番外690 魔界を総べる者
「王都というのは、どっちに行けばいいんでしょう?」
「この街から見て、北東の方角だな。街道を東に進んで行けば途中で北東に分岐しているし、少し先の拠点から北上してもいい」
ブルムウッドに折角だから何か知りたい事があるかと聞かれたので、王都の場所を尋ねると、そんな答えがあった。北東か。覚えておこう。因みにファンゴノイドの行方についてはブルムウッドも知らないそうだ。そもそもヴェリト達にファンゴノイドの話をしたのがブルムウッドだそうで。
「テオドールはこっちの人と友好関係を築きたいって言ってたけど、王都に向かうの?」
オレリエッタが首を傾げる。
「興味はあるね。王様はどんな方なのかな?」
「魔王陛下? 美しいお姿をした方よね」
魔王……と来た。オレリエッタの口振りからして、字面から受ける印象のような暴君ではなさそうだが。だが、ディアボロス族の感性での「美しい」だから、額面通りに受け取っていいのかどうか。ディアボロス族と人間も近い姿ではあるから、美醜に関する価値観はそう変わらない、か?
それにしても魔王ね。盟主ベリスティオも魔人達の主だから魔王と呼ばれた事もあるようだが、それとはまた別だろう。こっちの住人の間でもこの世界を魔界、と呼称するようだが……魔界の王だから魔王、と言えば納得ではある。
魔界という呼び名はパルテニアラ達によるものだから、ファンゴノイド経由でその呼称が広まった可能性が高い。
「ヴェリト達も魔王陛下を見た事があるのかな?」
「直接ではないが……ある程度の都市部に住む者なら大抵は想念結晶を通して映し出されるお姿を見ているだろうな」
また知らない単語が出てきたな。想念結晶か。何となく、察しはつくが。
「街の中央の塔にある、あの水晶……かしら?」
俺と同じ発想をしたのか、シリウス号の艦橋でも同様の推測をローズマリーが口にしている。それを裏付けるかのようにブルムウッドが言葉を続けた。
「この街の中央……塔の上にある結晶は見たかな?」
「ああ。ありましたね」
ブルムウッドの言葉に頷く。
「あれが、想念結晶だ。魔王陛下に対する皆の想いを集め、様々な方法で力を利用する事が可能とされていてな。あの結晶の輝きが魔王陛下の治世や王国の平和に対する皆の感謝や尊敬、忠誠を表していると言える。国民に語りかける時に魔王陛下の姿を映し出したり、通常戦力で対処不能な危険な魔物を撃退する術式を放ったりといった方法で使われるな」
なるほどな……。塔の上の想念結晶は確かに煌めきを放っていた。それがどの程度の治世の結果なのかは他の例を知らないから比較しようもないが……色々利点のある方法だと思う。
実際の管理に関しては都市を収める太守なり領主に相当する人材に任されているのだろうが、それらの人材が不正を行うだとか圧政を敷いた場合、個々の都市にある想念結晶の輝きにそれが現れる可能性が高い。きちんと自分の仕事を全うしなければならないというわけだ。
逆に……魔王が暗君であれば全ての都市部にある想念結晶が同時並行的にくすむ、ということになるだろうか。
ともあれ月の民や魔人とは違う方法で向けられる想念を活用している、というのは色々興味深いな。
「俺はかつては――国に仕える武官でな。まあ……多少はそうした事情にも一般の連中よりは詳しいかも知れんな。今もそのまま通用する知識かは分からないが」
「ああ。それは色々聞かせて貰えると助かります。勿論、話をしても問題ない事だけで大丈夫ですよ」
国の制度や想念結晶の運用や性質……色々気になる事があるが、まあ話をする事で立場が悪くなるような事があっては本末転倒だ。俺の返答にブルムウッドは頷く。
というわけで色々と話を聞いてみる。
ある程度の都市部にはああした想念結晶が配置されており、そうした場所には中央から任命された太守が置かれて土地に応じた政務の代行をしているそうだ。
太守の権限は結構大きいが、想念結晶の管理運用は結晶管理官なる別の役人が置かれて、お互いの権限は厳密に分かれているらしい。どちらも立場を魔王によって認められたものなので、民の評判が悪ければ解任される事もあるそうな。
貴族制ではなく、各種族から武官と文官それぞれの代表者を選出。王都にいる魔王に仕えて実際の政治を取り仕切る。
魔王に関しても王家だとかの世襲制というわけではなく、何らかの方法で後継者が見出される。多民族を束ねるが故だろうか。エインフェウスと似た所があるのかも知れない。
「魔王陛下が長命なために暫く代替わりが起きていないからな。後継者の選出法や条件については……よく分からないとしか言えないな」
と、ブルムウッドが言う。
「……何かしら独自の決まりや基準があるのでしょうね。それに従って後継者を選ぶのでしょうけれど」
クラウディアが言うと艦橋のみんなも同意見なのか頷いていた。
現魔王についてはかなりの長期政権という事になる。実際の政治に深く関わるよりは太守や結晶管理官の行動を見守る役割で、実際に何かあれば想念結晶を扱うのも魔王、という事らしい。
これは長期政権故の工夫だろうか。失政があっても民の不満が魔王本人に向かないようにワンクッション挟んでいるというように感じられるな。
実際の政治に関してはある程度貧富や社会的な身分による格差がある事は否めないが、それも許容範囲内という印象だろうか。
実際弱者を守る為の政策もきちんと行っているようで、ブルムウッドが孤児となったヴェリト達を育てる為に武官を辞めるという選択をした際も申請によって金銭的な支援が行われたらしい。
今回の病気もそうだ。中央が必要とする魔法薬の素材に関しても、強権を振りかざしての買い占めまでは行っていない。そもそも魔力増強剤の使い道が分からないから、何とも言えないところはあるのだが、魔王の敷く政治体制は概ね治政と言って良いもののようで。
「この国の周辺というか……外に関してはどうなんですか?」
「辺境の外は――あまり知られていないな。危険地帯や強力な魔物が多く、迂闊に版図を広げられない、というのはある。ゴブリンやオークのような蛮族共が支配している地域も点在しているしな」
ブルムウッドの言葉を聞いていたシーラが、艦橋でかぶりを振る。
「ん。魔界でも厄介者」
「魔界の環境が環境だから、総じてルーンガルド側より手強いな。妾らが魔界にいた時も進化個体が多くて手を焼いたが……年月を経てより高度な纏まりができているのかも知れん」
「辺境と呼ばれる場所に追い込み、これだけの街を築いているとなると、魔王国の方がかなり優勢のようではありますな」
パルテニアラが言うとオズグリーヴもそんな風に分析していた。因みにエルベルーレの遺跡等は魔王の国から見ると辺境扱いになるそうで。まあ、ベヒモスが現れるような土地だからな。
「まあ……環境が違うと馴染みにくいというのは分かります。僕達は移動できる手段があったから調査に来る事ができましたが、渡って来るまでこちらの状況は不透明でしたからね」
と、言外にシリウス号によって辺境の外から来た、ということにしておく。
「空飛ぶ船だったか」
「そうです。混乱を避ける為に街から少し離れた所に隠してありますが……ブルムウッドさんの快気祝いという事でそこに招待して会食というのも良いかも知れませんね」
「それは……楽しそうだな」
俺の言葉にブルムウッドは最初、驚いた様子であったが、すぐに表情を綻ばせてヴェリト達と顔を見合わせ笑い合う。では決まりだな。皆を招待してシリウス号内での会食といこう。
魔王に対する方針を決めるのは……もう少し情報を集めてからだな。