番外704 境界公の王都滞在
ブルムウッドが紹介してくれた宿はいくつかの大部屋があって、内風呂や噴水のある中庭に面したテラスもあったりと……まあ結構なものだ。
宿にも大浴場として男湯、女湯があるし、内装も綺麗、部屋食も頼めるとの事なので不満はない。王都なのでこうした大きな宿もあるというわけだ。
俺達夫婦で大部屋2室に宿泊、ディアボロス族が男女に分かれて宿泊するということで計4室を一週間分前払いだ。
エレナとパルテニアラも警備上の問題から、大部屋に宿泊してみんなと一緒にいる形になった。まあ、俺達夫婦は2室の間で顔触れがローテーションするけれど。
宿に残しておいても問題ない手荷物だけ部屋に置いたら、早速街へ出る。因みにウロボロスは木魔法を用いてカバーを纏い、割と無難なデザインの木の杖のふりをして貰っている。穴を開けて視界確保もしているので楽しそうに喉を鳴らしたりしているようだが、ウロボロスにしてみるとお忍び的な感覚なのだろうか。
ともあれ、魔界でも魔術師的な出で立ちの者は割と闊歩しているので、杖を持ち歩く事自体は問題ないだろう。
というわけで、王都ジオヴェルムの大通りを進む。
「図書館は、開館時間も決まっていたはずだ。公的な場所だから……西の空が赤になる時間が閉まる目安だな」
ブルムウッドが言うと、パルテニアラが目を閉じる。
「ふむ。妾達は西が紫になる頃に皆仕事を切り上げる目安にするようにしておったが」
「へえ。国によって違うんだな」
「興味深いわね」
と、感心したようなヴェリトの声に、クラウディアも目を閉じて感心したように頷く。
魔界に昼夜の区別はないが、ぼんやりと光る空には色彩の微妙な移り変わりがあり、そこに規則性があるので一日を区切る事ができる、とはパルテニアラからの情報だ。
実際パルテニアラ達もそうしていたそうで、色の移り変わりによる一日の周期は大凡ルーンガルドと変わらない、との事だ。
明確な昼夜の区別はしようがないので……まあ、場所や役職によって活動する時間、休む時間というのは変わってくるとは思うが、いずれにしてもそうした安息の為の時間を設けるというのは、何かしらの集団の間では同じ時間を目安に起きて活動し、眠るというサイクルを作り上げた方が効率も良い、という事なのだろう。
そうして大通りを進んで行くと、見上げるような大きな建物の前までやってくる。石造りで……魔界の建築様式ではあるのだろうが立派なものだと一目で分かるな。
「ここが王立図書館だな。研究機関やらも隣接している」
ブルムウッドが言う。
「入館に必要なものは?」
「特には無い……が、閲覧に制限のある書物が何種類かあるはずだ。魔術書等は身元のしっかりした者でないと駄目らしいが」
「まあ……魔術書はそうなるでしょうね」
「興味はあるけれど……仕方がないわね」
俺の言葉にローズマリーが肩を竦める。その他貴重な書物も読めないと認識しておくべきだろう。図書館が一般に開放されているということは、公開できないような内容の古文書等は図書館の奥か、王城等で管理下にあるだろう。
まあ……そうした書物は簡単に調べるというわけにはいかないだろうが、世間一般で共通認識になっているような事は図書館でも調べられるはずだ。
魔界の国の勃興、今現在に至るまでの過程。そういった物が分かるだけでも交渉の場に立つような事があれば、結構違って来るはずだ。
「とはいえ――今からだとあんまり調べ物はできないかも知れないわね」
ステファニアが空を見上げて残念そうに言った。そうだな。西の空は赤みがかっていて、もう閉館時間が近いようだ。それにしても西空が赤い時間が仕事終わりというのはルーンガルドから来た俺達にしても馴染みやすくて良いかも知れない。夕焼け時と同じ、と考えておけばいいのだし。
「もう少ししたら鐘も鳴らされるだろうから、今日の所は宿で一泊する必要があるか」
