番外623 二人の誓い
それから程無くしてセシリアに呼ばれたダリルとネシャートは揃って中庭から戻ってきた。ダリルはみんなに注目されているからか顔を赤くしていたし、ネシャートも頬を少し赤らめて照れたように微笑んでいた。
中庭で先程の話の内容を伝え合ったのか、或いは縁談の話を受けた事をお互いに伝えたのか。ともかく二人とも縁談の話を知っているのは間違いなさそうだ。
「その様子なら俺達から多くを説明する必要はなさそうだが……まず、縁談は無事に纏まったと伝えておく」
ファリード王の言葉に、ダリルとネシャートが頷く。ダリルはまだ少し顔が赤いものの、ファリード王と向かい合うと真剣な面持ちになって、やや緊張した様子であった。
ファリード王も結構威厳というか……迫力があるからな。実際バハルザードの国王なのだしネシャートの養父のような位置付けなのだから、ダリルが緊張するのは分かる。ネシャートはファリード王の気心も知っているので落ち着いた様子ではあるが。
ダリルは深呼吸してから一礼すると、ファリード王に言った。
「こ、光栄に存じます。今の僕は若輩者ではありますが、此度の縁談が誰にとっても良縁だったと思って頂けるよう精進していく所存です……! どうか、今後ともよろしくお願いします……!」
と、ファリード王に挨拶するダリル。ファリード王はそんなダリルに目を細めて小さく笑う。
「ああ。その言葉は確かに受け取った。ダリル卿がヴェルドガル王国の貴族として正しく成長していく姿を、余も楽しみにしている」
そんなファリード王の言葉にメルヴィン王も目を閉じて小さく笑って頷く。
「ガートナー伯爵におかれましても、此度のお話には感謝を申し上げます。祖国の為に魔法の研究を志す身ではありますが、ダリル様と共に生涯を添い遂げられるよう慎むべきところを慎み、精一杯努めていく所存でもおります。どうか今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしく頼む。研究の便宜については不便のないように手筈を整えるつもりでいるが、その上でダリルの立場も考えてくれるというのであれば、私から言う事はない」
ネシャートからの挨拶に、父さんも穏やかに笑みを浮かべてそう答えた。
ネシャートの研究はバハルザード王国の風土に合わせた農業に利用できる魔法の研究ではあるし、ダリルと結婚した後も、その為にヴェルドガルとバハルザードを行き来する事が多くなる。
バハルザード王家にも繋がりのあるネシャートに悪意があるならスパイ活動も可能だという事だ。
慎むべきところというのはそういう部分であり、ダリルと共に添い遂げるというのは倫理に重きを置くという宣言でもある。それを違える事のないようにメルヴィン王、ファリード王、父さんや俺のいる前でそう宣言した、ということなのだろう。
「メルヴィン陛下とテオドール公におかれましては、どうか……今日の決意が時を経て変わる事がないように、見守っていて頂きたく存じます」
互いに必要な挨拶が済んだところで、俺達にもダリルとネシャートは丁寧に頭を下げる。そう、だな。俺達も縁談が結ばれるところに立ち会ったわけだし、転移門を管理する立場としてはネシャートの行き来に関わってくるところがある。
「承知した」
「分かりました」
メルヴィン王と共に答えると、ダリルも口を開く。
「決意というのなら……僕もです。今日ファリード陛下にお伝えした事もそうですし、ネシャートさんと共に、ヴェルドガル王国の貴族として胸を張れるように精進を重ねていきたいと存じます」
そんなダリルの言葉に、メルヴィン王と俺は再度頷く。ダリルの言葉もまた、ネシャートの言葉を後押しするようなもので。二人の決意と宣言というのは……先程ファリード王から聞いた互いに尊敬できると思える相手、という話にも通じるものでもあるな。
「何はともあれ、めでたい話だ。堅苦しい挨拶はこの辺にしておくとしようか」
