番外693 魔界辺境
胞子の谷――ファンゴノイドが暮らしていたと思われる場所には広場があって、パルテニアラによれば、そこはかつて大きなキノコの宮殿があったそうだ。
今はその場所にも何も残されてはいないが、どうも地上部分だけでなく地下にも構造物が及んでいたようで。その部分だけ縦穴と地下空間が残っていた。
地下空間と言っても大きなホールのようになっているだけで今は特に何もない。放置されていたせいで雨水が溜まって縦穴ごと池のようになっていたが、ハイダーで中を見てみても、何も残されていないようだ。
「宮殿……というのは違うかも知れんな。あの者達が自らの身体を構成するのと同じ方法で作った構造物で、一族にとって価値あるものが収められている、とか言っていた」
「というと、建物自体が巨大なファンゴノイドのような?」
「そうなるな。だが、そうした構造物であっても自らの意思はないのだとか。ファンゴノイド達の生態については……よく分からぬというのが正直なところだ」
パルテニアラがお手上げというように目を閉じて肩を竦める。
巨大キノコが通常のファンゴノイドとどう違うのかと言えば……精神体のようなものが宿っていないとか、或いは個体を統括する核のようなものがあって、それを作らなければ単純な構造物にできるとか……。色々考えられるが跡地は綺麗に何も残されていないので不明だ。
「まあ、地層や年輪といった情報は集積できているので、そのあたりから何か分かる事を期待しましょうか」
縦穴の中を一通り調べて池の中から戻ってきたハイダーを回収してから俺達はその場所を後にしたのであった。
そうして胞子の谷から移動した先はもう一つの重要調査地点だ。
パルテニアラ達は浮遊城を追うのに飛行型の呪法兵を乗り物として駆使したとの事で、その為に遺跡から見て、かなりの距離を移動している。
とは言ってもシリウス号でならば調査に向かえる範囲内ではあるのだが。
雷雲。黒々とした尖った山脈。辺境の空を飛ぶ巨大な鳥や亜竜といった魔物達。
魔界は……移動中でもあまり気が抜けるものではないな。風景が落ち着かないというのもあるのだが、ライフディテクションや迷彩フィールドがなければとっくに魔物との遭遇戦になっているだろう。
「大凡の位置関係は記録しているのだがな。当時とは風景が様変わりしてしまって何ともな」
周辺の光景を見渡しながらパルテニアラがかぶりを振る。マルレーンのランタンで、パルテニアラが当時の記憶を映し出してくれているが、これは本人も断りを入れている通り、あまり参考にはできないようだ。
過去の魔界――このあたりはかつて荒涼とした大地が広がっていたらしい。
火を噴く山と、地の果てまで続くような巨大な亀裂こそが――溶岩の流れる大渓谷……だった。
過去形だ。今現在はどうかと言えば、眼下には森が広がっていて、大渓谷も見当たらない。位置関係は合っているのだから、この付近のどこか、という事になる。魔界は薄暗いのであまり遠くの見通しが良くない、というのも条件が悪いな。
「この近辺の火山活動が盛んだったのなら、地形が様変わりしていても不思議はないわね」
クラウディアが眉根を寄せる。
パルテニアラの記憶にある火山を目印にすればいいのかと言えばそんな事も無く。当時は一つしかなかった山がいくつも連なっている。
これは火山活動による地形の隆起か……。今は火山活動も落ち着いているのか、噴煙を上げている山はないが、連山の頂上付近はどうも亜竜種の巣窟になっているようだ。岩肌の露出した山頂に幾つも空を飛ぶ黒いシルエットが見える。
頭部が大きく首の長い……やや奇妙な姿をした亜竜達だ。地上の魔物を鈎爪でかっさらっていく場面も見たから、割と攻撃的な種族らしい。
迷彩フィールドを纏っているとはいえ、あまり近付かないのが得策だろう。数が多いのもあって気軽に陽動するとか追い払う、というわけにもいかなさそうなのが難点である。森の中にも魔物らしき生命反応が点在しているな。
「これは――気軽に調査というわけにはいかなさそうだ」
