるものはあるのですが……一先ずは地理関係と歴史関係の書物を探しています」
地理関係は詳細までとなると軍事に片足を突っ込んでくる分野だから、閲覧できる書物も大した内容ではないだろうが、ここは大雑把でいい。
俺達がどこから来たのか、という話を作りやすくするためのものだからだ。水晶球で簡易の魔法審問ができる以上は、あまり話を作らない方が良いのは確かだけれど、それも状況次第。知識を得ておいて損はない。
歴史書については……魔王と魔王国の過去から今を知ることで、状況を整理するという目的がある。在位中の魔王の考えや経緯を推測するにもこれらの情報は必須だ。
ファンゴノイドは地理と歴史を把握した後だな。大まかな魔界の利害関係、力関係等が分かっていないとファンゴノイドの立ち位置についての推測がしにくい。
「閲覧可能な地理と歴史の書物は――それぞれ1階のあの辺りと、3階のあの辺りになります。実費と手数料を頂ければ、目録の写しをお作りしますが、どうなさいますか?」
目録の写し……そんな事ができるわけか。値段も実費と少額の手数料のみと、かなり良心的なので依頼するとパペティア族の司書は頷き、目録の本と紙、インク壺を並べてそれらに術を使う。
目録の本に書かれた文字列が光を放ち、壺のインクが反応して空中を踊るように動き、紙に文字を描いていった。
「面白い魔法ね」
ステファニアが言うと司書が頷く。
「写本魔法です。原本であるこの目録の墨に魔術的な細工がしてあるのですね」
なるほどな。単体ではなくセットで効果を発揮する魔法なわけだ。
出来上がった目録の写しを受け取り、代金を支払うと司書が俺達を見て言った。
「皆様……お美しい方達ばかりですね。これは造形の意欲が湧きます。うん」
と、みんなを見てしみじみと頷いている司書である。パペティア族はどうも美を追求する種族らしく、自分の身体だけではなく、服飾や細工物にも拘りを持つ性質のようだ。
「それは何よりです、と言うべきでしょうか」
「ふふ。はい。私達にとっては嬉しいものですよ」
司書は割と上機嫌そうに答えた。そうして地理関係、歴史関係の書物がある場所や、それぞれの階の机と椅子の場所も案内してくれて「何かあったらカウンターにいるので気軽に呼んで欲しい」と伝えてくれる。
因みに蔵書の持ち込みは禁止だが図書館の敷地内にカフェも併設されているそうで、喉が渇いたり小腹が減ったら軽い飲食が可能との事である。「研究者等が長時間調べ物をするので併設されました」と司書が教えてくれて、カウンターに戻って行った。
「長丁場で居座る事が出来るのは有難いわね」
ローズマリーが羽扇の向こうで頷いていた。そうだな。腹が減った時に中座して図書館の外に出なくていいというのは楽だ。
さてさて。では目録の写しを見ながら、目的に沿いそうな本を探していくとしよう。最初は……歴史関係からだ。
目録の写しについてはウィズが既に記憶してくれているので、そちらは皆に預け、小声でタイトルを呟く事で役立ちそうな書籍に目星をつけていく。
そうやって気になる書籍をピックアップしつつも、カドケウスとも五感リンクして通信機で目録の翻訳したタイトルを伝えていくという具合だ。
みんなで手分けして書籍を選んだら、テーブルの方に移動して調べ物の開始である。迷惑にならないよう防音の魔法で周囲を覆ったら、みんなで朗読会だ。ディアボロス族の面々には読み間違いによる翻訳の齟齬が起こらないように、俺達が読み上げる文章をチェックしてもらう。
翻訳された内容はシリウス号にも中継してある。重要な部分はバロールが水魔法とインクを使って覚え書きにしておいてくれるはずだ。さて。では始めるとしよう。
やはり翻訳と朗読という段取りを踏む必要があるので少し時間がかかる。手分けして本を読んでいったが、手間がかかるのはやむを得ない。途中で休憩を挟み、カフェを利用したりして作業を進めたが……。休憩が終われば時間的に宿に戻る事になるだろうか。まあ、なるべく朝早くから出かけて殆ど一日調べ物をしていたわけだ。その甲斐もあって、欲しい情報は少しずつ集まっているけれど。
