番外672 地表の状況は
「おお。これが術式ですか。では、魔石に刻ませてもらいましょう」
「うん。よろしく。水晶から光魔法を放って平面に幻術を展開する仕掛けで……魔石ができたらそれにミスリル銀線と水晶を繋いでやれば壁に景色を投影できるようになるかな」
魔力を十分に回復させる為に休息を取りながらも壁に景色を映し出す術式を組んで、ウィズにシミュレートしてもらってから紙に書き付ける。完成品の模型を土魔法で作って術式の内容を説明するとオズグリーヴは心得た、というように笑ってそれを受け取り、魔石に刻むために船内の作業場へと向かった。
一先ず、街、森、海中の三種を模した風景を映し出せるようにし、やや容量の大きな魔石が魔力消費量を負担。定期的にその魔石に誰かが魔力補給をしてやることで幻影を維持できる、という仕掛けである。
魔道具の使い方は――どこかに明記しておいた方が良いな。この拠点を後世の者が使うかも知れないし。
そうして艦橋に腰を落ち着かせ、グレイスの淹れてくれたお茶を飲みつつシーカーの情報収集を見ていると、暫くしてオズグリーヴが魔石に術式を刻んだものをもってきてくれた。
「こんなところですかな」
「ありがとう。後は実際に動かしてみようか」
「では、敷設はわたくし達がやっておくわ」
「水晶はコルリスが作ってくれるものでもいいのかしら?」
ローズマリーとステファニアが言う。アピラシアも手伝う、というようにこくこくと頷いていた。
「そうだね。コルリスの水晶で問題ないと思うから、頼んでいいかな?」
そう答えると模型をローズマリーの使い魔であるアンブラムが大事そうに持って、ローズマリーとステファニア、コルリス、アピラシアと働き蜂達が連れ立って魔道具の敷設に向かった。みんなの作業風景が外部モニターで暫く見えていたが、やがてコルリスが水晶柱を四方に生成して回る。それに魔石を埋め込んだりミスリル銀線を敷設して繋いだりしていたが、やがてそれも終わり、こちらに向かってコルリスが手を振って設置完了の合図を送ってくる。そうしてステファニアがにこにこと楽しそうに魔道具を起動させた。
「おお。これは……良いな」
と、テスディロスがその風景を見て声を上げた。
壁に陽の差し込む森の風景が映し出される。方向によって少し森の景色も違い、小さな池が見えていたり、開けていて花畑があったり……或いは崖から見晴らしのいい山脈が広がっていたりと、割と色んな風景を楽しめるようになっているという寸法だ。
美観でのストレス軽減が目的なので割とどこを見てもそれなりに良い風景、と思って貰えるように幻術を組んでみた。
池に動物が水を飲みに来たり、森の中を動物や蝶が横切ったりと、ちょっとした変化も起こる。今も鹿が池で水を飲んだりしていて、甲板にいたアステールは親近感からか嬉しそうな声を上げていた。
そんなアステールを見てステファニアは小さく肩を震わせ、鹿が池を去る頃合いまで待ってから景色を切り替える。
次に映し出されたのは賑わう円型の街の広場。花で飾られた街並みだ。カフェがあったり噴水があったり遠くに城が見えていたり……という具合で、こちらは時間経過で夕暮れになったり篝火が灯されたりする。
海の景色は熱帯魚が泳いでいたり珊瑚礁があったり。生き物が多いので割と変化に富んでいると思う。引き潮でぎりぎり海上が見えたりして、夕日の沈む海を見る事ができたりという具合だ。
「どれも良い景色ですね」
と、水晶板モニターで周囲の景色を見ていたアシュレイが微笑む。
「喜んで貰えたら嬉しいけどね」
というわけで、風景を映し出す魔道具に関してはこれで一先ずは良いだろう。俺の魔力の方もマジックポーションで回復した分も馴染み、循環で調子も戻ってきたので、そろそろ色々と動いていけそうだ。
「それじゃあ、ベヒモスも不在のようだし、ちょっとだけ外に出てみようか」
「いよいよ外か。少し緊張するわ」