調査を進めるのだったら安全確保と隠密行動を念頭に……溶岩流の痕跡を見つけ出してそこから辿る、というのが良さそうだ。大渓谷が伸びていた事やその方向は分かっているのだし、きちんと地質を調べれば痕跡を見つけ出す事はできるだろう。
「地底に埋まった目標を見つける必要があるし、一先ず人の手は入っていなさそうだから、本格的な調査は次に持ち越しにするのがいいんじゃないかと思う」
そう言った考えを説明するとみんなも真剣な表情で応じる。
「最初の火山が一つだった事も分かっているのだし、最も古い火山を特定する、というのも良さそうね」
ローズマリーが羽扇で口元を隠して、思案しながら言った。
確かにな。古い火山が分かればパルテニアラの記憶と合わせ、浮遊城の沈んだ大凡の位置が特定しやすくなるはずだ。古い火山と大渓谷の痕跡を探し、その後地下の調査という流れになるか。
森の中には魔力反応の強いスポット――変異点もあるようで、調査には注意が必要だ。
「昔はもっとあちこちに変異点があったのだがな。魔界が成立して時間が経って、そうした場所も枯れていったか」
「魔界に色々な生命を新たに生み出したのは間違いなさそうですね」
パルテニアラの言葉にアルクスもそう言って応じる。
折角なので周辺の生命反応の動きに気を付けつつ変異点を見に行ってみる。
シリウス号を少し離れた場所に停泊させて……そこからの森の中を少し進むと、そこには青白い光を放つ、水没した洞窟があった。
異様な環境魔力と、水の中の魔物らしき生命反応……。ここも迂闊に近付かない方が良いのだろうな。
変異点に関しては性質も色々あるらしいが、環境魔力やパルテニアラの言葉によると、どうも元々不安定なようで……時間経過に合わせて減少傾向にあるようだな。
今回の調査での浮遊城に関しては、近辺の確認までという事で一旦撤収する事になった。現場を見て調査における課題は分かったのだし、対策を用意してからまた来るとしよう。
収穫としては魔界の情勢がある程度分かった事が大きい。魔王を頂点として栄えている国家が存在する、というのは結構大きな情報だ。
俺としては……王都でも他の情報を得られる事を期待している。ディアボロス族がファンゴノイドの事を賢人と呼んでいた事から、彼らと何かしらの交流を持っていたのは魔王の国の者達であるというのもはっきりとしている。
となれば王都の図書館で文献を探れば、もしかするとファンゴノイドも足取りを掴めるかも知れない。魔王国のこれまでの歩みと合わせて、しっかり調査を進めていきたいところだ。
そんなわけで魔界の要所要所を見て回ってから遺跡へと戻ってきたが……アルディベラとエルナータのベヒモス親子は寄り添って眠っているようだ。
親子水入らずで休息中の所を邪魔するのも悪いので、そのままにしておく。
森の上空に迷彩フィールドを展開したままでシリウス号を停泊させると、アルクスの本体とティアーズ達がハッチを開いて俺達の帰りを迎えてくれる。
みんなで点呼を取りシリウス号から降りてハッチから地下拠点へ移動、地下区画でシリウス号を召喚。地上部分を見張っていたが、密航者がいない事も確認が取れた。
これで最初の短期調査は一区切りというところか。今回の調査で分かった事、これからの事を色々と報告してから、魔王国王都での調査に移る事になるだろう。
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます!
お陰様で境界迷宮と異界の魔術師も連載開始から4周年を迎える事ができました!
書籍版も今月、5月25日に10巻が発売予定となっておりまして、節目となる巻を皆様にお届けできる事を嬉しく思っております。
ここまで続けてこられたのも、読者の皆様の日々の感想や暖かい応援のお言葉や、PV、評価ポイントがあればこそと感謝しております!
書籍版10巻に関しましては、更に詳しい情報がお伝えできる段階になりましたら
改めて後書きや活動報告にてお知らせしたいと思います。
これからも頑張って更新していきますので、書籍版共々よろしくお願い致します!