番外657 新しい隣人を迎えて
フォレスタニアに戻ってきてから一夜も明ける。
少し早く目を覚ましてしまって、まだ時間的な余裕があったので、暫く寝台からは出ずにのんびりとした時間を過ごさせて貰った。
みんなの穏やかな寝顔が隣にあって、規則正しい寝息を立てている。そんなみんなの様子を眺めたり……こういう時間もゆったりとしていて悪くない、と思う。
みんな寝相は割と良い方だと思う。ただやはり普段から一緒なので、距離が近い事に抵抗もなくなるのか、朝の様子も色々というのが実際のところだ。
今日の朝は、マルレーンがローズマリーに抱きついたりクラウディアがアシュレイを腕の中に抱いていたりと……中々に微笑ましい光景が見れたというか。
そんな中でシーラは「大きな……魚が……」と寝言を。やや時間差を置いてイルムヒルトが「美味、しい……?」と少し嬉しそうな声色で寝言を言っていたので、何やら二人揃って楽しそうな夢を見ているように思うが。
シーラは耳と尻尾の動きからすると魚を釣ったり捕まえたりする夢で、イルムヒルトはその寝言に無意識に反応してシーラが魚料理を食べている夢、といったところだろうか。
まあ、日によっては夜着が少しはだけていたり、俺の方が抱き枕状態だったりして刺激が強い朝なんてことや、今日とは逆に俺が寝顔を見られる側だったりという事もある。
というか、今日は今日でグレイスに手を握られ、ステファニアに寄り添われたりしているしな。
あまり無防備なところを見ているのも悪いので再び横になって微睡んだりしていると、誰かが身体を起こすような気配がある。
薄く目蓋を開くとシーラだった。視線が合うとシーラは左右を見回して状況を理解したのか、納得したように頷いてから「ん、おはよう」と挨拶をしてくる。
「おはよう。何だか魚がどうこうとか言ってたような」
「ん。当たりは大物だった。後少しだった」
という事で、どうやら釣りの夢であったらしい。
「ふふ、おはようございます」
「うん、おはよう」
そんなやり取りが聞こえて目を覚ましたのか、くすくすと笑うグレイス。みんなの意識も浮上してきたのか、そうしてみんなで寝台に寝転がったまま朝の挨拶をかわす。
「んー……おはよう、テオドール」
まだ眠いのか、やや気だるげにステファニアに抱き締められて胸のあたりに顔を埋められたりしてしまう。それを見ていたグレイスもくすくすと笑って俺の髪を撫でてきて……そのままみんなと寝台の中で軽くじゃれたりと、気楽で穏やかな時間を過ごさせてもらうのだった。
さてさて。今日からは執務、工房や造船所の仕事に戻る他、隠れ里の面々に関する仕事も増える予定だ。
といっても、スケジュールにも余裕を持たせているから朝はゆっくりできるところがあるのだが。
隠れ里の面々に関して言うなら魔物の襲撃と移動で、肉体的、精神的な疲れもあるだろう。まずはゆっくりと休んで疲れを取ってもらいたいと思う。
そんなわけでゆっくりと起き出し、朝の支度を整えてから朝食をとる。オズグリーヴ達と顔を合わせ、今日の予定を伝えるのもこの時間だ。
「昨日はゆっくり眠れたかな?」
「そうですな。私はゆっくり休ませてもらいましたぞ。子供達は寝具が柔らかかったので遅くまではしゃいでいたと聞いておりますが」
と、穏やかな表情で伝えてくるオズグリーヴと、苦笑しながら頷く隠れ里の面々である。
「それは良かった。昨日の今日で疲れもあると思うから、午前中は少しゆっくりしてもらって、午後に俺達が手隙になったら少し人里での暮らしについて講義をしようと思っている」
内容は魔人化を解除して人里での日常を過ごす上で変わる事や、必要になる物等について。
何か課題を出すというわけではないが、午後まで日常として過ごす中で少し考えを巡らせておいて欲しいと伝えておく。
