138 刺青対策
刺青を削ったら落下したという事は、普通の魔法は使えないと見ていいだろうか? 落下死するリスクを負ってまでレビテーションが使えない振りを装ったというのは、意味がない。
魔法が使えない、瘴気絡みも封じられたとあらば、捕虜にするのは比較的容易だ。ライトバインドで拘束しておく。
騎士達もさっき戦っていた男を確保したようだ。ライフディテクションを用いて、建物内の生命反応を探っていく。
……2階に3人の反応。地下の隠し部屋に多数。
まずサンドラ達のいた廊下を覗く。アシッドフォグを食らって悶えていた男は、ライトバインドで拘束して窓から放り出した。リンドブルムが空中でキャッチして低空で放り投げて庭に転がす。まあ……あれはあれで良いとして。
アイスウォールで隔離していたが、彼女達は無事なようだ。
「大丈夫ですか?」
氷壁を溶かして声をかけると、サンドラが頷く。
「マ、マティウスさん。ありがとうございます」
「地下室の方へ避難を。他に誰か逃げ遅れた人は?」
「今の時点では……。マティウスさんが仰った通り、避難のための訓練をしていたので、ほとんどの子はすぐに逃げ込めたと思います。この子は風邪気味で熱があったので、部屋を移して私ともう1人の職員が看病しておりましたので……。ブレッドは……地下から抜け出して私達を助けに来てくれたようですが」
……なるほど。なら、まずは地下室に行って、きっちり点呼を取る必要があるな。
「では地下室に行きましょう」
皆で連れ立って移動する。
「悪い、マティウス」
と、ブレッドが神妙な面持ちで頭を下げてくる。
「何が?」
「いや……約束してたけど、無茶したし」
「そう思ってるなら、今回はそれでいいんじゃないか? 無事だったんだからさ」
ブレッドはやや気落ちしているように見えた。だが無茶をしたと自分で分かっているなら、俺からは言う事も特にない。約束は警報に関する事だけ。ブレッドの契約不履行であるとも思わない。ああいう場で行動できるというのは、心情的には否定したくないしな。問題点が分かっているなら、それでいいだろう。
地下室に移動する。扉の向こう側に院長が声をかけると、内側から開いてくれた。
「院長! ご無事でしたか!」
ランタンを持った職員と子供達が顔を覗かせる。残りの者達は他の子供達を守っていたというところか。
「他の子供達の点呼は終わりましたか? 誰も欠けてはいませんね?」
「はい。こちらも大丈夫です」
「そうですか。皆、無事で良かった」
職員の返答にサンドラは胸を撫で下ろした。
俺もシーラとイルムヒルトを安心させるために、通信機に全員無事であるとメッセージを送っておいた。ついでに刺青の性能と対策についても伝えておくべきだろう。
性能は魔人に準拠。簡単な対策としては――魔人と同様の対処のほか、刺青部分の破壊が挙げられるか。
「それにしても困りましたね。本当に標的にされているとは」
職員の言葉に、サンドラは表情を暗くする。
「騎士の方に泊まり込んでもらうというのはどうですかね」
横から言うと、俺に視線が集まった。
「確認したい事があります。サンドラ様は月女神の祝福は用いる事ができますか?」
「それはできますが……」
なら話は早い。
「ここが狙われている事も、都市内部への潜入もはっきりしたわけですから。いずれにしても西区は潜伏しやすい場所ですので、見回りを増やす必要があります。ですが、信徒の中に瘴気を扱える者がいるとなれば、これは月神殿に協力してもらわなければなりません」
そこで孤児院を拠点に寝泊まりしてもらう形にすれば一石二鳥というわけだ。
「な、なるほど」
「騎士団に知り合いがいるので、少し話をしてみます」
安全な状況が確認されるまで子供達は地下室に避難してもらうという事にして、院長と共に地下室を出る。
中庭に行くと、成敗された賊が更にもう1人増えていた。追い付いたシーラが捕まえて運んできたらしい。
「逃げて行こうとしていたのを見つけたから」
「シーラ……あなたも来てくれたのですか」
「イルムヒルトも。でも彼女が戦うと目立つから、私が動いた」
