番外619 植物園の新顔
誕生日と宴会も無事に終わり、一夜が明けた。各国の王達は大体もう一泊して、のんびりしてから帰るとの事で。
今回は団体であれこれ行動するというわけではなく、フォレスタニアの城でゆっくりする者もいれば、温泉施設に行ったり劇場に行ったり買い物をしたりと……各々好きなように過ごすとの事だ。みんな滞在を楽しんでくれているようで何よりである。
俺達はと言えば――午前中は植物園の見学会に同行し、午後は城で過ごす予定だ。
植物園に関しては魔法技術関係の話にもなる。ダリルの事を抜きにしても俺やアルバートが同行しないと始まらない、というのはある。
それと……植物園では他にも気になっている事があるからな。その確認に行きたいというのもある。
そんなわけで植物園の見学会だ。見学会に参加するのは……まずダリルとネシャート。マルブランシュ侯爵とミシェルといった顔触れだ。それに加えて俺達やアルバートやフォルセト、フローリアといった面々が魔法技術解説役として同行する。
もっと多くの面々が参加しても不思議ではないのだが……その辺はファリード王が根回し済みだ。まあ、当人達に意思を確認していないのでどうなるか分からない、とはファリード王も告げていたけれど。
「それではまた後でのう!」
と、植物園に出かける俺達を見送りに出てきてくれた、ロベリアが手を振る。ロベリアと一緒にドラフデニアから遊びにやってきた妖精達もだ。
「うんっ、また後でね!」
セラフィナが嬉しそうに手を振って応えると、植物園の花妖精達も一緒にロベリア達に向かって手を振る。花妖精達も誕生日に遊びに来ていたので、これから植物園に一緒に戻るというわけだ。送迎の車列も随分と賑やかな事になっている。
そんな様子に見送りに来てくれた他の面々も表情を綻ばせていた。
「ではな。テオドール。また後でな」
「はい。また後でお会いしましょう」
と、上機嫌そうなパルテニアラと言葉を交わす。そうしてみんなで馬車に乗って移動する。
「ふふ、外も良い天気のようで良かったですね」
と、グレイスが微笑む。
「そうだね。花妖精達も良い陽気で喜ぶんじゃないかな」
フォレスタニアの天候は管理下にあるので基本的には晴れだが……迷宮の外はまた違って来る。なので城や街の方角から入り口の塔を見れば、その背後の遠景で迷宮の外の天気が分かる、という作りになっている。
遠くの空が暗く曇っていればタームウィルズは雨。冬場なら遠くの空が白くなっていれば雪、という具合だ。気温も年間を通して安定している方だが、迷宮外が特に暑い日であればフォレスタニアもやや暖かくなるし、寒ければ気温もそれに応じて若干下がる。
天気予報という程のものではないが、迷宮の外に出たら雨具や防寒具が必要になった、という状態が避けられると、武官や文官、住民、冒険者、観光客問わず、割と評判が良い。
外が雨だとフォレスタニアでも傘や雨具が売れると、そこに商機を見ている者もいるようで。外の天気に合わせて露店で雨具を売ったりする者もいると、俺のところに報告も来ていたりする。
今現在、塔の向こうに見える空は快晴。タームウィルズもよく晴れているという事だろう。
「ああ。本当、良い天気ね」
と、ステファニアが空を見て笑顔になる。月神殿から外に出ると綺麗な秋晴れであった。
空気も爽やかで……やはり花妖精達も嬉しそうだ。ステファニアの言葉ににこにこしている。
そうして花妖精も含めて同行者が全員揃っているのを確認してから、またみんなで広場から馬車に乗り換えて植物園へと向かった。
「ああ。これが噂に聞いていた植物園の温室ですか……」
植物園に到着すると、ネシャートが温室を見上げて感動したような声を漏らす。花妖精達も乗っていた馬車の屋根等から飛び立ち、温室の扉を開けて俺達を迎えてくれた。温室のノーブルリーフ達も俺達を歓迎するように浮遊している。
「ガラス張りの建物で温度を保ちやすくしたり、植物に合わせて魔道具で湿度を一定に保ったりしているんだ。区画ごとに調整されているから、同じ温室内でも涼しい場所もあるね」
「水は火精温泉の水を引いています。植物の育成に向くように、これも魔道具で水質を調整しているわけですね」
アルバートと共に掻い摘んで解説をする。
