番外673 遺跡と探索者
「見た所、ベヒモスの隙をついて廃墟――遺跡の探索を行っていた、と見るのが一番状況に即しているような気がしますが……あの遺跡には何か残っていたりするのでしょうか?」
「エルベルーレ王との戦場になってな。瓦礫に埋もれてしまった物もある。可能な限り後世に危険物を残さないようにしたが、見逃している可能性は完全には否定できない。妾達も余裕があったわけではない故に、魔石の類では回収されていないものもあろう」
みんなに状況を説明しつつも、パルテニアラに質問をするとそんな答えが返ってきた。
「遺跡に残された資材を目的とした探索や、年月を経て産出するようになった資材を目的としている、かも知れないわね。わたくしなら遺跡そのものを探索する事でも価値があると思うけれど」
というのはローズマリーの意見だ。遺跡探索のくだりについてはステファニアもわかる、というように頷いていたりするが。
さて。ベヒモスがいつ戻ってくるか分からないこの状況である。あまり彼らへの対応方法を先延ばしにもできないが、少なくとも非戦闘員であるエイヴリルを前に出すのは危険が伴う。
「流石に……この距離だと私一人では能力範囲外ね」
エイヴリルは丘陵の方向に目を向けながら眉根を寄せる。性格や傾向を見られれば交渉しやすい相手かどうかも分かるのだが……慎重に事を進めた方が良い、というのはあるな。
「私達と共鳴すれば」
「ええ。能力も届く……かも知れないわね」
「やってみる」
カルセドネとシトリアの能力と同調させて能力を音叉のように共鳴させ、射程を増幅する、という事らしい。少し同調と増幅といった準備に時間がかかるようなので上手く行く事を期待しつつ、善後策を練る事にしよう。
「一先ず……シーカーに後を追ってもらって、彼らの拠点を探る事から始めようか。彼らが忍び込んでいる事に気付かなかったというのなら、ベヒモスの探知能力ではシーカーを追えない公算が高まったとも言えるし」
或いは彼らもまた魔法的手段でベヒモスの探知能力を誤魔化しているだとか、ベヒモスの支配者、或いは共生関係にあるとか様々な可能性を考慮する必要があるが……仮にベヒモスが味方であるなら、留守の時を狙って彼らが行動するのは道理に合わない。その可能性は低い、と考えて良さそうだ。
というわけでバロールにシーカーを乗せて一気に距離を稼ぎ、つかず離れずで彼らの足取りを追ってもらい、本拠地のある方向、場所を特定してから暮らしぶりやその全体的な性格、傾向をエイヴリルに見てもらう、という方針が良いのではないだろうか。
そうした話をして今後の方針を決定していたが――状況は更に動いていた。南側の荒野――地平線の彼方にベヒモスの姿が見えた。狩りを終えて縄張りに戻ってこようとしているのだ。
ベヒモスの顎には巨大な炎の大蛇とでも言うべき魔物が銜えられていて――生命反応から見ると既に絶命寸前といった様子だ。
燃え盛り、赤熱していたのであろう体表も、見る間に炎が消え熱を失って生命反応の輝きも消えていく。
南側の荒野はあちこちの地割れ部分に溶岩のようなものが見えているからな。地底に炎の大蛇が住み着いていると見るべきか。そしてそれを物ともせずに狩る巨獣ベヒモス。
だとするなら……奴にとっての狩場はあの荒野か。何とも……人外魔境というか、凄まじい環境だが。
たまったものではないのが、遺跡から脱出を図ろうとしていた4人の者達だ。遠くの空に見えたベヒモスの姿を見て、慌てふためいているのが見て取れる。
遺跡から進むべきか、それとも留まるべきか迷っている様子だったが、空を駆けてくるベヒモスの速度から考えると、進んだ場合、丘陵地帯から逃げ切る前に捕まってしまうのではないだろうか。蝙蝠のような翼を広げ――俺達のいる森側を指差し、飛んで逃げようと提案した者もいるようだが、他の者達に引きとめられる。
そう、だな。ベヒモスの視線は遺跡側に向いている。飛んで逃げたら見つかってしまい、飛行速度の違いから全滅させられてしまう可能性が高い。
俺の見解と彼らの見解は一致したようで、仕方がないというように首を横に振ると、遺跡の中に戻る事にしたようだ。どこかにベヒモスの目の届かない、身を隠せる場所がある、という事なのだろう。
ところがトラブルというのは重なる物だ。背中に負っていた荷物が許容量を超えていたのか、或いはどこかで布袋を傷つけてしまっていたのか。一人の背負っていた布袋が破けて、その場に内容物をぶちまけてしまう。
食糧品やら野営の為の道具と思わしき物もあるが、その中に何か――結晶のようなものが混じっているのをバロールの視界は捉えていた。
魔石か鉱物か。この距離では判別しにくいが……あれらが遺跡にある事を知って、危険を承知で探しにきた、とか?
