番外617 星々の伝承
「それでは――」
と、前置きをしながらマジックサークルを展開。ミスリル銀線の先端まで魔力を送り循環させる。そうしてみんなの注目を集める中で術式を行使しながら軽く腕を振るえば、ミスリル銀線が波のようにうねる。所々に繋がれたゴーレムのメダルが上に跳ね上がった瞬間、その動きに合わせるように次々と光の玉が上空に打ち上げられた。
真っ直ぐ上空に飛んでいった光の玉が軽い音と共に弾けて――次の瞬間には中庭から見える上空部分を満天の星空が覆っていた。
「おお……これは――」
と、歓声とどよめきが漏れる。
ベシュメルクでやった花火を再現する術式と、マルレーンから借りたランタンによる幻術、それから闇魔法による合わせ技だ。
見える範囲の視界を闇魔法のドームで覆い、そこに幻影による大小様々な光の粒を張り付けて――疑似的にではあるが天体を再現した。つまりは即席プラネタリウムだ。
とはいえ宴会の出し物ではあるので……普通のプラネタリウムよりは動きの激しい出し物にするつもりだ。
ミスリル銀線を波打たせれば、今度は青白い光の玉が空へ飛んでいく。光の玉が天体を映すドームに触れた瞬間、幾つかの星々に光の線が走って星座をかたどる。そこから浮き上がるように星座に対応した生物の輪郭が生まれた。
鶏や馬、羊、鷹と狩人……。それに狼。そんな星座達を実体化させる。
幻影劇場のネタ探しで情報を集めた中には色々な伝承もあって……星座に関する伝承もその一つだ。
一つ一つの星座にそれぞれの物語が合ったりするが……今回は狩人の物語にスポットを当て、他の星座の面々は狩人の物語のための友情出演という事になる。まあ、星座の狼は実際この狩人と関係があったりするのだが。
そんなわけで星空を背景にぼんやりと輝く星座から生まれた者達が動き出す。鶏や馬、羊が遊ぶ長閑な草原。そんな場所にやってくる狼。
羊を獲物と見定め、襲おうとする狼。それに気付いて逃げ出す羊。
追い詰められたかと思った瞬間、羊は星座に戻って狼の牙をかわす。戸惑う狼……といった描写も入れると、宴会会場のみんなからは笑いが漏れていた。
そんな狼に矢が降り注ぐ。羊が襲われているのを察知した狩人の登場だ。狼は右に左に跳躍して狩人の攻撃をかわす。狩人が連れている鷹との波状攻撃をもかわして――狩人をあざ笑うように森へ逃げ帰る。が……問題はその後だ。
ここでもう一体の重要な星座――大蜥蜴が実体化する。大蜥蜴座と言われる蜥蜴のモデルとなったのは、首回りに羽毛を持つ蜥蜴の魔物だ。同種の魔物はいることはいるが、伝承のように巨大ではないし性質も大人しい部類である。
恐らくは魔力溜まりで大型化、凶暴化した個体で、縄張り争いに負けた渡りの魔物だったのだろう。魔力溜まりを追われた渡りの魔物らしく、人里でも大暴れしたという伝承が残っている。
そうして森で出会う狼と大蜥蜴。狼は群れからはぐれた一匹狼であったらしいが、特別大きな個体で――もしかしたらこちらも魔物であったのかも知れない。ともかく狼はこの大蜥蜴と激しい戦いを繰り広げたそうだ。
巨大な顎と爪、唸りを上げる尻尾を振り回す大蜥蜴と、機敏に跳び回って牙で応戦する狼。
一旦は機動力で勝る狼が優勢に立ち回り、牙で以って大蜥蜴を追い詰める。
大蜥蜴は――狼を強敵と認め、食らうことを諦めた。そして狼は大蜥蜴が吐き出した毒液を身体に浴びて撤退する事となった。
縄張り争いは大蜥蜴の勝ちだ。森の主となった大蜥蜴はそれだけに飽き足らず、人里にも降りて暴れ回り、大きな被害を齎す。
それを退治に向かうのが狩人だ。皆の頼みを受けて、相棒の鷹と共に森の中に入っていく狩人。鷹と共に大蜥蜴と戦う。
鷹と狩人の波状攻撃は大蜥蜴の身体を捉える。しかし体表は堅く、闘気を込めた矢の一撃さえも通らない。堅牢さと巨躯に任せて狩人を追い詰める大蜥蜴。