「なるほど……。身だしなみ関連に始まり、掃除や洗濯なども含まれますな」
「そうだね。まずは使用人の皆の動きを見て、何となく考えてみるなんていう、軽い感じで良いかも知れない。普通に生活していればどっちにしろ分かってくるものではあるから」
「ふむ。疲れを取るというのも念頭に置きつつ、こちらでも気軽な話し合いの時間も作って備えておきますかな」
と、オズグリーヴが言うとレドゲニオス達も頷く。ヴィアムスもそれを見て笑顔になっていた。うん。ヴィアムスもきっちり交渉の様子を見たり、防衛戦にも参加したからな。今回の事が色々とヴィアムスの参考にもなっていてくれたら俺としても嬉しい。隠れ里の面々への講義にしても、日常生活に根差してそこから仕事に話を繋げていくという流れを考えているので、これもヴィアムスにとって参考になる話かも知れないな。
仕事についてはいつも通りだ。フォレスタニアやシルン伯爵領から離れていた分の執務を、みんなと共にこなしていく。今回はそれほど長期間留守にしているわけでは無かったので割とすぐに執務も片付いた。
オーレリア女王、イグナード王、パルテニアラは俺が領地を巡察に行くのと同時に転移港に送っていく。
「ふふ。それでは、また会いに来ますね」
「名残り惜しくはあるが……まあ、あまり長期間国元を空けるわけにも行かぬからな」
「後程、クェンティンらから魔力溜まりの事で連絡があるやも知れぬ」
と、オーレリア女王達が言い、俺達も頷いて応じる。
「これから寒い日も増えてくると思いますので、お体に気をつけて。私は、隠れ里の皆さんと色々話をしてみます。新しい生活での不安というのは多少は分かるつもりでいますから、それを和らげてあげられたら嬉しく思うのです」
一緒に見送りに来たオルディアの言葉に、イグナード王はふっと柔らかく微笑む。
「そうだな。きっと力になれるであろう。応援しておるよ」
「ありがとうございます」
微笑み合うオルディアとイグナード王、それを見て相好を崩すレギーナとイングウェイである。
「やはり地上は楽しいですね」
「ふふ、いつでも歓迎するわ」
オーレリア女王もクラウディアと笑顔で挨拶したり、エレナとパルテニアラ。カルセドネとシトリアもスティーヴン達と言葉を交わしたりと……それぞれ別れを惜しんでいた。
「アステールも都会暮らしが肌に合わなければすぐに伝えるのだぞ?」
アステールはエレナの護衛としてこちらに残る。パルテニアラがそう言うとアステールはこくんと頷いて、雲を発生させると何やら人の手の形――サムズアップを作り出す。大丈夫、ということだろう。
「うむ。それならば良い」
パルテニアラがにやりと笑って頷く。
中々にアステールも芸達者な事だ。コルリスやティールが頷いていたりして、動物組の影響が見られるわけだが……まあ、意志疎通が容易というのは良い事だろう。
そうして、オーレリア女王達は転移港からそれぞれの国に帰っていったのであった。それから少しの間を置いて、オーレリア女王達から無事国元に到着した、と通信機に連絡が入る。
では……俺達も仕事に戻ろう。このまま工房と造船所へ顔を出し、今日の分の仕事をこなす、ということになるだろう。
そうして……いつも通りに工房と造船所で魔道具作りであるとか、造船や魔界探索準備の仕事を終えたら、フォレスタニア城へ。
隠れ里の面々が待っているという事で、工房の面々も挨拶をしたいとの事だ。やや早めに切り上げてフォレスタニア城へ向かう。
城の一角にある広間に椅子や机を持ち込んで、簡易ではあるが講義室代わりに改造。隠れ里の面々も椅子に座って俺達を待っていてくれた。さてさて。講義が隠れ里の面々の参考になれば良いのだが。