鐘がなったら一区切りか。代わりに酒場等が賑わうのだろうけれど。
「その前に、どこかで何かしらの書籍を買っていきたいですね。宿で言葉の勉強をするのに使えると思いますので」
「では、次は本屋に寄ってから宿に戻るか」
大通りの本屋で2冊ほど本を買ってから宿に戻る。本の内容はまちまちだが、魔物も含めた様々な種族の生態について書かれた本であるとか地方の特産品について書かれた本らしい。
魔物に関しては知識を仕入れておくのは無駄にはなるまい。朗読して翻訳に間違いがないかディアボロス族の面々に確認してもらう、という方法で魔界の言語に慣れると共に魔物についての知識も得ていくというわけだ。
宿に戻り部屋に食事――感覚としては夕食だろうか――を運んでもらう。各々食事が終わったら俺達の部屋に集まって言語学習の時間という流れだな。
食事の前にエレナとパルテニアラに遠隔から魔界の門を開いてもらい、ルーンガルド側との伝言のやり取りをしておく。
まずは地下拠点側の安全確認からだ。ローズマリーが魔法の鞄から水晶板モニターを出し、そこに地下拠点の様子が映し出される。アルクスとティアーズ達だ。
「そっちの状況は?」
『問題ありません。アルディベラ殿とエルナータ殿は不在ですが、すぐ魔物が戻ったりする、という事はなさそうですね』
と、アルクス本体と言葉を交わす。ちなみにスレイブユニットはといえば、シリウス号側で留守番中である。情報共有の為に同時にシリウス号の艦橋の様子も映しているがそちらはエルナータがカメラ役であるハイダーを覗き込む顔が大写しになったりして、みんなが微笑ましそうにしていた。
安全確認もできたところで、王都ジオヴェルムに到着して宿を取った事等、伝えるべき内容をしっかりと通信機に打ち込んでから魔界の門を開いてもらう。それからルーンガルド側と伝言のやり取りを行った。
ルーンガルドからは「こちらには異常なし」との伝言と共に、調査をこなして無事に帰ってきて欲しいという応援の言葉も来ていた。うん。頑張るとしよう。
門が閉ざされたところで食事が部屋に届き……ウィズが一通りの料理を少しずつ成分分析。ルーンガルドの者が食べても問題ない事を確認したらみんなで夕食だ。
パン。野菜とキノコのスープに焼き魚。果物。魔界の食材を使っているものの、極端なメニューではないので食べやすいものだった。リンゴは……以前パルテニアラの話にあった変異種のようだ。まあ……切り分けてあるし味は普通にリンゴだな。うん。
それを言うならそもそもパンの原材料である小麦も魔界小麦だろうし、スープやキノコも魔界に適応した種だろうから、あまり気にしていても仕方がない。
「ん。魚もだけど、全体的に美味」
というのはシーラの評だ。味が良く感じるのは宿の料理人の腕か、それとも魔力が豊富な環境で育ったからだろうか。魔界の食材も、元の姿を知らなければそれほど抵抗も感じないだろうという気はする。
そうして食事が終わって暫くするとディアボロス族も部屋にやってきて、みんなで机を囲んで言語学習の時間だ。一覧表と本を机の上に並べ、翻訳の魔道具を使って発音規則に従って朗読。書いてある文章と発音からの魔道具の翻訳の内容に間違いが無い事をディアボロス族の面々が確認して次に進む、といった具合だ。まあ、魔物や未知の種族に関する事だけに本の内容そのものに興味が移ってしまったりもするが。
「パペティア族……? 人形の姿をしているけど魔物の種族なのね」
「不思議な魔物がいるものね」
イルムヒルトが驚くとローズマリーが興味を示す。
「自分達で木を彫ったりして身体を作るんだ。成長すると核が分裂してそれを器に埋め込む事で別個体になる、らしい。自分の身体や衣服を仕上げるのが好きな連中で、あまり出歩かないが、細工や仕立ての高い技術を持っているぞ」
なるほど……。それは確かに一つの種族と呼んでいいのかも知れない。魔界に滞在していればその内見る機会もあるだろう。




