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132 人と迷宮の距離は

「おはようございます、テオ」

「おはよう、テオドール君」

「おはよう」


 朝起きて下に降りると、クラウディアがやってきていた。当然のように朝食の配膳の準備を手伝っていたりする。


「ああ、おはよう」

「お邪魔しているわ。今日は大腐廃湖の攻略に移るかもと聞いたから」


 ああ。前に侯爵家の宴席の日が過ぎたら攻略に移行するとは伝えてあったが……。


「大腐廃湖に慣れておいた方がいいという事よね? それなら下水道の攻略から進める必要はないのだし腐廃湖の入口まで連れていくわ」

「それは有り難いけど。そうなると迷宮入口の石碑から向かうっていう事になるのかな?」

「そうね」


 クラウディアは目を閉じて答える。確か……人目に付きたくないと言っていたな。フード付きのコートがあったから、迷宮に入るまではそれを使ってもらうのが良さそうだ。

 そう考えてみると、クラウディアとしてはここで打ち合わせをしていくのが一番目立たないという事になるだろうか。


「打ち合わせは朝食後かな……」

「場所が場所よね。それが良いと思うわ」


 俺が呟くと、実情を知るクラウディアは頷くのであった。




 一通り打ち合わせを終えて、みんなで迷宮入口へと向かう。神殿から入口の石碑に向かって螺旋状の通路を降りていくと、入り口前の広場に人が集まっていた。


「……血の臭いがします。怪我人かと」

「お手伝いできるかも知れません。少し見てきます」

「分かった。迷宮に入るまでの間、グレイスは一旦封印状態にしておこう」


 アシュレイが怪我人のもとへ向かう。グレイスの呪具を発動させ、すぐにアシュレイの後に続く。


「トリシャ! しっかりしろ!」


 そこには大怪我をした女冒険者の姿があった。相当な深手のようで、腹に大きな裂傷を負って苦悶の声を上げていた。出血も酷い。治癒魔法を使えるらしい神殿の巫女が懸命に魔法による治療を続けているが、回復が間に合っていないように見えた。


「お手伝いします! 彼女が意識を失わないよう、手を握って声をかけてあげていてください!」


 アシュレイは言うが早いか怪我人の傷口に手を翳す。巫女と2人がかりで、治癒魔法の輝きが傷口を照らす。


「た、助かる! トリシャ! トリシャ! しっかりしろ!」


 思わぬ援軍に、冒険者達の顔に明るい色が宿る。

 そこにセイレーンのユスティアと、ハーピーのドミニクも駆けつけてきた。

 各々アシュレイに合せるように治癒魔法による治療を始める。ユスティアとドミニクも呪歌、呪曲で治癒魔法の補強を行う。


 示し合わせたようにイルムヒルトも合いの手を打つように鳴弦を打ち鳴らし、それを見て取ったセラフィナが演奏の魔力を集めて治療している場に集中させていく。それだけ揃えば、効果は劇的だった。


 まず苦痛が和らいだらしく、冒険者の上げていた苦悶の声が緩く深い呼吸に変わる。出血が止まり、蒼白だった顔色に赤みが差していく。


 周囲から歓声が上がった。傷口の肉が盛り上がるようにして塞がっていく。皮膚が新しく張り直され……僅かに傷痕が残ったものの、冒険者はすぐに上体を起こして、信じられないといった表情で自分の腹を撫でている。


「アシュレイ。クリアブラッドも使っておくといい」

「……血液に悪い物が混ざると病気になるかも知れない、という話でしたね?」

「そう。怪我をした時に起きやすい」


 感染症の予防という事で、血液の浄化を行うクリアブラッドは解毒以外の場面でも使った方が良い。

 アシュレイはすぐさまクリアブラッドの魔法で冒険者の血液を浄化していく。これなら予後も安心というわけである。


「た、助かりました」

「済まない。恩に着る」

「何があったんだ?」


 峠は乗り越えたようなので尋ねると、冒険者グループの1人が答えてくれた。


「魔物部屋に突っ込んじまった。何とか怪我をした仲間を背負って石碑まで逃げ込んだんだよ」

「……なるほどな」


 とりあえず、ガーディアンの出現などではないようだ。


「お前ら、タームウィルズに来たばっかりでまだ浅い階層なんだろ? 大部屋には印があるって言われたよな?」

「それは分かっちゃいたんだが……」


 春先は人が出ていったり入ってきたりが多い。新人冒険者も増えているようで、こういう怪我人も増えるそうだ。

 石碑に逃げ込んだという辺り、予め順路を把握しておいてから大部屋に挑戦したのだろうが、浅い階層だと魔物の出現も散発的だから、魔物部屋であった時の危険性を甘く見ていた、というところだろうか。

