番外671 地底の拠点造り
シリウス号を停泊させるスペースと土台まで造り、構造強化でしっかりとした強度も確保したところで、パルテニアラとエレナが用意してくれた図面に従い床に溝を掘る。
溝に魔石の粉末を流してやれば、他の区画と同様、拠点を守る呪法の効果範囲内に組み込む事が可能、というわけだ。
マジックポーションを一気に飲み干して独特の苦味に少し顔をしかめながら一息を吐く。
「魔石はもう溝に流しても大丈夫ですか?」
「ああ。もう分解魔法の出番はないから大丈夫だよ」
「それじゃあ、カルセドネちゃん達と一緒に進めておくね!」
「うん。じゃああの辺から進めるね」
「頑張る」
「私も手伝うわ」
「うんっ、エイヴリルお姉ちゃん」
シオンの質問にそう答えると、マルセスカ、カルセドネ、シトリア、エイヴリルが声を掛けあい、手分けして魔石の粉末を溝に丁寧に流し込んでいた。樽を運んでいるのはシグリッタのインクの獣だ。年少組同士、仲が良くて結構な事である。
シリウス号を召喚する前に、天井や壁に照明を設置したり、厨房、男湯と女湯に分かれた風呂場やトイレ等、設備に必要な魔道具を敷設したりして、拠点としての完成度を上げていく必要があるだろう。
「壁に絵や景色を描いておくとか、薄く幻術を展開しておく、なんていうのも良いのかも知れないな。魔界の景色は馴染みがないから」
「良い案ではないかな。確かに妾達が魔界にいた時には、景色や空の色に不安を訴える者が多かった」
「精神的な安定というのは重要よね。迷宮だってその事を主眼に置いた対策をしているのだし、ヘルヴォルテや迷宮村の存在も支えにもなっていたわ」
俺の言葉にパルテニアラとクラウディアが賛意を示してくれる。
「それじゃあ……何かしら魔力消費量や資材を節約した魔道具用の術式を考えてみるかな」
「魔石の加工についてはお任せ頂ければ幸いです」
オズグリーヴが静かに笑みを浮かべる。
幾つかバリエーションを持たせた方が変化に富んでいて良いだろうか。まあ、先に各種設備を整えてしまう事にしよう。
基本的には閉鎖された地下区画なので、色々と考える必要がある。例えば厨房では火は使わず、高熱を発生させるプレートを設置する事で空気を汚さないといった工夫を考えた準備をしてきているのだ。
水回りも排水をただ厨房の下方に流せばいいかと言えば……長期的視野で考えた場合、地盤に与える影響を無視して良いものではあるまい。
その為汚水も含めて一度使った水は浄化して何かしらの形で再利用、という方式での準備を進めてきている。例えば、外の森に散水してしまうというのもありだろう。
区画は外殻に当たる部分に構造強化等が施されていて、外から水が染み込んでこないようになっているからな。
「厨房はこんな感じでどう?」
「ええと――そうですね。広めですから、何人か厨房に入って、という状況でも使いやすいかなと思います」
グレイスは厨房の中で軽く動き回り、氷室から材料を持って来たり、それを切ったり竈に鍋をかけたりと……一通りの動きを想像してから笑顔を見せた。
こうした拠点造りについては何度もしてきているので、設備造りに関しても割と慣れてはいるが……実際の使用者の意見を聞いてみるのは重要だからな。
そんな調子でみんなの意見を聞きつつ諸々設備を整えたらいよいよシリウス号の召喚だ。一度閉ざしていた魔界の扉を再び開き、魔界側に召喚する事になる。
その際、周辺環境やベヒモスに関してもしっかりと通信機で伝言を残し、ルーンガルド側と情報共有しておこう。
エレナが魔界の扉を開いてくれたのに合わせて、シリウス号を召喚する。
台座にはルーンガルド側で作った物と同様、光のフレームが発生して、どの範囲にシリウス号が出現するのかが明確になっている。
召喚魔法の魔道具に魔力を行き渡らせ、マジックサークルを展開。区画が光に包まれ、浮遊要塞にあるシリウス号が姿を現した。
