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136 巫女と孤児院

「因みに、この防犯装置は線を越えた者の大きさで判別しております。でないと小動物にも反応してしまいますから」

「なるほど……どのぐらいの大きさだと反応するのですか?」

「中型の犬なら反応するかと。その大きさの動物だと子供にとっては脅威かな、と思いますので。逆に、小さな子供の侵入や脱走には反応しない可能性があります」

「留意しておきます」


 大きさで判別というのは鳥や猫、虫などの小動物に反応して誤作動を起こす心配があるからだ。

 契約魔法の記述で結界に反応があった時に連動するという仕組みなので結界魔法の調整で小動物は通れるようになっているというのが正しいが。


 全て判別して対応とはいかないのが今後の改善点か。今回想定しているのはあくまでデュオベリス教団の信徒や、酔っ払い、通り魔、泥棒等による敷地内への侵入なので、その辺は了解してもらった。


 実は内部に簡易の通信機も組み込まれており、連動して俺の通信機に通報される仕掛けではあるのだが……現状通信機の事は秘密なので、この辺はブラックボックスという事で。


 と、その時。警報装置についての補足をあれこれと話をしてると、突然警報が鳴った。


「何事です!?」


 サンドラが血相を変えて中庭に飛び出すと、そこには結界線を飛び越えて反応したのを面白がっている子供らの姿があった。

 ああ……。こういうのも想定しておくべきだったか。非常ベルを押したがる奴、みたいなもので。こっちでは警報装置なんて普及もしてないから作動させる事に抵抗を感じない部分もあるのだろう。


「ブレッド! これは玩具ではないのですよ! もしもの時の大事なものなのです!」


 サンドラが眉を顰めて警報を止めて主犯格らしき少年に声を上げる。職員が慌てて走っていき、少年達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。それでまた警報が鳴り響く。

 んー……。悪戯で警報を作動されるのは困るな。常態化すると狼少年ではないが、本当の時と区別が付かなくなる。ふむ。何か対策を考えるか。




 ブレッド少年は所謂ガキ大将という奴だそうだ。面倒見は良いのだが親分風を吹かせて、他の少年たちを従え、時々悪戯するのが玉に瑕というところらしい。

 ただし、弱い者いじめはしない。根は悪い子供ではない、というのがペネロープとサンドラの共通の見解であった。


 そういう事なら、こちらとしても対策が取れる気がする。まず、サンドラとペネロープに許可を取る。更に通信機で連絡を取り、セラフィナを呼び出す。セラフィナは孤児院の場所を知らないのでカドケウスが連れてきてくれる予定だ。

 という事で、下準備はできたのでブレッドと1対1で話す機会を設けてもらった。


「何だよ。お前も俺に説教するの?」


 俺が院長と話をしている間、大分職員に絞られたのか、ブレッドはすっかり不貞腐れている様子だった。


「そういうのじゃない。警報装置で遊ばない、他の皆にも遊ばせないようにするって約束してくれるなら、孤児院に隠し部屋を作ってやってもいい」


 と言うと、ブレッドが目を見開いて俺を見てくる。どうやら食いついたらしい。


「そんなもの作れるのか? お前が?」

「これでも魔術師だから」


 指先に火を灯してみせると、ブレッドは目を見開いて俺を見てくる。

 魔術師の作る隠し部屋。子供の興味を惹かないはずがない。

 ま、実際は魔法建築によるセーフルームだ。警報が鳴ってから助けが駆けつけるまで、どこかに隠れて時間稼ぎができた方がより安全なのだから。

 廊下の突き当たりに隠し扉と地下室を作るという事で、ペネロープとサンドラには納得してもらった。


「そっちのが面白そうだけど……」


 ブレッドは俺を見てくる。話が美味すぎると思っているのだろうか。


「当然、条件がある。今後も警報で悪戯を続けるようなら、作った隠し部屋の入口は塞ぎに来る」

「……それは、まあ」

「それから本当の目的は避難所だ。もしもの時みんなが逃げ込めるように、鍵をかけたりしない事」

「そういう事か……」

「面倒見がいいって言うからそれを見込んで話をしてるんだけど、どうなのかな?」


 ブレッドが率先して他の子供にもルールを守らせてくれるならというのは結局のところ、他の協力で成り立つものだ。当然、独占なんて出来ない。隠し部屋ではあるが、秘密基地にはならない。


