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番外674 魔界の住人達

 ベヒモスを誘き寄せるならやはり南側の荒野、という事になる。ベヒモス自身が狩場にしているなら、ベヒモスが暴れた時の影響を少なくする事ができるからだ。


 ベヒモスにどう対処するにしてもエルベルーレの遺跡で戦う、という選択肢はなるべく避けるべきだろう。どこにどう4人の者達が隠れ潜んでいるか分からないし、あれ程の巨獣の活動となると生態系に対しての影響も無視できない。やはり情報は必要なのだ。


 情報と言えば……遺跡に残されている物も未知数だしな。

 実際、遺跡の外壁は余程強固に作られたのか、まだ僅かな魔力反応が見られて、この位置からでは生命感知や魔力感知で探知できない区画が点在している。


「まだ防御呪法が残っているか。外からの術式を弾くが――あちこちが崩れているから術の形態によっては届く、かも知れんな」


 パルテニアラが言う。そうだな。ライフディテクションにしても片眼鏡にしても視線に依存した術式形態だから防御呪法の施された壁で遮られてしまうが、エイヴリルの能力は五感を共鳴させるという形態だからか、見えない場所にも作用させられたようだ。今は――もう届かないとの事だが。

 いずれにせよまだ都市の防御呪法の機能が残っているというのは、魔界の変異や魔物の対策という事でパルテニアラ達がかつて構築した守りが優秀だったという事なのだろう。


 そういった背景もあり、遺跡内部の情報は些か足りていない。

 だがその上でどうにかしてベヒモスを誘き出し、4人を救出する作戦を立てなければならない。


 そんなわけでみんなと相談して作戦を詰めていく。時間的猶予はあまりないから細部まで詰められないが、大きく分けて誘導班と救出班、後詰めに分かれて行動する、ということになった。

 大雑把に説明するなら、誘導班はベヒモスの気を引いて遺跡から誘い出す役回り。救出班はベヒモスの留守を狙って助けに行く役回りだ。後詰めは不測の事態に備え、状況に合わせて誘導班、救出班のサポートを行う等、臨機応変に動くという事になるだろう。


「救出班は――戦う可能性も見ておく必要があるし、状況に応じた色んな方法で離脱する必要があるから……俺が前に出るよ。バロールを連れていけばこっちにベヒモスが戻ってきた場合でも俺が囮になって避難させられると思う」

「では、わたくし達は後詰めというわけね」


 俺の言葉を受けて、ローズマリーが羽扇の向こうで思案しながら答える。そうだな。ある程度の状況の想定はしているので、後は臨機応変に動いてもらうということで。ベヒモスのせいで周辺に目立つ魔物がいないというのも分かっているし、こちらとしては割と動きやすい。


「では、誘導役は私と彼で」


 と、概ねの作戦を練ったところで、オズグリーヴが胸に手を当てて笑みを浮かべた。


「射程距離は大丈夫かな?」

「問題ありませんぞ。里の者に軍煙と呼ばれたのは広範囲に効果を及ぼせる事から付いた名ですゆえ」


 それは頼もしい話だ。というわけで――変異対策の装備等、魔道具の準備も万端である事を確認してから各々動く事になった。




『各々の配置と準備が完了したわ』


 と、クラウディアから通信機に連絡が入る。俺は俺で光、音、隠蔽魔法の三重迷彩フィールドを用いて現在丘陵地帯の遺跡側に向かって移動中だ。

 森からでは見えなかった丘陵地帯の向こう側についてもここからなら視界に入る。丘陵の向こうは平原で――遠くに山々が見えていた。あっちの方向にキノコの一族が住んでいる谷があるらしいが……ベヒモスが警戒度を高めているこの状況では、平原を移動していると攻撃を仕掛けてくる可能性があるな。そうなるとやはり、見通しの悪い森側に退避させる必要があるだろう。


