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番外638 隠者達との昼食会

「魔人化が解除されると、そんなにも違うものなのですか?」

「風景にしても何にしてもそうだが……こと食事に関しては更に違って来るかも知れんな」


 後詰めの魔人達が質問すると、オズグリーヴからはそんな回答があった。顔を見合わせる魔人達を見て、オズグリーヴも少し笑ってから言葉を続ける。


「ああして契約魔法による条件付けができるのならば、私も一時的に封印術を受けてみるというのは良いかも知れんな」

「それは――」


 何か言おうとする魔人達をオズグリーヴは手で制して笑う。


「親善目的の昼食会であるし……自分で体験してもいない事を里の者達に試させるというのも考え物だろう? 尊き姫君の契約魔法は確かなものであったし、お前達も遠慮する必要はないぞ」


 オズグリーヴの言葉に、彼らは顔を見合わせておずおずと頷いた。

 もしかすると、彼らに遠慮をさせない為に敢えて封印術を受けてみる、と言ったのかも知れない。後詰めの自分達がいざという時に動けなくては、という思いが彼らにはあるだろうし。


 そんなわけでオズグリーヴから始まり、魔人達に一人一人契約魔法を交えた封印術を施していく。後詰めの魔人達は甲板から景色を見て驚きの声を上げたりしていた。オズグリーヴはと言えば――。


「ああ……。人であった頃というのは……確かに、こういうものであったな……」


 そう言って、天を仰いで目を閉じるオズグリーヴである。どんな想いがその胸に去来しているのか。オズグリーヴは少しの間そうしていたが、こちらを向き直った時にはもう、穏やかな笑みだけがあった。


「なるほど。封印術というのは大した術のようだ」

「それは――ありがとうございます」


 オズグリーヴの言葉に頷く。

 そうしてシリウス号の甲板にて、オズグリーヴ達との昼食会となった。


「一応、この昼食会は面会をすると決まった時から想定していたものではあるわね」

「口に合うと良いのだけれど」

「ほう。それは楽しみだな」


 ローズマリーとステファニアの言葉に、オズグリーヴは興味深そうに言う。


 ハルバロニスでは稲作をしていたので……ここで出す料理も米を使った物が良いだとか、更に今後はタームウィルズやフォレスタニアでの交流も増える事を考えると、迷宮産の食材を使った方が良いだろう等と、色々予想を立てて最適な献立を模索したのだ。


 しかし、隠れ里の魔人達の普段の食糧事情が分からない。

 徹底的に目立つ事を避けるなら……例えば魔力溜まりの近くに陣取る事で、魔物を相手に負の感情を確保している可能性がある、というような予想を立てたりもしたが。


 テスディロス達の話によれば魔物の負の感情というのは人間やエルフ、ドワーフ、獣人といった面々の負の感情に比べるとまるで味気ないもの、だそうな。

 理性なり知性なりがあった方がそうした負の感情も、魔人にとっての質が良くなる、という事だろうか。加えて二つ名が付けば恐怖と共に語り継がれて負の感情を確保して回るような必要もなくなるだろうしな。

 だとしても、封印状態や解呪された後のまともな食事に比べれば、魔人の食生活に戻りたいとは思えない、というのがテスディロス、ウィンベルグ、オルディアの共通した見解であったりする。


 まあ……いずれにしても隠れ里の魔人達は、普通の料理を食べ慣れていないような気がする。見た目としても料理としても洗練されている物の方が食べやすいだろう等々と……色々考えた結果として昼食のメニューはシチューハンバーグ定食的なものに決定しているのであった。


 白米、オニオンスープ、コールスローのサラダ。それにメインとなるシチューハンバーグというメニューになるわけだが……。これは迷宮核で再現したデミグラスソースをベースにしたシチューとなっている。濃い褐色のシチューに、人参、玉葱、じゃがいも、マッシュルームにブロッコリー、ハンバーグが入って、見た目的にも彩鮮やかだ。その上にホワイトソースを軽く往復させるようにかけて、白い線を引かれている。