イルムヒルトが真剣な面持ちで言う。そうだな。魔界に突入したと言ってもかつてパルテニアラが築いた管理された区画だったし。
戦闘用区画の岩陰からメダルゴーレムを用いて、森の中に繋がる出入り口を構築していく。
メダルゴーレムが周囲の地面と同化して、地上に繋がる階段とハッチを構築するというわけだ。
階段の下――戦闘用区画と直接繋がる部分はエアロックのように外と内の二重扉にしておく。エアロック自体も自然の空洞に見せかけた物だ。その場に小型の空気清浄用魔道具を設置。更に水生成、治癒、解毒、浄化、解呪の魔道具を岩に見せかけた収納カプセルに封入しておき、退避して来た時に衛生管理や応急処置といった対策が取れるようにしておく。
「下の区画に様々な影響が及ばないように一区画挟む、というわけね」
「ん。収納が面白い」
クラウディアが笑顔を見せ、岩型カプセルをシーラが開けたり閉めたりしていた。うむ。
ハッチよりさらに上の空間――。木の根の類は木魔法で邪魔になる部分だけ曲げてやればいい。魔界の植物にもきちんと木魔法の効果は作用するようで……そのあたりは安心できるな。
というわけで地上までの道が繋がったので、ベヒモスが戻って来ない内に少しだけ森に出て、自分の目で様子を見てみる、というわけだ。
「それじゃあ開けるよ」
そう言うと、同行している皆が神妙な面持ちで頷く。一先ず、空気等の環境に問題がない事はシーカーの調査で分かっている。地面に見せかけたハッチを開いて顔を出すと、森のにおいとともに周囲に漂うような、かなり濃い魔力を感じた。
精霊達も少しルーンガルドとは違うが……森という場所もあり、何となく種別については判別がつく。元々ルーンガルドの精霊が形を変えたものだとするなら精霊達についてはそこまで変わるものではあるまい。ティエーラとコルティエーラの加護もあるからか、注目されたりしているようではある。軽く手を振ってみると、精霊達もにこっと笑ってこちらに手を振ってきたりと、割と好意的な印象があるかな。
そして周囲は割と明るい。パルテニアラの話によると……魔界は昼夜の区別があまりないらしい。空は見慣れない色ながら全体がぼんやりとした光を放っているし、発光している植物や昆虫があちこち見受けられて、森の中でも割と十分な光量は確保できているように思う。
「何といいますか……。私はとても調子が良く感じます。メイナード卿が吸血鬼となった土地だから、でしょうか」
グレイスが掌を閉じたり開いたりしながら言った。確かに……吸血鬼にとっては本当の意味でのホームグラウンドなのかも知れない。
周辺の地形図作りをしているバロールは一旦こちらに呼んで、迷彩フィールドを纏わせた上で、ある程度上空から情報収集をしてもらうことにした。
シーカーの集めた情報と合わせて生命反応と魔力反応を見て、森にいる魔物の分布や総数にあたりを付けておこうというわけだ。
そうしてここまでのシーカーの情報収集と合わせて見た結果では――森には然程大きな魔物はいないようではある。
人払いの呪法と、ベヒモスが近隣を縄張りにしている影響があるのだろう。
耳を翼のようにはためかせて飛ぶ兎のような生き物やら、食虫植物が巨大になったような魔物なら見かけたが、前者はあまり戦闘能力が高くなさそうだし、後者は歩き回るタイプではないようで……とりあえずこの森に関して言うなら比較的安全なようだ。
そんな調子で高所から情報収集をしていると、丘陵地帯に3つ、4つ……小さな生命反応が見えた。光魔法で拡大してみてみると……なにやら外套のようなものを身に纏った者達が廃墟から繋がる坂道を下って移動中という場面だった。ルーツは分からないが、魔界に住む知的な種族、という事だろうか。
何やら荷物を背負っているようで……これは廃墟の探索や調査に来て、ベヒモスの留守を狙って脱出中と見るべきか。ベヒモスと関係がある可能性も……まだ否定はできないな。上手く接触して交渉ができたら良いのだが。