『こっちも問題ない。もうすぐ遺跡に到着するけど、ベヒモスが気付いている様子はないね。探知能力関係は……それほどでもないのかな』


 通信機でみんなに連絡を入れる。ベヒモスは――俺の存在に気付いた様子もなく、外壁に手をかけて周囲を見回している様子だ。

 そんな頃合いを見計らって南側の荒野に変化が生まれた。

 黒い渦が巻き上がり、その中からガシャドクロが姿を現したのだ。


 当然ながらベヒモスが、それを見つけて苛立たしげに咆哮する。凄まじい咆哮が肌をびりびりと揺るがす程だ。耳に風魔法の防御を施しているから咆哮対策はしてあるが……。

 だが――まだ動かない。ベヒモスとしても落とした荷物を見つけているから、遺跡付近に何かがいる、と言うのを気にしているのかも知れない。

 それも予測の範疇だ。ガシャドクロが口腔に光を溜めて、遺跡に向かって閃光を吐き出した。ガシャドクロの放った閃光が遺跡すれすれを薙ぐように通り過ぎて行った。


 これは流石にベヒモスとしても看過できなかったのか、もう一度咆哮すると遺跡から飛び立つ。ガシャドクロもベヒモスを迎え撃つように両手を広げ、骨の剣を構えた。黒い渦のようなものを全身から噴き上げさせる。


 ガシャドクロの出番はそこまでだ。全身から立ち昇る黒い渦はオズグリーヴの煙を纏っているだけ。ガシャドクロ本人はベヒモスを誘き出した段階で、マルレーンが送還の術式で地下拠点に引き戻している。

 後は――オズグリーヴの作り出した巨大な煙の人形によってベヒモスと少々の間遅延戦闘を行って貰えば良い。


 ベヒモスが偽のガシャドクロに巨大な爪を振るうが――煙でできた巨大骸骨は身体を霧散させながら別の場所で実体化する。カタカタと嗤うような仕草を見せながら、大きな岩を拾ってベヒモスに投げつければ、ベヒモスは迷う事なくそれを真っ向から食い破って突っ込む。密度を高めた煙の剣を以って爪牙と打ち合い、捌けないような一撃は煙に戻って分散。死角に回ってから実体化して攻撃を繰り出す。


 良い調子だ。規模は桁外れだが、オズグリーヴもああした凶暴な獣との戦闘経験は豊富だから上手くやってくれるだろう。倒すのが目的ではなく引き付けるだけ。オズグリーヴ本体も安全圏からの操作なので戦闘に巻き込まれる心配はない。今の内に……俺も遺跡の内部へと侵入する。正門は崩れ落ちていて、遮断結界の類もない。魔法的な物に対する防御は残っているようだが。


 外壁の内側は――崩れた瓦礫と土に埋もれかかった建物の基礎とを見ると、かつての街並みにも想像がつくところがある。

 大通りの向こうにかつて城だった廃墟。その正門前にベヒモスが狩ってきた巨大蛇の死体。大きな建物は瓦礫の山になっている。身を隠すなら城の残骸か、瓦礫の山の陰か。


 さて。彼らはどこに隠れているのか。魔力反応はあちこち点在している上にそもそも環境魔力が濃いのでこの環境に慣れるまでは分からない。では、生命反応の光は? これも見えないが……偽装系の魔法の備えがある事は否定できない。ただ……新しい破壊の痕や血痕等は見当たらないから、彼らがベヒモスに捕捉されたという事も無さそうだ。


「窮地を見かけて助けに来た! あの巨獣を引き付けている間に目を盗んで脱出する手段が幾つかある! 姿を見せるか合図を送って欲しい!」


 翻訳の魔道具を用いながら風魔法で指向性を持たせ、背後のベヒモスには聞こえないように声を響かせる。果たして信用してもらえるのかという問題はあるが、先にこちらの立場を明確にしておけばいきなり攻撃を仕掛けられる可能性を……まあ、減らす事ぐらいは出来るだろう。