そんな風にメルヴィン王が言って場の空気が弛緩したものとなる。
イルムヒルトが笑みを浮かべてリュートを奏でると、セラフィナが楽しそうに歌声を響かせた。
内々の話となるのでその場から席を外しつつも状況を気にしていた各国の面々も、もう大丈夫だろうというように姿を見せて、ダリルとネシャートに祝福の言葉をかけたりと、和やかな雰囲気となったのであった。
そうしてみんなから祝福の言葉を受けたダリルは少し気疲れした様子であったが、俺に向かって小さく笑う。
「いや、大変な事になったな。誕生日を祝いに来ただけのはずなんだけど、どうしてこうなったのか……。もしかして僕やネシャートさんだけ知らなかったのかな?」
「まあ……伯爵家後嗣の婚約者に関しては宙に浮いていたし、ダリルは注目される下地が整っていたからね。俺は立場が立場だったから、この一件ではなるべく影響を与えないようにしていたつもりではあるんだけど」
「そうだったんだ……」
俺の異母兄という事でダリルの婚約者選びが難しくなっているところがあったので、こうして注目を集めてしまったり、それだけに良縁と思われる相手が現れた時に話が動きやすい土壌が作られてしまっていたのはやや申し訳なく思うが。
とはいえファリード王もネシャートもそんな理由では首を縦に振らないだろうし、それは父さんもまた然りだろう。二人の性格的な相性が良さそうだし、当人達に話を聞いてみて問題がなさそうだから縁談が纏まった、というところが大きい。
「でも……そうだな。どこかで決めなきゃならない話だし、その相手がネシャートさんって言うのは、えーと、うん。嬉しいな。その……あんなに素敵で綺麗な人だし」
そう言って、少し頬を赤くするダリルである。
「そっか……。まあ、さっきの二人の宣言は良かったと思うよ。俺には立場上できる事とできない事があるけれど、個人的な感情としては応援してる」
「ありがとう」
俺がそう言うと、ダリルは真剣な表情になって静かに頷いた。
ネシャートもエルハーム姫やオフィーリア、ペトラやロミーナと笑顔で言葉を交わしていた。
「ふふ。良いお話が纏まって何よりだわ」
「ありがとう。バハルザード王国とは生活様式や文化が違うから……きちんとその勉強もしないといけないかしら」
エルハーム姫の言葉に、ネシャートはそんな風に答える。
「そういう事でしたら、お困りの事があればお力になれると思いますわ」
「今でも集まって料理の勉強会をしたりとか、そういう時間も作っていますからね」
「ああ。それは確かにとても参考になりそうです。ありがとうございます」
オフィーリアとペトラがそう言うと、ネシャートは嬉しそうに頷く。
「それに……そうした違いも、きっと信頼できる方と一緒であれば共に楽しんで前に進んで行けると思います」
「それは……そうですね。信頼できる方と……というのは確かに。突然のお話ではありましたが……ダリル様との縁談は嬉しく思っています」
と、ロミーナの言葉に胸の辺りに手をやってネシャートは微笑んでいた。
「上手く話が纏まって何よりね」
その様子を見ていたクラウディアが目を閉じて頷くと、マルレーンもにこにことしながら頷いた。
「ネシャートさんとはシルン伯爵領でも付き合いが増える事になりそうですね」
アシュレイが笑顔で言う。
「そうだね。それは確かに」
今回の誕生日にはケンネルやジョアンナ、ミシェルやフリッツといったシルン伯爵領の面々も顔を出しているからネシャートとも交流を深めて行って欲しいところだ。
農業に魔法を役立てるという領分から外れないものであるならば、工房も含めて色々と協力できる事は多いだろう。俺達も、ハルバロニスやあちこちから農業関係で魔法技術を提供してもらったり作物をもらったりしているのだし、そこは技術交流としてきちんと話を進めていけるものであるから。
こうして……ダリルとネシャートはこの日、正式に婚約者という間柄となったのであった。