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閑話1 境界都市への訪問客

 それは――グロウフォニカ王国から俺達が帰ってきて暫くしてからの……ある日の出来事であった。

 執務をこなしてから領地を視察。その後工房に行って仕事を行うという、いつも通りの日常……となる予定だった日の出来事である。


「いい動きですね、お二人とも」


 と、ブライトウェルト工房の中庭で繰り広げられている訓練を見てグレイスは笑みを浮かべた。

 アルクスとヴィアムスの空中戦の訓練だ。

 互いにスレイブユニット同士。勿論スレイブユニット自体の戦闘能力はあまり無いけれど、縮尺が同じなので空中機動の訓練は問題無くできる。


 速度を意図的に落とす事で近接戦における動き一つ一つを丁寧に確認する、という武術の訓練も効果的で、今行っているのもそれだ。

 傍目からは簡単に見えて結構高度なトレーニングではあるのだが……そこは魔法生物。速度を正確に5分の1程にして、互いのブレードで切り結ぶ、といった芸当ができる。


 勿論、トップスピードでも同じ動きができなければ意味がない。速度を落としたことで相手の動きが良く見えるからと言って、トップスピードでは無理な攻防をしてはいけない。

 そういう意味で互いに武術の基本ができていないと効果のない、難しい訓練、というわけである。


 そんな高度なトレーニングが普通にできるのは、高い演算能力を持つ魔法生物だからこそと言える。この打ち込みならこれぐらいの体勢で受けられる。受けたならどんな切り返しをすれば相手の体勢や防御を崩せるのか、という点に主眼を置いて自分や相手の動きを一つ一つ確認して洗練させていくという……中々内容の濃い訓練だ。


「ふっふっふ、差し入れを持ってきたぞ。昔なじみの伝手から良い茶葉が手に入ってな」


 と、そこに顔を見せたのはギルド長のアウリアだ。ギルドでも好評だったそうで、それを手土産に遊びに来たらしい。まあ、こうして誰かが遊びに来るというのも、いつも通りの1コマではあるだろうか。


「ああ、これは嬉しいね」

「それじゃ、一息入れて休憩にしようか」


 アルバートの言葉に頷き、中庭で訓練していた面々に声を掛ける。


「ありがとうございます。アウリア殿」

「おお、これはかたじけない」

「何の何の」


 と、アルクスとヴィアムスの言葉にアウリアが笑顔で応じる。


「では――お茶を淹れてきますね」

「手伝います」

「では、お茶請けの方はわたくしが持ってくるわ」


 茶葉を受け取ったグレイスとアシュレイが笑みを浮かべて立ち上がると、ローズマリーもそれに続いた。アピラシアが私もお手伝いします、と言ってそれを追う。

 程無くして働き蜂達がティーセットをトレイに乗せて運んでくる。ローズマリーがステファニアやマルレーンと共に焼き菓子を取り分け、みんなの前に並べられたカップにお茶が注がれる。


「ああ。これは確かに……良い香りね」

「そうじゃろう?」


 と、茶の香りに嬉しそうな表情をするステファニアと上機嫌なアウリアである。


「ふうむ。先程の訓練は中々面白そうな事をしておったな」

「意図的に速度を落としての稽古ですね。少々求められる技量は高いですが、動きの確認や最適化には良い訓練ですよ」

「冒険者の間で取り入れるのも良いかも知れんのう。オズワルドに相談してみるか」


 焼き菓子を頂き、ティーカップを傾けつつそんな世間話をしていると、何やら通信機に連絡が入った。騎士団のメルセディアからだ。

 その文面に目を通して――思わず困惑の表情を浮かべてしまった。これはやや意表を突かれたというか何というか。


「何かあったのかしら?」


 と、首を傾げるクラウディア。


「これなんだけど――」


 そう言って通信機の文面を見せると、みんなもそこに書かれている事が意外だったのか、目を瞬かせて顔を見合わせるのであった。




 メルセディアからの連絡は、自分もすぐ向かうので、都合がつくようであれば東の外門に来て欲しいという内容だった。問題は……その理由だ。

 工房があるのは東区なのですぐに駆けつけられるし、理由が理由という事で一旦お茶会を切り上げ、みんなで東の門に向かう。


「ああ。これはテオドール公、お呼び立てしてしまい申し訳ありません」


 と、門に向かう途中で後ろから、空中戦装備で空を走る地竜に乗ったメルセディアがやってきて俺達と合流する。

 兵士達からメルセディアに連絡が行き、それからメルセディアが俺に連絡してきたという事だろう。


「いえ。休憩して、それも一段落していたところですから。それよりも、先程の内容は――」

「はい。兵士達も見慣れている分、勘違いという事も無さそうです」


 メルセディアが真剣な表情で頷く。そうして東の門に辿り着くと、兵士達が俺達を待っていて門の外へと案内してくれた。


「ほほう。これは面白い」


 と、ついてきたアウリアが楽しそうに声を漏らす。

 門を開いたそこにいたのは――ずんぐりした体格の、馴染みのある姿の魔物であった。丸みのある身体と、大きな爪。緑色の瞳――。ベリルモールだ。


「いやあ、本当にベリルモールですね」


 と、メルセディアも顎に手をやって言った。

 しかし、コルリスよりも二回り程、体格が小さく、毛の色も少し違う。まだ子供なのか、それとも雌雄で身体のサイズや体毛の色が違うのか。騎士や兵士達に囲まれる形で地面にぺたんと腰かけており、暴れるでもなく大人しく鉱石をかじっている。