 何度か呼びかけながら遺跡内部を低空飛行していると、城の方に生命反応の輝きが見えた。城にも外壁同様の防御呪法がかけられているなら……内部にはライフディテクションもエイヴリルの能力も届くまい。彼らが集めていた結晶も城のどこかから持ち出したものと考えれば辻褄が合う。


 そちらに向かって飛んでいくと、城の近くに何やら地下に繋がる階段が見えた。

 そこから顔を覗かせていた者達は俺が近付いて来るのを確認すると、身構えたり逃げ出そうとするような様子を見せていたが――重ねて「害意はない! 助けに来た!」と告げると、僅かに逡巡した様子が見えた。


「話を聞いてくれ! 今、仲間があの巨獣を引き付けている! 姿や気配を消す術を使えるから、見通しの悪い森へ一旦避難する事を提案したい!」


 そう言って光魔法を使って自分の姿を消したり現したりしてみせると、彼らは顔を見合わせ、そうして頷き合う。先頭の男がこちらを向いて言った。


「どうすればいい? そちらの指示に従う……!」

「正門を横切って――あの壁が崩れているところから出て斜面を下り、森へ逃げ込もう」

「巨獣が城の前に陣取っていたから身動きが取れなかったが――今なら行けるか。みんな! 荷物を持て! すぐに移動するぞ!」


 そう言って――男が仲間達に呼びかける。慌てた様子で荷物を取ってくる3人。


「行動を共にする前に……こちらの顔ぐらいは見せておいた方が良いかな」


 そうしてリーダーらしき男が外套のフードを取り払い、顔を見せた。

 人間に近い姿はしている。灰色の髪に牛のような角。薄い紫色の肌。

 白目と黒目の色が人間とは違う。通常の白目の部分が黒で、虹彩が赤だ。背中に蝙蝠のような翼がある。同様に他の3人も被っていたフードを取って顔を見せるが、髪の色と性別、年齢に違いはあるが同じ種族のようだった。青年が2人。それよりやや若い……幼さの残る印象の男女が1人ずつ。視線が合うと俺の顔を見てお辞儀をしてくる。


 生命反応、魔力反応共に魔人のそれとは違う。精神生命体である悪魔達ともだ。魔力保有量は多いが……見た目や器官の違いはあれど、性質的には人間に近い。


「ディアボロス族のヴェリトだ。どうやら、そちらは俺達の知らない種族の者のようだが……」

「テオドールだ。種族についての話は後にしよう。姿を消す術を使うから、あまり離れないように付いて来てくれ」


 そう言って彼らを迷彩フィールドで覆い、移動を開始する。

 ディアボロス族か。変質を起こした人間や、或いはそれらを基に生じた種族……。

 色々可能性は考えられるな。パルテニアラとて、魔界の種族の全てを把握しているわけではないらしいが……まあ種族的なタブーも分からないのでルーツについては追々様子を見ながら話を聞いてみるか。


 城の正門前を横切り、壁に向かって移動しようとした、その時だ。正門奥に生命反応。門の奥で恐る恐るといった様子で顔を出したのは……象ぐらいの大きさのベヒモスだった。但し……牙も角もなく、顔にも幼さがある。あれは――ベヒモスの幼体か。何やら足を引き摺っていて……。もしかしてどこか怪我をしているのか?


「あれはヴェリト達が?」


 指を差して尋ねると、ヴェリト達はそれを見て目を丸くする。


「巨獣の、仔か……? いや、知らない。少し前から巨獣が住み着いたという噂は聞いていた。目的があって留守の間を狙って潜入し……地下を探って地上へ戻ってきたら巨獣も戻って来ていて……脱出の機会を窺っていた」


 なるほどな……。そういう事か。縄張りではなく、ベヒモスの幼体が怪我をしたから、親が周辺の魔物を追い払い、怪我が治るまで匿いつつ護っていた、と。

 ディアボロス族も幼体の怪我に関わっていないというならば――ベヒモス達にこの遺跡から出て行ってもらうのは、そんなに難しい事ではないのかも知れない。

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