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番外622 貴族の後嗣と砂漠の令嬢

 ファリード王もそれから程無くして戻ってきた。


「ネシャートに話をしてきた、が……。相手方もいる事だ。今後に関する話もあるのでな。とりあえず迎賓館か中庭にいるように言ってある」


 ファリード王は腰を落ち着けるとそんな風に言って、ネシャートとの話の顛末を聞かせてくれた。


「――聞いておきたい事、というのはどういったお話でしょうか?」


 船着き場のテーブルで向かい合って、クレアがお茶を淹れたところで、ファリード王に尋ねるネシャートである。


「お前の将来に関わる話だな。まず誤解して欲しくないから最初に言っておくが、俺はお前がバハルザードの為、更に魔法を学ぼうとしている事を――王として嬉しく思っている。だから、これからする話は、それを邪魔するような性質のものではないという事をはっきりさせておこう。有体に言ってしまえば縁談や婚約の話ではあるが、俺としてはそれを押し付ける気は無い。相手方もそれは承知していて、当人同士の気持ちを優先するものという事で話がついている」

「婚約、ですか」


 ファリード王に言われたネシャートは、そこまで驚いた様子でもなかったらしい。

 迫る騎兵の突撃をエルハーム姫と共に即席の防柵で止めた事もあるというから相当な胆力なのだろう。後方支援が主だったというが、そうした一幕での出来事や、いざという場面では二人とも勇敢だったそうで、大いに兵士達の士気が向上していたとの事である。


 邪魔するものではない、というのはヴェルドガルに転移門があり、相手がガートナー伯爵家という農業と同盟に理解がある家だからこそネシャートに伝えられる言葉だ。

 今の目標の為にマイナスにならないという事を伝えられたに過ぎない。

 また逆に、結婚した場合、余剰な利益を得られるようになるという類の話でもないので……ネシャートにとってはそれを理由に縁談に対する判断材料にしなくても良いし、誰に憚る必要もないという意味になる。


「とは言っても、お前に将来を誓う相手や、想いを寄せている者がいるのなら、話を前に進める事はないと理解してもらって良い。また、相手方の当人にも同じように想いを寄せる相手がいるのか、確認している所だと言っておく」

「わかりました。私の事情がどうであれ……詳しく聞きもせずに判断をする、というのは相手に対して不誠実かと存じます。お聞かせ下さい」


 ネシャートはファリード王の言葉に真っ直ぐ向き直ってそう答えたという。


「相手は……ガートナー伯爵家の後嗣、ダリル=ガートナーだ」

「ダリル様……。なるほど……」


 ネシャートは寧ろ得心行った、という様子だったという。

 ガートナー伯爵……父さんとしては貴族家の長としてどこかで取り纏めなければならない話だし、ファリード王からしてみれば親友から預かった子、という想いがある。政略的な意図が薄いのもしっかりと伝えている。


 つまり周囲から見て、良縁に見えるから話を持ちかけた、という事だ。ガートナー伯爵家の事情についてはともかくとして、ファリード王のそうした気持ちをネシャートはきちんと理解しているらしかった。


「陛下の先程の質問にお答えします。私が想いを寄せる特別な方、とまで呼べる方は……今はいません。しかしダリル様は――ひたむきに努力をして、立派な領主になろうとしておられる、尊敬できる方だと思います」

「尊敬、か。彼もまた、同じ事をお前に対して言っていたそうだぞ」

「そう、なのですか」


 と、ネシャートはそこで初めて少し驚いたような表情をした後、微笑みを見せたらしい。


「恋に焦がれるという言葉がありますが――私とダリル様の間柄はそうしたものとは違うのだと思います。けれどあの方と話をしていると……何となく落ち着くと申しますか、嬉しくなることが多いのです」


 そうしてネシャートは言う。ダリルと話をした時の事。最初は……世間話であったそうだ。お互いの国の事に話が及ぶとダリルはネシャートの戦場での話に感心しながら聞き入っていたらしい。だがそんな会話の中でダリルは「少し前の自分は、ネシャートさんが嫌うような貴族だったと思う」と、やや申し訳なさそうにそんな話をしたという。


