番外640 森の奥の隠れ里
そうして、シリウス号で向かった先は東だった。デボニス大公領とベシュメルクの間に跨る山脈の魔力溜まり……。そこに魔人達の隠れ里があるらしい。
「元々ベシュメルクが他国に対して没交渉という立場だったから都合が良かったのだな」
「やはり、布告からの反応が早かったのはその辺りの事情が変わったからでしょうか?」
「昨今の動きが気になって外部の情報収集に力を入れていたのは事実だな」
俺の確認にオズグリーヴが答える。なるほどな。対ザナエルクでは色々と国境付近も騒がしかったし、事件後にベシュメルクも国外に門戸を開くようになったから……隠れ里の面々としては気になるだろう。
布告は同盟を通してのものであったが……反応速度から言って、ヴェルドガル国内か、国境付近に拠点があるか人員を派遣している、というのは何となく予想がついていた事だ。
魔人は結構な速度で飛べるし特殊能力を持つ者もいるので、その辺りを活用しているとも考えられたが……いずれにしても隠れ里の場所や手紙を送ってくる方法については事前に調査しないと決めていた事ではある。
デボニス大公領の西側を指定してきたのは、やはりオズグリーヴに何かしらの土地勘があったからだろうと思われるが。
「それにしても……凄い速度ですね、この船は」
レドゲニオスが外部モニターで流れていく景色を見ながら言う。今は西から東へと、デボニス大公領を横切るように飛行中、という状態だ。速度については比較的飛ばしている方ではあるかな。魔力光推進までは使ってはいないけれど。
「浮遊炉と共に、いくつか推進機構を持っていますからね。効率よく速度を出す事ができます」
「実際に月まで行けるのだから、月の船と同等の性能はある、と見るべきか」
「用途が違いますから性能の比較は難しいところですね。元々の技術も同じではありますし」
迷宮核にアクセスできるので月の船のスペックについては多少の知識もあるが……まあ、月の船は最初から地上と月の間での航行を目的としているので、それに特化した術式を組んでいたりするしな。
そんな話をしながら進んで行けば……やがて山脈とその裾野に広がる深い森が見えてくる。
「あの森だな。空から少し見た程度では分からないようになっているが……里のある場所はもう少し北寄りになる。この突き出している稜線を目印に進んで貰えば良い」
オズグリーヴが水晶板モニターを示しながら言う。なるほど。では、角度を少し修正しつつ、進んで行けば良いだろう。オズグリーヴの言うとおり、上から見た感じでは里の場所も分からない。魔人達は空を飛べるから、上空からの視点というのを意識しているのかも知れないな。ハルバロニスのように隠蔽術を使っている可能性もあるし、やはりハルバロニス同様、地下で暮らしているという可能性だってある。
「では――里の人達を驚かせないように、速度と高度を落としていきましょうか」
「承知した。ある程度の距離になったら、まずは我らだけで里へ向かうとしよう」
「その方がお互い安心かも知れませんね」
暴発的な事態を避ける為には色々気を遣った方が良いからな。
「私達も皆に今日感じた事の説明をしてきます」
「本当に驚かされた。その事は皆にしかと伝えるつもりだ」
イグレットが真剣な表情で言うと、他の魔人達も頷いていた。
特に問題は起こらないと思うが、とオズグリーヴは前置きをした上で言葉を続ける。
「里の状況はそちらに合図を送る事で知らせよう。我らの説明に好意的で、里に来て貰っても問題がないなら……そうだな。青い光の玉を打ち上げる」
「なるほど。合図の仕方でこちらも対応を変えればいい、と」
この色なら説明への反応が不調だとか、衝突を避ける為に行動して欲しいとか、待っても何も反応が無い場合は、だとか……諸々状況を想定して打ち合わせをしておく。
やがて程良い頃合いでシリウス号も停止し、オズグリーヴ達は甲板から空飛ぶ絨毯に乗って、隠れ里のある方向へ向かって飛んでいき……木々に紛れて見えなくなった。いや……その辺りの魔力反応がやや揺らいでいる、か? やはり何らかの形で隠蔽しているように見えるが……。
「里の方々にも受け入れてもらえると良いですね」
と、アシュレイがその背を見送って言う。
「そうだね。魔人の特性を封印した状態を体験してもらえば、話も前に進みやすくなる、と思う」
説得と親善も兼ねて、食事や余興といった準備もしてきたからな。レドゲニオス達の反応を見る限りでは、それも結構有効なのでは、という印象だ。
そうして暫くみんなで見守るように待っていると、森の一角から青い光の玉が二発打ち上げられた。シリウス号ごと横付けして構わない、という意味だ。
同時に、光の玉が打ち上げられたあたりの風景が薄れて……何やらその向こうから集落らしきものが見えてくる。……やはり、普段は何かしらの方法で偽装なり隠蔽なりをしているようだな。
木の柵で囲われ、物見櫓や井戸らしきものもある。見た目は割と普通の開拓村といった印象だが。ふむ。
「それじゃあ、行こうか」
視線を向けるとアルファが頷き、ゆっくりとシリウス号が高度を下げていく。隠れ里に横付けするように停泊させる。タラップを降りると、オズグリーヴとその同行者達に加え、隠れ里で留守を預かっていたと思われる面々も一緒に俺達を出迎えてくれた。
「ようこそ。里の者達を代表して歓迎の意を示そう」
と、オズグリーヴは穏やかな笑みを見せる。全員魔人達、という事でこちらも些か緊張があるものの……いや、それは向こうも同じか。こちらに害意がないというのは、重ねて示しておくべきだ。
「ありがとうございます、オズグリーヴさん。今日のこの訪問が、人と魔人……そしてその他の様々な種族にとって、共存の為の新しい門出になる事を願っています」
「そうだな。私も、里に住む者達がこの先も平穏に暮らせる事を望んでいる。共存の道があるというのであれば、共にその道を模索する事を望む」
そう言って、改めてオズグリーヴと握手を交わす。そうした言葉と光景に、初顔合わせになる面々も、少し安堵した様子であった。
「どうぞこちらへ。集会所に案内致します」
と、里の魔人が奥へと案内してくれるようだ。オズグリーヴ達と共にそれについて行く。
「意外と見た目は普通ね。よく見れば衣服が残らず魔物の加工品のようだけれど」
と、ローズマリーが言う。
そうだな。隠れ里の第一印象は――まあ、空から見た時と同じだ。家もそこで暮らす住民も、一見すると普通の開拓村とそこに住まう者達という印象であるが、衣服等の面からよく観察すると違う事が分かる。
魔人の里だからという前提があると――例えば昼下がりという今の時間帯にも関わらず炊事の気配を感じないだとか、色々違和感に気付ける部分もあるな。一応、外部の人間に見つかってもすぐにはバレない程度には普通、という印象だ。
まあ、そもそも……魔力溜まりが近いという事もあって外部の人間は滅多な事ではやってこない、という想定をしているのだろうけれど。
住民に関しては母子連れの姿もちらほらとあり、視線が合うとお辞儀をしてきたりと、俺達の訪問を知り、ある程度歓迎してくれているのが窺える。まだ若干戸惑っている部分もあるようだけれど、まあ、そこは仕方があるまい。
こちらも軽く会釈したりしつつ、隠れ里を進んで行き、やがて広場とそこにある少し大きな建物に到着した。後は隠れ里の住民達にも封印術や解呪の儀式やら、色々と説明をして納得や同意をしてもらえたらな、というところだが。さて。