彼らは散らばった物資の回収より避難を優先したようだ。その場にぶちまけてしまった品々に後ろ髪をひかれつつも、ベヒモスの戻ってくる速度と比較して猶予が無いと判断したのか、慌てた様子で遺跡の中に駆けこんで行った。
だが――それは判断ミスだろう。身を隠す事ができても偽装を施さなければ結局、ベヒモスは何者かが縄張りに侵入した事に気付いてしまう。
案の定というか、戻ってきたベヒモスは地面に散らばった物資を目にして、獲物を口から離して放り出すと怒りの咆哮を響かせ遺跡の周辺を飛び回り始めていた。
「大丈夫。彼らの避難も完了している。安堵の気配を感じたわ」
エイヴリルが言うと、カルセドネとシトリアも真剣な面持ちで頷いた。能力の増幅も間に合って、感知が届いたという事だろう。ベヒモスの挙動と4人の感情から状況を判断するに、今すぐに割り込んで戦闘を前提に助けに入る程の緊急性は無さそうだ。
バロールは既に高空から引っ込めているし、入り口周辺に隠蔽術を施しているから俺達が発見される心配もなさそうだが……。
少なくともこれで彼らとベヒモスの間に友好的な繋がりがある、という線は消えたな。
ベヒモスは苛立たしげな咆哮を上げつつ、放り出した炎の大蛇を再び遺跡内部に持ち込むと、それを食い千切り、己の腹に満たしながら外壁に手を掛けて周囲を見回し、遺跡内外を警戒している様子だった。
「あれは――当分遺跡から離れそうにないな」
「中に逃げ込んだ者達は籠城を強いられる事になりそうですな。食糧や水がどこまで持つかは分かりませんが、1人分の食糧を失ってしまったのは痛手でしょうな」
俺の言葉に、ウィンベルグが険しい表情で言う。そう、だろうな。ベヒモスがあの場に陣取り動かないとなれば尚更だ。エイヴリルが感知した詳細を説明してくれる。
「彼らからまず最初に強く響いたのは……使命感、というのかしら。脱出しようとしていた時の彼らは、そういう想いが強かったように思うの。遺跡から持ち出そうとした物資は、彼らにとって必要なものだったのではないかしら」
遺跡内部に逃げ込んだ彼らから、感じ取れた感情は一時の安堵と強い不安との事だ。一先ずは身を隠す事ができたが、状況が悪いというのは彼らも重々承知なのだろう。
「使命感、か」
「そういう事なら……彼らとは友好関係を築けるかも知れませんね」
アシュレイが心配そうな表情で言う。使命感。誰かの為、何かの為に危険を承知で動いていたという事なのだろう。そういった者達なら確かに、手助けをすればある程度応えてくれるかも知れない。
「そうだね。救助する方向で作戦を考えよう」
ベヒモスを誘き寄せられれば、安全に救出できるかも知れないな。ベヒモスの立ち位置も彼らに話を聞けば分かるし、魔界の情報も得られる可能性は高い。