番外632 大公領への集結
「早速ではありますが、竜籠の用意をしておきましょう。リンドブルムも今の内に我が領の飛竜達と引き合わせておきますか」
フィリップが言う。平野部にみんなで移動するには竜籠を使うのが良いだろうという事で、デボニス大公が準備を進めてくれているのだ。
「よろしくお願いします。リンドブルム、みんなと仲良くな」
そう声をかけると、こちらに向かってにやりと笑うリンドブルムである。まあ……リンドブルムは飛竜達同士なら大体初対面でも仲良くやっているので大丈夫だろう。
飛竜の世話役の人物には、リンドブルムについては認めた相手以外は背中に乗せたがらない事。こちらの指示は嫌がる事を言わなければ大体聞いてくれると伝えておく。
「承知しました。気難しい飛竜は時々おりますからな。いや、それにしても立派な体格の飛竜ですな」
そんな風に言って笑顔を浮かべている初老の厩務員であったが、リンドブルムは静かに頷くとその後について行った。リンドブルムの場合、何というかベテランに敬意を払ったという印象があるが。
そういうわけで、俺達も城の奥へ案内されて会議室へと向かった。
地図を広げて、近い拠点の場所をいくつか確認しておく。何かあって撤退したり拠点に急ぎの用事ができた場合においても選択肢は複数あった方が良い。
「地図を見た印象だと、竜籠なら拠点からそれほど時間もかからず行き来できそうな距離ですね」
「そうですな。平野に隣接する森と山岳にかけてが魔力溜まりになっており、地元民は魔物に遭遇する頻度が高いので、平野部には立ち入らないのです。基本的にはゴブリンやコボルトのような弱い魔物の警戒網に掛かりやすいという印象があります。立ち入ったからと必ずしも危険な目に遭うわけではありませんが……少人数だと危険というのは否めませんな」
「逆にこの大きな川を挟んでこちら側の街道沿いは巡回と冒険者の活動を増やしており……まあ、その事は魔物達も理解しているのか、互いに領分を守っている、守らせるという方針で安全を確保しているわけです」
デボニス大公とフィリップが地図を指で指し示しながらそんな風に教えてくれる。
なるほどな。見通しが良いために逆に平野部の開拓には向かないという印象だ。弱い魔物はそれだけ数も多く、この辺りに拠点を構えたらきりがなくなる。だから「川を挟んでこちら側は人間側の勢力下」というのを誇示する事で被害を減らし、魔物を押さえるというわけだ。
積極的に開拓に乗り出さないのは大公家が良識的だからだろう。命の危険や魔物との日常的な戦いといった危険や苦難が明らかな以上、苦労するのは領民で、それが目に見えているから平野部は緩衝地帯と割り切っている。傘下の貴族達にも無理はさせない。
大規模な討伐をすればいいのかと言えばそれも違う。結局魔物が集まる原因は魔力溜まりにあるのだから。魔力溜まりの質と規模によって多少の違いはあれど、一時その周辺の魔物を征伐できても、あまり時間を置かずに空白地帯に他の魔物が進出してくるだけなのだ。
その点で言うと、出てくるのが弱い魔物ばかりというのは魔力溜まりの中心部からはかなり外れているという証拠でもあるから比較的折り合いをつけやすい、という事だ。シルン伯爵領とガートナー伯爵領の間に跨る森の、あの魔力溜まりだってそうだな。いずれにしてもあるものは仕方がないと、上手く対処して付き合っていくしかない。それは今回の交渉に臨む時も同じだろう。
「魔力溜まりは厄介だけれど……平常通りであれば魔物が出てきたとしてもそれほど対処は難しくなさそうね」
と、ローズマリーが言う。
「そうだね。だからと言って対話しに来ておいて隠れているわけにもいかないからな。対策としては――魔物を見つけた時点で目的を宣言してから闘気や魔法で威嚇するか、ヒュージゴーレムあたりを見せつけるか、かな」
「魔人に対しては誤解を招かないようにしながら、魔物には地力の差を示して、戦いになる前に撤退させる、というわけですね」
「そういう方向になるね。眠らせたりだとか、そういう系統の魔法を使っていくのも良いかも知れない」
