番外641 魔人達の集会
隠れ里の住民が集まってくる。これから集会を行うという事らしい。オズグリーヴ自身も一旦封印術を解除しておく。
『集会をするというのであれば、周辺の魔物の警戒はこちらで引き受けましょうか?』
『その場合は停泊させている場所を、もう少し里の中心部に移動させる必要があるかも知れないが』
と、シリウス号に乗っているアルクスとヴィアムスが水晶板モニター越しにそう言って、シオン達やカルセドネ達、アピラシアも揃ってこくこくと頷く。そうだな。集会を行っても場所が魔力溜まりの近くでは魔物に対する警戒を怠るわけにはいかないからな。
「それじゃあ、少し聞いてみる。許可が出たら警戒を引き受けよう」
アルクス達にそう答えて、オズグリーヴに打診してみる。
「それは助かる。では少しの間手伝ってもらっても良いだろうか」
オズグリーヴはそう言って同意してから、その事を里の住民に伝えてくれる。
では……シリウス号はもう少し里の中心部に動いてもらおう。バロールに操船席に行ってもらい、水晶球からの魔法操作を行って水晶板モニターの生命反応感知を行えるようにしておく。それを船に残った面々が監視、という具合だ。
アピラシアも、いつでも蜂達で防御できるようにと、気合を入れている様子だった。
そうして里の者達が残らず集まったところで、オズグリーヴは飛行術で少し高い位置に移動し、居並ぶ面々に声をかける。
「皆、仕事の手を止めさせて済まないな。この通り、フォレスタニア境界公との交渉より我らは一人として欠ける事なく、無事に戻ってきた。既に事情を伝えてある者もいるが――魔人化の解除については本当だった、と私から伝えておこう」
オズグリーヴの言葉に、彼らは真剣な面持ちで耳を傾けているという様子だ。これからの自分の身体や生活に関わる事だけに、しっかりと話を聞かなければ、という事だろう。
オズグリーヴはそのまま、今日俺達と会って話した内容について、順を追ってみんなに聞かせていく。
「先だって魔人達を率いて戦ったヴァルロス。そしてかつて我らを率いたベリスティオ殿と、境界公は魔人との共存の道を探すと約束をしたとの事だ。それ故にその為の方法を探し、そして作り上げてきたのだろう。境界公の言葉に嘘偽りがない事は、尊き姫君の契約魔法が示してくれた。その上で――私は皆と共に新しい生き方を模索したいと思っている」
「尊き姫君が……」
「盟主殿……」
と、オズグリーヴの言葉に少しどよめきが漏れる。それが落ち着くのを待ってから、オズグリーヴは言葉を続けた。
「馴染んだ暮らしを変える事に、不安を感じる者もいよう。生まれ育ったこの里を、大切に思う者もいよう。その気持ちは分かる。だが……この里も永遠ではない。他の古き魔人達がそうであるように、私とて永劫の時を前にしてはいずれ摩耗し、崩れ落ちる時が来よう。そうなれば、この里とて否応なく変わらねばならぬ時が来る。或いはそれよりも前に、この里が敵意ある者に見つけられて、積み重ねてきた魔人達の因果故に、そのツケを払わされる事も考えられる」
里の暮らしは永劫に続くものではない、とオズグリーヴは説く。魔力溜まりの近くに身を置いての戦いの日々というのは、合理的ではあるかも知れないが魔人達の集団とて楽なものではあるまい。神妙な表情で頷く者、じっとオズグリーヴの言葉に耳を傾ける者。反応はそれぞれだが、実感の篭った反応といった印象だ。
そしてその口振りからすると……隠れ里自体オズグリーヴがいなくては成り立たない部分があるのだろう。一般的な魔人は力が全てといった考え方だったり、余裕のある者も力を持て余しているからこそ気紛れであったり利害が一致しなければ動かなかったりと……隠れ里の魔人達の味方というわけではない。
「我らは隠れ里の理念、理想を引き継ぐに足る考えと力を持つ後継者を長年待ったが……それもこれまで現れずにいた。しかし今……月に連なる王達が我らとの和解と共存を望み、同じく月の系譜に連なる境界公がその為に動いている。であれば今この時こそが我々が長年待ち望んだ、またとない好機なのではないかと、私は思うのだ。私にとって何時しかこの里で生きる者達を見守る事が生きる意味となった。だからこそ、皆で揃って新しい暮らしを――平穏や安寧というものがある事を知ってもらいたいと、私は望んでいる」
オズグリーヴはそこまで言うと、レドゲニオス達に視線を向けた。彼らは静かに頷くと、空飛ぶ絨毯に乗って、オズグリーヴと同じ高さまで浮かび上がり、そうして揃って一礼する。
レドゲニオスは目を閉じて大きく息を吸い込むと、意を決したように目を見開き、そして言葉を紡ぐ。
「オズグリーヴ様と共に、面会の場に同席させていただきました。境界公は封印術を使えば一時的に魔人の特性を抑える事ができると仰り、私達もそれを試させてもらいました。その時に感じた物や思った事を、言葉で説明するのは難しい、ように思います。ただ……魔人であるというのは、思った以上に大きな歪みであったのだな、と。生まれついてそうであったが故に、それを知らずに生きてきたのだと……そう感じています」
レドゲニオスの言葉に、今も封印術を受けている他の魔人達も目を閉じて頷く。そうしてイグレットがレドゲニオスの言葉を継ぐように口を開いた。
「境界公は……それでも生き方を強制することはしたくないと。私達の一人一人の判断と選択に委ねると、そう言って下さいました。皆、不安があるとは思います。私も……そうでした。ですが、どうか判断は魔人の特性を抑えた状態を知ってからにして貰えたらと、そう思うのです」
イグレットが言い終わると、テスディロスも前に出る。
「俺は――ヴァルロス殿の理想に共感し、テオドール公と敵対した身の上だ。しかし、テオドール公はヴァルロス殿との約束を守り、俺やウィンベルグを受け入れ、その約束を守る為に今もこうして動いている。互いに誠実であれば口にした約束を守る人物という事は、近くで見てきた身としてははっきり伝えておきたい。この里の皆との約束ならば……尚更だろう」
そんな、テスディロスの言葉。俺に視線が集まったので、前に出て口を開く。
「選択をするならば情報を知る事は重要でしょう。大きな変化に不安を感じる気持ちも分かるつもりです。ですからイグレットさんの言った通り強制するつもりはありません。皆さんが既にお話しした事について、僕から更に言葉を重ねる事はしません」
一旦言葉を切り、魔人の特性を抑えたり魔人化を解除する方法についての話、俺にとってヴァルロスやベリスティオとの約束がどういうものなのか、という事について話をする。
「封印術は僕の母から受け継いだものであり、解呪の術式も様々な人達との協力によって作られたものです。共存の道を模索する事も、世界を守る為に力を貸してくれたヴァルロスやベリスティオとの……僕にとっても大切な約束です。それらの事は伝えておきたいと思います」
そう言って一礼すると、広場に集まった魔人達の誰かから拍手が起こった。それが――段々と全体に広がっていき、大きな拍手の音が広場を満たす。
事前にオズグリーヴは彼らに話を通していたが……これである程度は受け入れて貰える信用や下地を作れただろうか?
後は封印術を使って、魔人特性を抑えた状態を体験してもらう必要がある。封印術や魔人化の解除が……彼らにとって良いものとなることを願うばかりだ。