 そうした料理がトレイに乗せられて、次々甲板に用意されたテーブルの上に運ばれてくる。おお……、というどよめきが魔人達の間からは漏れていた。


「これはまた……随分と手の込んだ料理に見えるな」


 と、運ばれてきた料理を見て、オズグリーヴが言う。


「そうですね。食事に関してはある程度凝ったものを食べてもらった方が、魔人化を解除する事の意味を考える契機になるかな、と思いましたので」

「確かに、な。特に我らは食事の質に頓着しない生活をしている。ウィンベルグを見れば魔人化を解除しても培ってきたものが失われるわけではないようだし、生き方を選ぶ際の参考にはなる、か」

「まあ……選択とは言っていますが、本音を言うならできるだけ共存の道を選んで欲しい、とも思っていますからね」

「くっく……」


 そう答えるとオズグリーヴはどこか楽しそうに肩を震わせた。

 そんなわけでみんな並んで食事である。魔人達は一応、人間風に食事をする訓練というのもしているそうで、食器の使い方は問題ないそうだ。


「やっぱり……外で怪しまれないように、という事かしら。私もラミアであることを隠していたから経験があるわ」


 イルムヒルトがそう言うと、オズグリーヴは首肯する。


「そういう事だな。里の外で情報収集をする必要もあるし、何らかの事情で里から離れた場合に、怪しまれないように動く必要もある。人間達の食事は魔人である我らには意味のないものであったが……だからこそ今回の食事との違いも、よりよく分かるのではないかな」


 それは確かに、な。イルムヒルトと、彼女を守ろうとしていたシーラとしては色々心当たりがあるのか、しみじみとオズグリーヴの言葉に頷いていた。

 そんなわけで、全員に配膳が済んだところで昼食会である。

 自家製ベーコンの入ったオニオンスープ、さっぱりとした味わいのコールスローも良い仕上がりだが……メインのシチューハンバーグがまた良い塩梅だ。


 デミグラスソースの深みのある香りと味わいに、柔らかなハンバーグの味や野菜の甘みが良く合っていて、それがまた白米とも良く合う。口の中で米とシチューやハンバーグの味が広がってより食欲を増進させるというか。ああ……。これは中々、出色の出来だな。


「これは……!」

「おお……!?」


 と、料理を口に運んだ瞬間、声を上げて固まる魔人達。そこからはノンストップという印象だった。オズグリーヴも料理を口に運んだ時に驚いた表情をしており、食も進んでいるようだから、かなり好評だと考えて良さそうだな。

 ある程度余裕を持っていた方が良いという事で、食事については多めに用意してある。


「お代わりもできますよ」


 そうアシュレイが言うと、魔人達が表情を明るくして顔を上げる。そうして米、スープ、シチューをそれぞれお代わりする魔人達である。そんな様子にマルレーンもにこにことしていたし、同行している各国の面々やテスディロス達も嬉しそうだ。


 まあ、実はこの後にデザートも用意してあるのだが。運ばれてきたバニラアイスクリームを口にした魔人達は口元を押さえて顔を見合わせたりと、かなり驚いている様子であった。

 そうして昼食も一段落すると、レドゲニオスとイグレットも人心地ついたというように、大きく息をついたり、胸の辺りに手をやったりしていた。


「……いや、感動しました」

「料理も勿論ですが……このお茶も、香りが良くて素晴らしいですね」


 と、料理とデザート、食後のお茶に感想を述べてくれるレドゲニオスとイグレットである。他の魔人達もこくこくと頷いていて……初めての料理というのがかなり衝撃的であった事が窺える。

 まあ、この後の事は色々と話し合わなければならないだろうが、一先ずは食後のお茶でのんびりしつつ音楽を楽しんだりして、もう少し交流と親善の時間を取るとしよう。

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