 そう。兵士達からコルリスとは別個体のベリルモールが現れた、という連絡を受けたのだ。コルリスの場合は――初めて会った時は結構大暴れしたものだが……。ふむ。


 最近では騎士や兵士達も迷宮で訓練する事が多くなっており、コルリスやティールと話ができるようにと部隊長クラスは翻訳の魔道具を装備していたり、コルリスに渡すために鉱石を持ち歩いていたりするらしい。つまりは……ベリルモールともコミュニケーションを取れる態勢が整っていたと言える。


 それにコルリスの時は、既に鉱山をテリトリーにしていたというのもあるか。こちらからテリトリーに足を踏み入れなければ元々大人しいという可能性はある。或いはやはり雌雄や年齢の差、時期の違い、仲間であるコルリスの匂い等々……大人しいのは色々な要因が考えられるが。


 野良のベリルモールは鼻をひくつかせて、門から出てきたコルリスに視線を向ける。顔を見合わせると互いに近寄っていって――何やらしばらく見つめ合う。そうしてお互い何か考えていたようだが……おもむろにひし、と抱き合って、お互いの肩をぽんぽんと叩いたりしていた。まあ……うん。


「んー……。どうしたものかな。とりあえず害は無いようだけど」

「詳しく話を聞いても良いかしら?」


 コルリス達の様子にクラウディアも小さく笑って門の外で待っていた兵士達に尋ねる。


「はい。どうもこのベリルモールは――地下を潜ってタームウィルズまで来たようなのですが……城壁を越えようとして、地下まで展開している魔物避けの結界に激突したようですね。結界の異常を感知したので確認に来たところ、地上に這い出してきたベリルモールを発見したという次第です。少し目を回していたようですので、翻訳の魔道具で声をかけてみたのですが……」

「頭をぶつけたなら、怪我をしているかも知れませんね。治癒魔法を使っておきます」


 と、アシュレイが野良ベリルモールの頭部に治癒魔法をかける。野良ベリルモールは自分の頭に触れて目を瞬かせていたが、アシュレイが治療してくれたのは理解したようだ。何やらお礼とでも言うように水晶を生成してアシュレイに差し出してきた。


「ふふ。ありがとうございます」


 と、アシュレイは楽しそうに笑ってそれを受け取る。


「同族の魔力を感知して……東から西へ追ってきたのではないかしら。コルリスもそうじゃないかって言っているわ」


 ステファニアが言うとコルリスもこくこくと頷く。

 なるほどな……。東と言うとブロデリック侯爵領、ガートナー伯爵領、シルン伯爵領とコルリスも立ち寄っているから……途切れ途切れであっても勘で同族の匂いを追ってタームウィルズまでやってきた、というのは否定できない。


「同族を追いかけてきたって言うのは……可能性としては番を探してた、とか?」

「コルリスに聞いてみるわね」


 と、ステファニア。五感リンクを行いつつ身振り手振りをするコルリスと少しの間対話をしていたようだが、やがて頷いてこちらを見やる。


「そう、ね。明確な言語とは違うから翻訳が完璧なわけでないけれど……若いベリルモールは巣を探したり、一生の伴侶を探すために旅をするらしくて……出会えたらしばらく一緒に過ごして、お互い相手が気に入ったら番になる、みたい」


 ……なるほど。お見合いみたいなものだろうか。


「どうしたものかしらね」


 ローズマリーが少し思案しながら言うが。


「そうだな……。コルリスも使い魔だからって伴侶が必要ないってことはないだろうし……旧坑道の鉱石産出量からすると問題ないし……相手を見定める期間が必要だって言うなら、その間面倒を見ても良いんじゃないかな」


 そう言うと、コルリスは俺の方に向かってぺこりとお辞儀をする。……うん。まあ、初対面の印象も悪くは無さそうだったしな。コルリスはふんふんと鼻先を近づけて何やら野良ベリルモールとコンタクトを取っているようだった。


「性質からすると性格が合わなかった場合は、また旅に出るわけだものね」

「ん。その時は人里から遠い鉱脈に案内すれば後々も安心」


 イルムヒルトとシーラもそう言って、みんなもうんうんと同意していた。

 そうだな。ティエーラの星球儀があればあまり迷惑にならないところに連れていってやる事もできるだろう。今なら使い魔にせずとも、翻訳の魔道具もあるし疑似的な五感リンクを繋ぐ術式もある。人間社会で暮らす上で、して良い事、ダメな事は教えられるだろうし。


 めでたく伴侶になった場合も――それはそれで問題ない。子供が育った時、種族の性質上一人立ちするわけだし、そもそもベリルモールはその性質上知名度が高い割に実際の目撃情報が少なく、個体数が多くないとされている。

 ……という事は多産というわけでもないし、ベリルモールは賢いので子供の内から育てておく事で人里に迷惑がかからないようにする事もできる、と。

 色々考えてみても、悪くはないように思える。


「それじゃあ……当分の間、面倒を見るっていう事で決定かな」


 俺の言葉にみんなも頷いた。


「ふふ、この子の名前はどうしましょうか」


 楽しそうな様子のグレイスが尋ねてくる。マルレーンも何かを期待するようににこにことしながらこちらを見てきた。これは……俺が名付ける流れかな。


「んー。アンバーって言うのはどうかな」


 琥珀の事だ。樹脂の化石なので鉱石とは少し違うが、宝石には分類される。小さな体格で大人しいので宝石の名前というのも悪くないかなと思った次第だ。

 野良ベリルモールは、コルリスとコンタクトを取っていたようだが、やがてこちらを見てこくんと頷いた。気に入ってもらえたようで何よりだ。


 そんなわけで……いつも通りの日常と思っていたら、期せずしてコルリスの番候補がタームウィルズにやってきたのであった。

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