空中戦装備で上空からの監視ができるわけだし、人員の動きは丸見えである。しかもシーラは姿を消せるわけだから察知も追跡も難しいだろう。夜間では尚更である。
「テオドール。これからどうする?」
応援の騎士達がやってきて、孤児院に人員を残したうえで捕まえた信徒達を引っ立てていった。
とりあえず安全な状況にはなっただろう。シーラが小声で尋ねてくる。
「王城へ行く。リンドブルムは王城に帰さなきゃならないし、話をしてくる事もあるから」
「分かった。私ももう少し話をしたら、姿を消して家に戻る」
「了解。何かあったら通信機に」
「ん」
「――という事で、デュオベリス教団の信徒の中にそういった輩が混ざっているようです」
リンドブルムに跨って王城へ向かって変装を解き、信徒との会話や戦闘で判明した点を、主だった面子に話して聞かせる。
居並ぶ顔触れとしてはメルヴィン王、騎士団長ミルドレッド、宮廷魔術師リカードのほか、俺との連絡役になっているメルセディア、東区の警戒に当たっているチェスターもいる。
「瘴気とは……厄介な」
チェスターが眉を顰める。
「そうですね。ある程度なら魔人の用いる術も使えるようで。僕が交戦した相手は空を飛んでいました」
そう告げると、皆の顔に緊張が走る。
あの程度では魔人と比べるべくもないが、一般の兵士や騎士となると苦戦を免れえないところがあるという事だ。
戦闘になったとしても、人的損耗はできる限り避けたい。
「但し、全員ではないと思います。騎士達と戦った者は、瘴気が扱えるなら最初からそうしていたでしょうし。ある程度腕の立つ者に限定されてくるのではないかと」
「なるほどな」
「ふむ……空中戦装備と巫女による祝福が必要と思われますな」
リカードが言う。
「王城での空中戦装備の研究などは進んでいるのでしょうか?」
「それほど数はないが実用段階だな。武芸に秀でた者に渡し、その者に部隊を率いさせる事にしよう」
それは良かった。アルバートに負担がかかるという事はなさそうだ。俺が言うのもなんだけど。
「瘴気対策の祝福については……そうだな。巫女を王城に呼び、しばらくの間常駐してもらう事としよう。襲撃を防ぐ観点から言っても、頻繁に王城と神殿を行き来させるわけにもいかん」
「それでしたら、孤児院の方にも騎士と兵士の常駐をしてはどうでしょうか?」
巫女の祝福の話が出たので、先程サンドラと話をした事を聞かせる。
「孤児院に人員を配置し、街中の拠点とするわけか。うむ。それについては許可しよう」
「では、早速何人か向いている者を見繕っておきます」
メルヴィン王の言葉に、ミルドレッドが頷く。
さて。これで孤児院の方の守りはかなり厚くなるか。
「しかし、実戦で弱点を突くのは難しいところがありますな。それぞれで刺青の場所など違うでしょうし」
「具体的な箇所が分からなくても全身の皮膚に万遍なく損傷を与えられれば良いわけですから……祝福を受けた魔術師の魔法で無力化できるかと」
それでミルドレッドやリカードには通じたらしい。ミルドレッドは皮肉げな笑み。リカードはやや引き攣ったような笑みを浮かべた。
一例を挙げるなら、竜巻で土砂を巻き上げて全身に裂傷を与えるとか。そういう方法だ。
食らった方は堪ったものではないだろうが、瘴気を扱える以上は完全に無力化しないと捕虜にするのも難しい。
今日の連中と教団のやり口を見ている限り、全く事情を斟酌してやる必要も無さそうだしな。首を突っ込んできた事を後悔して逃げ帰ってもらうぐらいで丁度良い。
「となれば、魔術師隊との連携が必要でしょうな」
騎士団と魔術師隊は不仲と聞いたが……少なくともミルドレッドとリカードは険悪には見えないんだよな。
グレッグの派閥が壊滅した事で、末端も関係が改善しているかも知れない。騎士団は不祥事があって綱紀粛正に力を入れていたはずだし、意識の改善に期待させてもらおう。
「教主とかいう人物についても動向が気になるところではありますね」
「うむ。捕えた連中についての尋問は、こちらで進めよう。何か解った事があれば、テオドールにはすぐに知らせる」
「わかりました」