 失敗をして……テオドール公――俺の事を見て思うところがあった。だから行動を改めようとしていると、そう言ったそうだ。

 ダリルは――立派な領主になろうと心掛けている。そうした想いもあって、ネシャートに自分の失敗の話をしなければ、尊敬できると思った相手に隠し事をしたまま付き合っているようで嫌だったのだろう。ダリルはそういう面で不器用だけれど、だからこそそういう行いは嫌いではないと、俺も思う。


「自分の行いが間違っている事を認め、生き方を変えられる。その為に努力する。あの方は自分が思う以上に難しい事を実践していると思うのです。バハルザード王国でも、そうした行いができる人は貴重でした。ですから……とても尊敬に値する御仁なのだと思いますし、話をしていて嬉しくなるのでしょう」

「確かに、な。俺も彼の者を見て、自分の行いを顧み、戒めとせねばなるまいな」


 ファリード王がそう言うと、ネシャートは目を閉じて頷く。そして言った。


「適うならば、そうですね。あの方の先行きを見ていたいと申しますか。そういう思いはあります。だから……ああ、互いに尊敬できると思える相手との婚約というのは、きっととても素敵な、良いお話なのかも知れませんね。何だか、自分の中で完結してしまいましたが――」


 そうして、ネシャートは少し苦笑してから「ダリル様がお嫌でないのなら、お話をお受けしたいと思います」と、はっきりと口にしたそうだ。


「――互いに尊敬できると思える相手、ですか」


 話も終わって。俺が反芻するように言うとファリード王は静かに笑う。


「お互いがお互いを尊敬する。そんな相手を見ていたい。尊敬される自分を見せていたいと思う。共に近くにいる事で理想とする自分に近付ける。どこかで道を間違えば、互いに補い合って己の行いを正す事もできる。そういう事なのだろう」

「ネシャート嬢が言ったように恋に焦がれるというものとは少し違うが、夫婦や家族としては一つの在り方として、理想的なものなのかも知れぬな」


 ファリード王の言葉にメルヴィン王が目を閉じて頷く。

 そうだな。それは確かに。ファリード王やエルハーム姫と共にバハルザードの混乱期を駆け抜けた人物らしい考え方だと思う。


「私とダリルの間で話をした時の内容ですが――」


 そうして父さんも先程俺達に聞かせてくれた内容をもう一度ファリード王に伝える。

 ファリード王は静かに父さんの話に耳を傾けていたが、ダリルがネシャートには目的があるから自分との縁談は困らせてしまうのではないかと言っていたというくだりを聞くと、目を細めて穏やかに微笑んでいた。


「やはり、良縁であったな。結婚はまだ先の話になるが、今後ともよろしく頼む」


 父さんの話が終わると、ファリード王は父さんに握手を求めていた。そうして父さんもこちらこそと、ファリード王と堅く握手を交わす。

 そんな父さんとファリード王のやり取りやダリルとネシャートの話を聞いたグレイス達も……穏やかな表情で微笑む。


「ああ……良かったです」

「となれば、二人にも縁談が纏まった事を伝えてもいいのではないかしら」


 と、アシュレイが微笑み、ステファニアも笑顔で言う。

 そうだな。お互いの間で話した事を、そのまま誰かの口を通して伝えるのは野暮という気もするが、婚約に関して上手く纏まったと伝える分には問題あるまい。


「ダリル様とネシャート様なら、中庭の東屋でお話をなさっておいででしたよ。和やかな雰囲気でお二方とも笑顔が見られましたので……もしかすると伝えずとも既にご存知かも知れませんね」


 と、二人を呼んできてほしいと言われたセシリアがにっこりと微笑んでそう教えてくれた。それからセシリアは一礼すると、二人を呼びにその場を後にしたのであった。そうか。それは……何よりだ。

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