危機を引っくり返したのは狩人が見つけた傷だった。それは狼が、その牙で付けた傷であった。
攻撃を避けながら傷を狙って寸分違わず撃ち抜く狩人。主人の攻撃に合わせて怯んだ大蜥蜴の右目を傷つける鷹。
しかし大蜥蜴は――目を奪われながらも狩人に向かって毒液を巻き散らそうと大きく口を開いていた。無理な体勢から渾身の矢を放った狩人は、それを避ける術を持たない。
その次の瞬間。弾丸のような速度で突っ込んできた影がある。
狼だ。鷹の奪った右目の死角をついて大蜥蜴の喉元に食らいつく。放たれた毒液はその衝撃で狩人には当たらず、その近くの茂みに浴びせられて白煙を上げた。狼を引き剥がそうと爪を立てる大蜥蜴。その隙を見逃さずに次の矢を番える狩人。咆哮する大蜥蜴の口腔を、狩人の放った渾身の闘気矢が打ち抜いていた。
崩れ落ちる巨躯。深手を負って地面に転がりながらも、狩人に向かってにやりと笑って見せる狼。
鷹と、狩人と、狼と。彼らが力を合わせて見事、大蜥蜴を狩った、というお話だ。実際、伝承の通りなら、誰が欠けていても大蜥蜴の打倒はできなかったのだろう。
伝承ではこの狩人は、元々人里付近まで時々現れる大きな狼を目標と見定めていたらしいが……傷を負った狼を連れ帰って、治療を施し――それからは共に暮らすようになったという話である。
そうして死後、彼らを悼んで狩人と鷹、狼は隣り合うような位置の星座となった。大蜥蜴が再び現れて暴れても止められるように、大蜥蜴座を監視できるような位置にある、という話だ。
伝承のモデルに合わせて星々の配置に当て嵌めたとか……そんなところかも知れないが星座の逸話としては中々よく出来ている。
演目が終わると冒頭に出ていた羊やら馬やらも含め、狩人、狼、鷹、大蜥蜴と並んで宴会会場に揃ってお辞儀をする。舞台俳優の挨拶のような振る舞いに、みんなも笑顔になった。拍手が送られる中、空に登っていき元通りの星座となる。
「ふうむ。中々興味深い話だったな」
「昔の事を思い出す、か?」
「ふっふ。我らの時はもっと派手だった気もするがな」
と、レイメイの言葉に笑う御前とオリエである。確かに……というかレイメイ達の三竦みに関しては、本人達が伝承になっている側だからな。
「確か……我が領地の南部に伝わっている話でしたかな」
「我が国でも聞いた事があるが……。北部あたりの伝承だったか。話は知っていたが実際に見ると面白いものだ」
と、拍手の中でデボニス大公とファリード王が上機嫌そうに頷き、ヴェルドガルとバハルザードの国境近辺に住んでいる遊牧民――ブルト族の族長ユーミットも頷いていた。
「ブルト族の者ではありませんが、狩人はジャファールと申す者ですな。名高い狩人として知られ……鷹や狼と共に死後星となって称えられたとか」
そんなユーミットの言葉に、みんなも感心したように頷く。そうして改めて拍手と喝采が広がった。俺も一礼して幻影を収めるとそこには普通の中庭や遠景が広がっていた。
すると再び拍手が巻き起こって……。お土産のお返しになったのなら、俺としても嬉しいのだが。
そうしてみんなの所に戻ると何だかラヴィーネやアルファ、ベリウスといった面々が誇らしげにしていて。そんな様子にアシュレイがラヴィーネを撫でながらくすくすと笑っていたりした。狼や犬のよしみといったところだろうか。出し物が終わればまたみんなでのんびりとデザートやお茶を楽しみながら歓談の時間だ。
ダリルもネシャートと共にミシェルやマルブランシュ侯爵と話をしていたり……あちらはあちらで話題の合う面々が揃ったという印象だな。時々ダリルとネシャートも言葉を交わして笑顔が見えていたりして……まあ、ネシャートとの会話も弾んでいるようで、何よりである。