番外642 初めて見る世界
隠れ里の魔人達に受け入れて貰えたところで、早速実際に魔人特性の封印状態を体験してもらおう、という事になった。
里の住民は殆どが一般人でありながら戦闘要員だ。魔力溜まりが近い場所なので一時的にとはいえ戦力が減る事になるが……対魔物用の遮断結界は用意があるそうで。
「まあ、それでも……普段の体制通りにとはいかないでしょうし、仮に魔物の襲撃があった場合、契約魔法で封印が解除されるようにしておきつつ、穴埋めも僕達が行います」
「その場合は私も前に出よう」
と、オズグリーヴが提案してくれる。それなら色々安心だろう。
封印術を用いるのに契約魔法を挟んで、という方法は変わらずだ。里の住民一人一人を対象にするので俺とシャルロッテ、それからオルディアで手分けして特性の封印をしていく、ということになった。
オルディアの場合は魔人としての能力によるもので、能力を結晶化して引き出してしまう、というものだ。封印術と方式は違うが、魔人に対して用いた場合、齎される結果は大体封印術と同じと思って良い。
オルディアによれば引き離された能力結晶は元々あった場所――当人のところに戻ろうとする特性があるとの事で、オルディアが制御下に置かなければ勝手に浮遊して当人の所に引き寄せられていく。
オルディアが妨害しなければ、当人の意志のみで引き離された能力を戻す事もできるそうで……。これは結晶を破壊した場合も同様だ。オルディアの制御から外れ、当人の内側に戻ろうと勝手に動く。
だからこういう場合は結構安全というか、信頼性の高い能力だと思う。或いは封印の能力そのものが強制的に不自然な状態を作り出す強力なものだから、オルディアの術そのものに制約や弱点が多い、とも言えるが。
ともあれ契約魔法で効果に時間制限を設けてやれば、仮に紛失しても時間経過でオルディアの統制から外れて結晶の形を失い、勝手に当人に戻る。これも魔人の隠れ里を訪問するにあたり、事前に実験済みである。
契約魔法に関しては――やはり対象人数が多いので、魔法陣を描いてクラウディアの性質を与えた魔石を用いていけば負担も少なくできる。
この場合はみんなが持ち回りで魔石に魔力補給すればいいからだ。マジックポーションも持ってきているし準備は万全である。
というわけで、隠れ里の魔人達に実際に術式を施していく、という事になった。里の戦力保持の関係上、まずは小さな子供達からだ。
子供、と言っても魔人達は長命な上、出生率も低いそうである。里の規模と比較しても割と子供の数は少なめだ。
「まあ、里の者達は魔人としての力も弱い分、性質も弱い方だ。これでも魔人の集団の中では子供が多いと言えるのかも知れないな」
というのがオズグリーヴの所感である。
「よ、よろしくお願いします」
緊張した面持ちでやってくる魔人の子供達である。頷いて契約魔法の内容を口にしていく。
「封印術が力を失う条件は三つ。俺達が里の人達に危害を加えようとした時。魔物が里に攻めてきた時。それから日付が変わった時。この契約魔法の条件に賛同してもらえるなら、封印術を使うよ」
「だ、大丈夫、です。賛同します」
相手の賛同と共に、足元の魔法陣がぼんやりと光る。その状態で封印術を施していく。シャルロッテとオルディアも同様だ。契約魔法の内容を正確に伝え、同意を得られたら術を使う。
光の鎖が巻き付いて、それが消える。或いはオルディアの瘴気に包まれて能力結晶が形作られる。
「わあ……」
「すごい……」
と、目を大きく見開いて、感動の声を漏らす子供達である。
「ん。こっちに並んで」
「この首飾りを付けておけば、契約魔法の条件を満たさない限り、封印術や結晶化の効力も持続するわ」
と、シーラやイルムヒルトが子供達に首飾りを渡していく。能力結晶も紐で軽く縛って首にかけておけばより安心である。
「あ、ありがとう」
「うむ」
と、大きな手で器用に紐を操り、丁寧に能力結晶を縛って子供の首にかけるイグナード王である。礼を言われると笑顔になって子供の頭を撫でたりしていた。
グレイス達やオーレリア女王、フォルセトといった面々も子供達に首飾りを配ったり、能力結晶を紐で結わえて首にかけてやったりして、笑顔になっていた。
まだ物心ついていないような小さな子供も何人かいるのではと想定していたが、契約魔法に受け答えができないほどの幼児は、丁度隠れ里にいないようで。
因みにその場合は、何度も主観に変化が生じる事で精神的に動揺させてしまうだろうからと、解呪術式を用いるまで保留、という方向で考えていたが、それも杞憂であったようだ。
そうして子供達に続いてその母親達。彼女達の反応としては――やはり周囲を見回して驚いた後で、自身の子を抱きしめたりしていた。子供達も母親に縋りついたりしてお互いの名前を呼び合う。
魔人の特性が抑制されれば親子の間の愛情にも影響がある、か。ああした光景を目にすると……俺も色々と思考を巡らせてしまうところがあるけれど。
グレイス達と視線が合うと、微笑みを向けられ、頷かれてしまった。うん……。そうだな。きっと、悪い事ではない。このまま迷わずに進めていけばいい。
「二人は大丈夫?」
と、シャルロッテとオルディアに尋ねる。
「まだ大丈夫ですが……。そうですね。早めにマジックポーションを使わせてもらいます」
「私もまだまだ大丈夫ですよ。ですが、無理はしないようにします」
シャルロッテとオルディアが微笑む。そんなわけでマジックポーションを飲んだりしつつ、隠れ里の者達に術式を施していく。
家族や恋人同士で抱き合ったりと……やはり生まれて初めて魔人の特性から解放されるというのは、色々と衝撃的な体験のようだ。
「この前の深みの魚人族や、迷宮村の住民達の事を思い出すわ」
クラウディアが隠れ里の住民達を見て穏やかに笑う。そうだな。それぞれ抱えている事情は違うが……問題から解放されるという点では同じか。
「迷宮村の住民達は――隠れ里の魔人達に共感するところが多いかも知れないわ」
「フォレスタニアに迎えた時に、話題も合って仲良くなれるかもね」
ローズマリーがそう言うと、ステファニアも笑顔を浮かべた。感情抑制からの解放と、魔人としての感性からの解放か。確かに……それはあるかも知れない。
コルリスやティールも首飾りを配るのを手伝ったりしているが、そんな動物組を撫でたり、握手して笑顔になっていたりする面々もいて……。シャルロッテも封印術を施しながらそんな光景にうんうんと笑顔で頷いていたりする。
やがて――里の住民の最後の一人に至るまで、きっちりと封印術を施す。封印術を受けた面々は周囲を見回し、感動したような、周囲の反応に納得したような。そんな反応を見せていた。
「……こうした光景を見ていると、やはり決断して正解だったな」
と、オズグリーヴが目を閉じて笑みを浮かべる。
「里の皆さんが望むのであれば、僕もしっかりと約束を履行します」
解呪術式の儀式と、フォレスタニアへの移送ということになるか。人員は転移魔法で良いとして、必要な家財道具も船に積んで持ち帰る必要があるかな。
「それは私もだな。道を違えない限り、協力は惜しまないと改めて宣言しよう」
お互いにそう言って……オズグリーヴと改めて握手を交わす。
この後は――そうだな。レドゲニオス達に体験してもらったように、食事会をしたり、演奏を聞いてもらったりして……それで隠れ里の住民達が望むのならば、解呪の儀式を行っていく、という事になるだろうか。住民達の反応は良いものだが、場所が場所なので最後まで気を抜かずにしっかりと進めていきたいものだ。