グレイスの言葉に答えると、みんなも納得するように頷いた。
「ん。だとすると索敵が大事」
と、シーラはそう言って、耳や尻尾をぴくぴくと動かす。気合を入れてくれているようだ。うむ。
そのまま暫くデボニス大公やフィリップを交えて色々と対策を練り、ある程度話も纏まる。
「ふむ。こうして高度な魔法による対策が当たり前のように視野に入るのはテオドール公ならではですな。領地内で魔人との交渉という事で緊張感も高まっておりましたが、こうしてお話ができると安心できます」
と、フィリップが目を閉じてうんうんと頷く。
「恐縮です。領地では最近何か変わった事等はありませんでしたか?」
そう尋ねると、デボニス大公は少し思案して答える。
「ふうむ……。特に変わった事が起こったという報告は入ってきておりませんな。フィリップに後を引き継いでもらうための段取りや日付が決まったぐらいですが、それは前々から決まっていた事で粛々と進んでおりましたので、情報収集等に難があったとも思えません」
なるほど……。それにしてもデボニス大公の引退か。具体的な日取りまで決まったわけだ。
「以前、冬ぐらいになる予定、とお聞きしていましたが」
「そうですな。王都で家督の引き継ぎを行った後は楽隠居といきたいものです。領地の問題や他家との確執が消えて、思い悩む事も無くなっておりますからな」
俺の質問にデボニス大公はそう答える。
「この前お話をした時、メルヴィン陛下も同じような事を仰っておりましたぞ」
「ふっふ。やはりそのあたりはテオドール公の活躍のお陰というところはあるからな。陛下の悩みは――三家では共通する部分もあったであろうし」
と、フィリップと笑い合うデボニス大公である。傘下の貴族達も上手くやっているとの事で、同様の話はドリスコル公爵家からも聞いているので、俺達としても安心である。
メルヴィン王の隠居に関しては……まあ、今すぐどうこうというわけではないが、ジョサイア王子がしっかりとしているからな。メルヴィン王としても安心していられるとは本人からは聞いている。
そうして色々話をしていると、他の面々が転移門でやってくる頃合いも段々と近付いてくる。今日はオーレリア女王やイグナード王、パルテニアラといった面々もやってきて、デボニス大公領で一晩を明かし、明日現地へ向かうという話になっているのだ。
デボニス大公としてもあちこちから重要人物を迎えるという事で、しっかりと歓待の用意を整えているらしい。作戦が控えているので酒盛りがメインにならないよう、食事の面に力を入れているそうだが。
そんなわけで城の一角にある転移設備に向かって通信機で連絡を取ってみれば、これからタームウィルズからそちらへ向かう、との事で。
俺達の見守る中、転移門が光を放ってオーレリア女王、イグナード王、パルテニアラとその護衛達が揃って姿を見せる。
「これはお三方とも。来訪をお待ちしておりましたぞ」
デボニス大公がオーレリア女王達に挨拶をする。俺の誕生日等の集まりでお互い面識もあるからな。デボニス大公の挨拶にやってきた面々も相好を崩す。
「ありがとうございます、デボニス大公」
「今日は世話になる」
「うむ。よろしく頼むぞ」
と、三人は笑顔で応じていた。
「荷物等が有りましたら、船に積んでしまいましょうか」
そんな風に提案し、まずは一行の荷物をシリウス号に積んでしまう事になった。
リンドブルムの他の飛竜との顔合わせももう終わっているらしく、飛竜達と共に甲板から顔を覗かせたりして、俺に心配ないというようににやりと笑みを見せてきた。うむ。どうやらこちらも問題なさそうだな。
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。
活動報告にて、暫く滞っていた簡易キャラ紹介の記事を投稿しております。
951から1200までの分を50話ずつ分けての投稿になっておりますので、
キャラクターの名前等、分からなくなった時にお役立て頂けたら幸いです。