 

「お疲れ様」


 治療を終えたアシュレイに言うと、彼女は気恥ずかしそうに微笑む。


「テオドール様の仰っていた治療法も試してみました」


 というのは、魔力反射によるソナー方式の事だろう。


「どうだった?」

「損傷個所が分かりやすくなりましたので、いつもより効果的に治療が行えた気がします」

「ん、それは何より」

「リサ様の行っていたものと同じという事でしたから。練習しました」


 マルレーンが笑みを浮かべてアシュレイの手を取って喜ぶ。ユスティアとドミニクもイルムヒルトと談笑をしているようだ。

 ふと見ると、クラウディアがフードの奥で安堵の溜息を吐いた後、冒険者達を見ているのが見て取れた。


 ああ、そうか……。彼女は、迷宮に属する側だからか。

 迷宮に入っていけば魔物と戦って傷付く事になる。つまり彼女は人目に付きたくないんじゃなくて、タームウィルズに来る人々とはなるべく交流を持ちたくないというのが本音なのではないだろうか。


「……少なくとも、俺達が迷宮に入るのは誰に頼まれた事でもないよ」


 クラウディアに声をかけると、少し驚いたように顔を上げて俺を見てきた。

 魔物との戦闘を承知で迷宮に立ち入るのだし。クラウディアがそれを気に病んでいるのは分かるが。そんな性格だからこそ、それらの問題を解決できるのならやっているだろう。だが現状を見る以上、クラウディアの力はそこまで及ばないという結論でしかない。


 侵入する側はリスクとリターンを天秤にかけているのだ。その点、他の場所で魔物を狩るのと何も変わらない。

 魔物から採れる素材や食料、魔石でヴェルドガル王国の人々の暮らしも成り立っているところがある。だから利益を享受しておいて、不都合があった時にクラウディアに責任を求めて恨み言を言うのは、多分違うのだろうと思う。


「……そんな風に言ってくれる必要はないけれど。ありがとう。気遣いは受け取っておくわ。それより……あの2人は、あの村の出身ではないのよね?」


 クラウディアは話題を変えるように尋ねてくる。

 なるほど。これもあまり深くは話したくない話題の1つではあるらしい。そういう事なら、この話はここで終わりにすべきだろう。

 あの2人というのはユスティアとドミニクの事だ。今、彼女達は助けた冒険者達にお礼を言われているという場面であった。


「ああ。召喚魔法で引っ張ってこられたらしいよ。冒険者ギルドが保護していて……2人も、能力を活かしてギルドに協力する事にしたらしいけど」

「……そう。彼女達は受け入れられているようね。昔と状況が違っているのは知っていたつもりだけど。こうして見ると感慨深いものがあるわ」


 クラウディアは目を細めて静かに言った。

 タームウィルズは相当前から異種族に対して門戸を開いている所がある。昔と言うのが、どれぐらい昔かは分からないが……そうでない時代もあったという事なのだろう。それはクラウディアの管理している迷宮奥の魔物村と、あの村の住人達が外を怖がっている事から想像が付く。


 そして、その考えもある意味正しいと言える。「友好的だと言ってもやはり魔物」と見る者がいるのは確かだし、どこまで行っても人間達の間では少数派なのだ。

 例えば状況次第で国が方針転換をすれば、それに対しては無力なのだから。迷宮から出ないという選択肢は、それはそれで正しいのだろう。


 ただ少なくとも……2人が受け入れられている事を、クラウディアは歓迎しているようだ。




 助けた冒険者達は後日ギルドを通してお礼をする、と言っていた。アシュレイの魔力消費も問題のないレベルだったので予定通り大腐廃湖の攻略に移る事となった。

 クラウディアが石碑に触れて、それに連れ立って転移する。

 光に包まれて、目を開けば――。そこに毒の沼地が広がっていた。くすんだ苔のような色合いの沼地と、点在する陸地が広がる。大腐廃湖だ。

 風の防壁で盾を作り、内側の空気を浄化する事により臭気に対する防御策としている。


「シーラは大丈夫? ラヴィーネの様子は?」


 事前に防御している事もあり、予想されていた臭気については現時点では特に感じない。だがそれは俺達だけの話である。

 嗅覚に優れるシーラとラヴィーネについて言うならば、今の状態でも厳しいところがあるかも知れない。


「今のところは大丈夫」

「ラヴィーネも平気みたいです」


 と、シーラとアシュレイの両名から返事が返ってきた。


「了解。情報収集と改良も兼ねているから、問題があったら言ってほしい」

「分かった」

「はいっ」


 さて。大腐廃湖の攻略を始めようか。

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