気になっていた魔王関連については歴史系の書物で色々調べる事ができた。ブルムウッド達が補足してくれる知識も有ったりと、色々と助かっている。
魔王は一般には公開されてない基準で魔界に住む種族の中から選出され、その座の継承が行われるそうだ。
歴代の魔王の中には後継者を育てる者もいたが、必ずしもその中から選ばれるとは限らない。血族が魔王の後継者に収まるというものでもないようで……実際過去には色んな種族の魔王が存在していたようだ。
「選定基準は分からず。継承される時期も規則性が低い。とはいえ一度魔王になったら滅多な事では代替わりしないようね」
クラウディアが茶を飲みながら言う。
「そうだね。こうなってくると……王位を継承するのはあまり世俗の利害に関係のない部分での基準がある、ような気がする」
「育てた後継者や血族で継承していない場合があるから、ですか?」
アシュレイが首を傾げる。
「うん。そのどっちでもない事例があるって言うのはね。適性か能力かそれとも人柄か……或いはもっと……何かしら特別な条件があるのか。それは分からないけれど。功績で選んだというのは……家臣から後継を見出した事例があったから有り得そうだけど、保留かな」
その辺の事も調べていけばまた新しい情報が出てくるかも知れないが、今はまあ、情報が足りないか。
「ん。功績と言えば……歴代の魔王の功績や足跡も興味深い」
シーラが言うとマルレーンも真剣な表情でこくこくと頷く。そうだな。ルーンガルドに比べて強化されているらしいゴブリンやオーク、それに絶対数が少なめの種族だがオーガやトロールもやはり相容れない種族のようで。そういった種族を含め、敵対的な種族を相手にした戦乱の時代というのもあったようだ。
過去に遡ればもっとまとまりのない小国家群だったようだが、その中の一国が初代魔王として魔王を名乗ったのがこの国の始まりだ。
敵対的ながらも対話可能な相手なら戦争で併合した事もあり、中立的な相手で交渉が可能なら穏便に魔王国に組み込んだりもして……そうして出来上がったのが今の魔王国の形であるらしい。
ある時期から領土の拡大は緩やかになっている。ゴブリンやオークとの戦いも過去に比べれば下火になっているそうなので、これは魔王国の隆盛と共に力関係がはっきりしてきた、という事だろう。
そうした情報を纏めた紙を見て、エレナが言った。
「少なくとも版図を拡張する意図は今の魔王にはない、という事でしょうか?」
「歴代の魔王も……武力を背景に無理を通すという事は無さそうな印象を妾は受けたが」
エレナの言葉にパルテニアラも思案しながら見解を述べる。
そう。そうだな。中立の種族だけでなく、場合によっては敵対していた種族にも支援や同盟を持ちかける等して、その後その種族から魔王が選出されて併合されたりと……平和的な方法で融和が行われたケースもある。
どうやら多種族からなる国家というのは割と勃興の段階から一貫しているようで。
勿論それらの記述は魔王国側からの視点という部分を差し引いて考えるべきだが……話し合いが通じる相手ならばそうする、というスタンスの魔王が多いように見える。国是なのかそれとも魔王の継承に関わる事――資質がそういうものなのか。
或いはベリスティオのように別の肉体に憑依するだとか記憶を受け継ぐ事が魔王の継承というのも……可能性としては排除しない方が良いだろう。
交渉を持ちかければ受けてくれる相手、だとは思う。
それだけで魔界の扉について打ち明けられるかと言うと答えは否だ。なるべく多くの種族、人材を魔王国に求めているとしたら、ルーンガルド側にそれを求める事だって考えられるしな。まだ暫くはこのまま情報を集めていく必要があるだろう。




