番外637 世界の見え方
協力する意向が纏まったところで、一先ず場所を魔力溜まりから街道側へと移す。
通行の邪魔にならないよう川縁の土手に移動してから、お互い許可を取って同行者を呼ぶ事となった。
こちらはシリウス号と街に待機している面々を。オズグリーヴ達は離れたところにいる仲間達を呼び、合流するという形だ。
「他の方々と合流した後で封印術を使うところを見てもらうのが、信用してもらうのにも良いかも知れませんね」
「ふむ。では、二人とも。術を使うのは合流してからという事で構わぬかな?」
「勿論です」
「異存ありません」
と、オズグリーヴの言葉にレドゲニオスとイグレットも頷く。
医療関係で言うところのインフォームドコンセントではないが、しっかり説明と納得をした上で術式を受け入れてもらう方がいいからな。
「リサ様から受け継いだ術が……こうして架け橋になるというのは嬉しいですね」
「ああ……それは、確かにね」
グレイスの言葉を首肯する。そんなやり取りにアシュレイやマルレーンも穏やかな笑顔で頷いていた。
封印術は……母さんから受け継いだ術だ。互いの意向を確認できて危険性も少なくなったし、後でシャルロッテとも転移魔法での合流を考えるか。封印術にしても解呪術式にしても、俺の代以後は封印の巫女の仕事になるという公算が高いのだし。
「境界公の母君が遺した術、か。シルヴァトリア王国……かつての我らの宿敵が今になって架け橋になるとは、何とも奇妙な因果だな」
俺に関係する情報は色々と集めているらしいな。かつての宿敵とは言いつつ、オズグリーヴからは遺恨めいたものを感じないというか、単純にそうした関係の変化を興味深く思っているという印象だが。
「元を辿れば……根は同じですからね」
「そうであったな」
オズグリーヴは俺の言葉に目を閉じる。やがて、シリウス号も拠点からゆっくりとした速度で飛んできた。街道沿いに停泊させて、甲板に移動してまだ紹介していない面々を紹介しながらオズグリーヴの同行者達を待つ。
「話が無事に纏まったようで良かった」
「船を預かっていた我らとしても、安心した」
「ああ。これからやらなければならない事もあるけど……一先ずは落ち着いたかな」
笑顔を浮かべているアルクスやヴィアムスの言葉に頷いて答える。
アルクスやヴィアムスも門や瞳を守る仕事だけでなく、異種族との友好や戦いを回避するための交渉といった場に立ち会う事があるかも知れない。
ある程度話が纏まった今だから言える事ではあるのだが、ティアーズの中継越しに見守っていた二人にとって、今回の出来事が何かしらの参考になってくれたら俺としても嬉しいのだが。
まあ……これで話が全て解決したというわけではないので、引き続き気を抜かずに行くとしよう。
そうして通信機でフォレスタニアに連絡を入れ、シャルロッテと話をして転移魔法でこちらに来てもらい、昼食の準備をしながら待っていると……街道の向こうから四人の男達がやってくる。
「我らの同行者だな」
オズグリーヴが教えてくれる。やや緊張の色があるものの、オズグリーヴと共に甲板から降りて俺から挨拶をすると、ややほっとしたような面持ちになっていた。というわけでお互いの面々を紹介し、甲板に呼ぶ。
「は、初めまして」
「よろしくお願いします」
と、挨拶を交わす。
「あまり腕は立たないと仰っていましたが、皆さんある程度体術の心得があるように見えますね」
「まあ……魔人としての能力は低いがな。それでも里は我らの手で維持していかなければならない。補えるものがあるのなら、それを活用する、というだけの話だな」
自己紹介が終わったところで隠れ里の面々に関して俺の感想を述べると、オズグリーヴがそんな風に答えた。
そのあたり、今まで出会った他の魔人達とはかなり考え方が違うな。オズグリーヴ自身が元々は魔人では無かったというのに加え、魔人になってからも中々覚醒には至らなかったからだろうか。
いずれにしても隠れ里の者達は保有する瘴気こそあまり多くはないように見えるが、自治独立を保つ為にしっかりと訓練は積んでいるようで、その辺はレドゲニオスとイグレットも同じ印象だ。
苦楽を共にして隠れ里を維持している者達……。場合によっては隠れ里の面々の方が普通の魔人より手強い、という事も有り得るだろうな。まあ……流石に覚醒魔人を相手にした場合は荷が勝ちすぎるだろうし、かといってヴァルロスの率いている魔人達とも水が合わなかっただろうから、関わらずに距離を置くというオズグリーヴの判断は正しかったと思うが。
そんなわけで、全員集まったところで契約魔法を交えた封印術をレドゲニオスとイグレットに施していく。
「今回封印術を用いるにあたり……私達が協力していくという約束を違えた場合。或いは術を受けた者が約束を違えたと思った時、封印術は即座に機能を停止する事とする。この契約に同意するのであればマジックサークルの中に立ち、その旨を宣言する事」
クラウディアがマジックサークルを展開し、契約魔法の内容を告げる。
「契約内容に同意する」
「同意します」
「同じく……同意します」
俺とレドゲニオス、イグレットもクラウディアの展開したマジックサークルの中に入って、各々同意を宣言する。
契約魔法が結ばれ、俺達の身体を淡い燐光が覆ったところで、レドゲニオスとイグレットに封印術を用いるためにマジックサークルを展開する。
「では、始めましょうか。術式に痛みや害はないので、そのまま受け入れてもらうだけで良いでしょう」
「よろしくお願いします」
一歩前に出たレドゲニオスから種族特性封印の術式を施していく。光の鎖が絡みつくようにして、レドゲニオスの身体に巻きつき、その身体に染み込むように消える。
「確かに……痛み等は、ないようですね」
と、自分の掌を見てレドゲニオスが頷く。続いてイグレットだ。同様にみんなの見守る中で封印術を施す。
これで二人とも封印術がかかったわけだが。
「どうでしょうか?」
レドゲニオスとイグレットは周囲を見渡し……遠くの景色を見やると、声を上げた。
「ああ――これは……」
「何て……美しい」
そんな反応に、テスディロスとウィンベルグがわかる、というように頷いて、オルディアやシャルロッテも微笑んでいた。オズグリーヴも……その光景に、思うところがあるのか、静かに目を閉じる。
見る物全てが色付いたようで初めて魔人の特性から解放された時は感動するもの、らしいが。オズグリーヴにとってはやや複雑な心境かも知れない。
レドゲニオスとイグレットは恋人なので……お互いの顔を見つめて顔を赤くしたりと、テスディロス達の時とはまた違う反応を見せたりしていたが、ふと我に返ると俺達に頭を下げてきた。
「どうでしょうか?」
「そ、そうですね。本当に……色々と物の見え方、感じ方が違うと言いますか」
「ええと、その……世界に色と香りが付いた、という印象ですね。見えている物が変わったわけではないのに、不思議なものです」
「そんなにも違うものなのか」
レドゲニオスとイグレットの言葉に他の魔人達も興味が尽きないという様子だ。レドゲニオスは魔人達の言葉に力強く頷く。
「ああ。全然違うな。何というか……これらの物に目を向けていなかったと言うか。伝えにくいな……」
そんなレドゲニオスの返答に、魔人達も興味深そうに頷いていた。彼らが望むのなら、この場で他の面々にも封印術を使っていっても良いな。
そこに昼食の準備も進んだのか、炊事の匂いも漂ってきて、レドゲニオスとイグレットは驚いたような表情を浮かべる。
食事にしてもまた魔人とそうでない時とでは大分変わるだろう。楽しんで貰えれば俺としても嬉しいのだが。