甲板にアルファもひょっこりと顔を見せて、俺と視線が合うとにやりと笑う。浮遊要塞の改造ティアーズから通信機に連絡。密航者の姿や取り残された荷物はない、との事である。通常の召喚魔法なので誰か乗り込んでいると術式の対象外になって、取り残されてしまうという寸法だ。アルファだけはシリウス号と不可分なので話は別だが。
「よし……。シリウス号の召喚も大丈夫みたいだ。要塞側も問題ないって」
「では……積荷も確認しておかないとな」
「ん。それじゃそっちは手分けしてやっておく」
「行ってくるわね」
アルクスの言葉に、シーラとイルムヒルトがそんな風に言う。にこにこと甲板から手を振るマルレーンと共に目録を手にシリウス号に乗り込んでいった。
そんなわけで……魔道具を敷設したりルーンガルドと魔界に配置した伝言用ハイダーの挙動、門が開いている間の地上との交信を確かめたりして、拠点造りは一段落である。
地下施設の出入り口は自然の空洞に見せかけて造られている戦闘用区画からメダルゴーレムを使って構築する予定だが……まあ、これは拠点造りで消耗した魔力が完全回復してからでいいだろう。
というのも、まだまだ情報収集が足りていないからだ。
ここからは複数体のシーカー達を使って地上の情報を集める。実際に俺達が地上に出るのはその後という事になるが、ベヒモスへの対応もその時までに考えておかねばなるまい。
みんなでシリウス号の艦橋に移動し、一息つきながらシーカーを操作して探索範囲を広げていく。それに応じて地形図模型も拡がりを見せ、拠点付近の様子が段々と詳細になっていった。
「周辺の様子が分かってきましたが……森は鬱蒼としていて区別がつきにくいので、座標がないと現在地が分かりにくいですね」
「目印がないのは……逆にそのままにしておいた方が良いかもね。俺達は魔道具で位置関係を把握できるわけだし」
モニターを見ながら言うアシュレイにそう答えると微笑んで頷く。シーカー達も迷子防止に、対応する水晶板モニターとの座標が分かるようになっているからな。
「例の――喋るキノコの種族というのはどこで暮らしていたのかしら?」
「この位置からでは見えぬぞ。丘陵となっているエルベルーレの廃墟の向こう側へ――しばらく行ったところにある谷合で暮らしていた。未だ同じ場所で生活しているのかは分からぬが……あの者達も無事であると良いな」
ローズマリーの疑問に、パルテニアラがそう答える。丘陵地帯を越えてもっと向こう側か。パルテニアラとしては当時世話になった種族だけに、その後の事は気になるだろうが。
と、そうして茶を飲み、話をしながらシーカー達から送られてくる映像を見ていると、丘陵地帯のベヒモスが動きを見せた。のっそりとした動きで廃墟から身体を起こすと、大きな跳躍を見せて、南側に広がる荒野に向かって空中を駆けて行った。
「狩りに出たのか、それとも丘陵自体が縄張りじゃなかったのか……。少なくとも空は飛べるらしいな」
ベヒモスはその巨体故に目立つから、どのシーカーからでも情報を得られるな。
「どうしたものですかな。シーカーをエルベルーレの廃墟に向かわせるという手もあると思いますが」
ウィンベルグが尋ねてくる。
「もう少し待った方が良いね。自分の存在を誇示していたし、縄張りにしている可能性の方が高い。どのぐらいで戻ってくるかも見ておいた方が良い。それに……コルリスみたいに五感で魔力感知できる能力があると、シーカーの存在に気付いたり追跡したりできる可能性も否定できないからね」
そう言うとコルリスがふんふんと頷く。
「最初にシーカーの存在に気付ければ自分も嗅覚で来た道を追える、かも知れない、らしいわ」
と、コルリスの伝えたい事を翻訳してくれるステファニアである。逆に言うならシーカーの感知や追跡はコルリスでさえも断言できるほどの自信はないという意味で……隠密性は割と高めと言えるのかも知れないが、だからと言って過信するのは良くないだろう。