「植物に合わせてというのは、やはりフローリア様に尋ねたりして、という事でしょうか?」
と、ダリルが尋ねてくる。
「そうです。本来の環境に合わない作物を育成するならば、栽培したい作物の情報を集めて環境を構築する必要がありますが……まあそこはフローリアや花妖精、ノーブルリーフ達が助けてくれていると申しますか。ですので、必要であれば植物園で集めた情報を提供する事も吝かではありませんよ。逆にその土地に環境が合うならば……温室や地下栽培設備を必要とせずに新しい作物を導入する事も可能かな、と思いますので」
「ううむ……。何とも素晴らしい施設ですな」
「全くです」
マルブランシュ侯爵やミシェルは目を閉じて頷いていた。ネシャートも真面目な表情で見学している様子だ。
というわけで、ある程度植物園に関する魔道具の技術解説をしたところで各々自由に見て回ってもらう。
「変わった作物が色々あるのですね」
「それはコーンという作物らしいよ。小さな粒一つ一つが食べられるという話だね」
ネシャートに答えるダリルである。
ダリルは色々と植物園で植えられている作物について聞いたり調べたりしていたらしく、種類等はある程度解説できるとの事で。
そんなわけでネシャートと一緒に植物園の作物を色々と見て回っていた。時折笑顔でやり取りしていたりするので、お互いの関係は良好といったところか。
さてさて。俺達も技術解説役の他に、ちょっとした用事があって植物園に来たのだ。バロメッツの開花が近いという事で、その様子を見に来たのである。マルブランシュ侯爵もベシュメルクでバロメッツを手配してくれた手前、その後の事は気になっていたのだろう。
バロメッツは植物園の休憩所にある植木鉢に植えられている。植物園をゆっくり一周してからみんなで休憩所に向かうと――。そこに鉢植えのバロメッツがいた。
前に見た時よりも実が大分大きく、幹も太くなっていて、俺達が顔を見せると幹がしなって実の中から羊の鳴き声が聞こえた。
翻訳の魔道具によればこんにちは、と言っているようだ。
「コンニチハ!」
マルブランシュ侯爵の使い魔であるロジャーも羽ばたきながら挨拶を返す。
そうして……俺達の見ている前で大きく実を揺らして――真ん中からあっさりと果実が割れる。そしてその中から、やや身体の小さな羊が姿を見せた。
羊が嬉しそうに声を上げる。初めまして、と言っているようだ。
「ああ。初めまして」
「こんにちは、バロメッツさん」
「ん。よろしく」
「ふふ。初めまして。面白い子ね」
と、俺達からもバロメッツに声をかける。嬉しそうに声を上げるバロメッツをミシェルが楽しそうに撫でたり、その使い魔のオルトナが握手を求めて、バロメッツもそれに応じたりしていた。ラヴィーネやアルファ、コルリスやティール、ホルンといった面々もそれに続く。
羊と狼という組み合わせは色々象徴的なものもあるが、特に怖がったり仲が悪いという事も無さそうで。普通に挨拶を交わしていた。
「何て言えば良いのか……。世界は広いなぁ……」
「全くです。植物系の魔物は見た事がありますが、これは……驚きですね」
目を丸くしているダリルの呟きにネシャートもバロメッツに見入りながら頷く。
そうだな。本当に羊の生る木、としか言いようがない。腹の下部あたりから幹と一体化していて……四肢もきちんと動くようだ。改めて見ると色々とシュールであるが。
「幹の部分はかなり柔軟性があって伸び縮みもしますぞ。野生では生えているところからかなり広範囲に渡って動き回り、周囲の草を食べたりしますな」
マルブランシュ侯爵が教えてくれる。バロメッツは小さく頷くと幹を逆に縮めて、植木鉢に仕込んだレビテーションを起動させて空中に浮いたりしていた。
と、そこに花妖精達が稲藁を大量に抱えて持ってくる。バロメッツは嬉しそうに声を上げると稲藁を美味しそうに食べる。
「名前も考えなければいけないかしらね」
ローズマリーが言うと、バロメッツも俺の方を見ながら声を上げる。名付け、か。そうだな。
「それじゃあ……ウルスっていうのは?」
ウールから取った名前なので直球ではあるが……バロメッツは嬉しそうに声を上げて応えてくれた。うん。どうやら気に入ってくれたようだ。