「何で見ず知らずのお前がそこまでするんだよ。あの箱をくっ付けに来ただけなんだろ?」

「デュオベリスなんかに色々されると頭に来るから。子供だからって理由で狙われるのなら尚更だ」


 言うと、ブレッドは目を見開いた。

 ブレッドはしばらく腕組みして考えていた様子だが、顔を上げると言った。


「……小さい連中を、危ない奴から守ればいいんだな?」


 と言って、俺を真っ向から見据えてくる。……存外真っ当な考えをしているが、そこまで責任を持てとは言ってない。


「その気持ちは尊重する。でも条件以上の事は求めてない。不満に思うかも知れないけど、無茶されると話を持ちかけた俺が困る」

「……大人みたいな事言うよな、お前。ま、相手が魔術師じゃ俺なんてただの子供みたいなものなんだろうけど」


 ブレッドは些か不満そうな面持ちであったものの、やがて、にやりと歯を見せて笑って頷いた。


「分かった。男同士の約束だ。無茶もしない」


 と言って拳を突き出してきた。こちらも拳を合わせて、頷く。


「その言葉は信用する」


 約束は取り付けた。悪戯で警報を作動させたりするような事は、今後ブレッドのグループが抑止する側に回ってくれるものと受け取らせてもらおう。




「マティウス、呼んだ?」

「ん。ちょっと魔法で地下室を作るから、耐久性とか見てほしくて」

「まかせて!」


 話が纏まったので、セラフィナが来たところで工事に着手である。

 孤児達の寝泊まりしている部屋の廊下の突き当たり、本来行き止まりであった場所に隠し扉を作り、そこから地下室を作ってしまう事にした。

 隠し扉はどんでん返しというか。忍者屋敷にあるイメージの、壁が回転するあれだ。

 クリエイトゴーレムで土を素材にゴーレムを作る事で地面を掘り、土を運び出す。土魔法で整地して階段を作り、更に階段下に2つ目の扉。


 こちらは地下室側から閂をかけられる形式である。扉の先に地下室となるスペースを拡張していく。


「ここ。この辺に柱を立てるといいかも」

「この辺?」

「うん」


 セラフィナの指定した場所に土魔法で柱を形成し、土の石化魔法ペトリフィケイションで強固に固めて補強。セラフィナの助言の下、耐久性や安全性を相談しながらの建築作業となった。さすが家妖精である。


 空気穴を開けると共に、逃げ込んだ後で外に逃げられるように、内側からしか開けられない出口を作れば完成である。ここは階段裏のデッドスペースを利用させてもらった。階段に身を隠して、外の様子を窺いながら脱出できるという寸法だ。


 孤児院の全員が逃げ込んでも余裕がある広さに作ったが……石造りの簡素な作りになってしまった。

 家具や調度品の類が何もないので、やや殺風景なのは仕方が無い。その辺に家具などが置かれればもう少し見れたものになるだろう。


「廊下の壁が回った!」

「何これ! すっげー!」


 広いだけで現状何も無いけれど、子供達には気に入ってもらえたようである。後はブレッド達が約束をきちんと履行してくれるのを期待するだけだな。




「子供達、喜んでいましたね。あれなら安心です。改めてお礼を言わせてください、テオドール様」


 ペネロープを送っていく道すがら、彼女は馬車の中で嬉しそうな笑みを浮かべた。


「いえ。それより、ペネロープ様こそお気を付けて」

「私は神殿の奥からあまり外には出ませんから。ですが、万が一という事もありますものね。気を付ける事にします。それより、魔法建築の代金ですが――」

「ああ……。あれこそお代は結構です。急な話でしたし、子供達の悪戯というのは想定しておくべきでしたから」


 結界を正常動作させるための環境整備というかアフターケアというか。


「そういうわけには参りません。孤児院はシュアス様が望んで建てられたものなのですから」

「と言いますと……」

「シュアス様は時折、優れた神官や巫女に神託を授けられる事があるのです。孤児院については巫女が神託を受けた故に、代々巫女頭が責任を持つという事になっていますから」


 なるほど。ペネロープが同行を申し出たのも理由あっての事だったようだ。

 とは言え、彼女にとってはその建前こそ孤児院に出かける口実なのかも知れない。ペネロープは割と子供達を見て、楽しそうにしていたし、あまり行動の自由も無さそうだしな。


 それにしても……シュアスの神託か。


「……その神託に、異種族や友好的な魔物と仲良くしようというものはありましたか?」

「ありますよ。手を取り合えるは人と人だけにあらず、と」


 ……イルムヒルトが孤児院に保護されるだろうとクラウディアが見積もっていたのは、彼女がそんなタームウィルズの風土を知っていただけ、とも言える。やはり彼女に関しては色々な事が憶測の域を出ないな。




 ――ペネロープはどうしても対価を受け取ってほしい、との事だった。

 孤児院を大事に思っているからこそ、というのは分かったのでこちらも首を縦に振る。


 とは言え、魔法建築の相場を俺は知らない。なので後日連絡しますという事で、話を切り上げさせてもらう事にした。後で安めに設定した値段を持ちかけるという事でいいだろう。


 孤児院に結界を張ってから、数日。

 タームウィルズ全域にわたり警戒度が上がっているからなのか特に何事も起こらず――迷宮探索と鍛錬、工房でアルフレッドの作業の補助をしたりと一日一日が過ぎていった。

 気を付けるべき点としては、迷宮探索から戻るのを日が暮れる前に抑えているという点か。夜には家に戻れるように調整しているわけである。

 そうして、家に帰って寛いでいたところで、それは来た。


「警報が作動したみたいだ」

「……それは」


 シーラとイルムヒルトが目を見開く。


「ちょっと先に飛竜で行って見てくる。カドケウスは残していくから」

「お気をつけて!」

「テオドール君、無茶しないでね!」


 問答の時間もない、というのは分かっている。

 想定されていた状況であるが故に、引き留められる事もなく送り出してもらえた。


 竜笛を吹いて王城からリンドブルムに飛んできてもらう。変装用指輪を身に付けて、リンドブルムの背に跨り、空へ舞い上がる。今夜は月の無い曇天。黒い体躯のリンドブルムには、十分な高度を取ってもらえば見えにくいだろうが……更に闇魔法を使って、姿を覆う事で地上からは見えないようにカモフラージュした。

 さて――。何が警報にかかったのやら。

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