番外606 船員達の思いは
島の改造から帰ってきて数日。執務と視察、飛行船造りや魔道具作り、魔界探索への準備に日々の鍛練といった日課をこなしていると、通信機に連絡が入った。
グランティオス王国、ヒタカノクニ、ホウ国からの客がタームウィルズへ向かう、という内容だ。この辺は事前に打ち合わせていた通りなので、工房から転移港へとみんなで迎えに行く。
転移港に到着すると転移門から光の柱が立ち昇り――そこから見知った顔が現れた。
グランティオスからはエルドレーネ女王とその護衛のウェルテスとエッケルス。ヒタカからはユラとアカネ、イチエモン。ホウ国からはリン王女とゲンライの弟子達だ。
「おお、テオドール!」
「皆さんも、こんにちは」
「こんにちは!」
「こんにちは。お元気そうで何よりです」
エルドレーネ女王が明るく挨拶をしてきて、ユラとリン王女も明るい笑顔になる。俺からも挨拶を返すと、一緒にやってきた護衛の面々も穏やかな表情で一礼を返してくれた。
ユラやリン王女はアシュレイやマルレーンと嬉しそうに手を取り合ったりして……みんな嬉しそうだ。年代が近いからか、仲が良いのである。
そうした知り合いの面々から少し遅れて更に転移してくる者達。
東国との航路開発に携わる船員達である。
目を引くのは……グランティオス王国からやってきた亀の獣人だろうか。杖を持っているし、魔力も大きいので魔術師系の人材なのだろう。海に適性のある魔術師。長距離の航行に際して実に心強い人材だと言えよう。
「フォレスタニア境界公とその奥方様達、アルバート殿下とブライトウェルト工房の職人の皆様達です」
「は、初めまして。どうかよろしくお願い致します」
初めての転移という事で……やや戸惑った様子だ。セオレムを見て目を丸くしていたが……俺達の紹介を受けると緊張しながらも挨拶と自己紹介をしてくる。
「こちらこそよろしくお願いします」
「初めまして。グロウフォニカ王国から参りましたドロレスと申します。どうかこれから、よろしくお願いします」
「初めまして。我らは西の海の深みに住んでいる魚人族です」
俺達も挨拶をしたところで、ドロレスや深みの魚人族も船乗り達に一礼して自己紹介をしていた。
深みの魚人族も船員として先にタームウィルズにやって来ているのだ。
「グランティオス王国だけでなく、西の魚人族からも援軍とは。海の民が多いのは心強いものですな!」
と、船員達は嬉しそうだ。海洋系の獣人であるとか魚人族、人魚といった種族は船乗りからは味方にすると心強いという印象が先に来るものらしい。そのあたりは東国の面々でも同じなのだろう。
航路開拓には東国も関わってくるからな。ヒタカやホウ国ともしっかり連係しなければならない。避難所の資材調達はともかく、信用のおける人員の派遣は早めにできるので一足先にこっちに来て貰い、西方の操船技術や他国の船乗りにも慣れていってもらおうというわけだ。
将来的に東西の航行を一般的なものにする為には、造船において突出した魔法技術への依存度を下げる必要がある。工房の魔道具は活用するにしても、俺が直接関わらずとも航行できる船を造れるようにしておくというわけだ。
俺が関わるような工程があったとしても……それも儀式化してその手順を確立しておけば、次からはノータッチでも良くなるだろう。まあ、あまりコストが嵩まないように考える必要もあるか。
というわけで深みの魚人族から船乗りとしてやってきた面々を紹介したり、街中を案内したりしながら造船所へと向かう。
「おお。これがシリウス号……!」
「普通の船とは大分技術の方向性が異なりますが、刺激になれば幸いです」
「それはもう……!」
と、船員達も感動した面持ちであった。
「やはりテオドール公と共に激戦を潜り抜けたシリウス号は、特別という気がしますな」
というエッケルスの言葉にうんうんと頷く船員達。そんな言葉に同行しているアルファがにやりと笑ったりしているが。
外洋航行船の装備となる救命胴衣やボートの魔道具も実演する。
ベルトのバックルに仕込んだ魔道具が海水に触れると水が固まり、空気の層を取り込んで救命胴衣になる。荒れた海でも対応できるよう、同時に水中呼吸の魔法をかけられるという仕組みで……これと救命ボートに関してはかなり好評で拍手喝采であった。
テンションが上がった船員達を連れてタームウィルズやフォレスタニアを案内したり、王城や劇場や温泉で歓待したりして、交流の為の時間を作る。
そんな中で船員達に話を聞いてみると、選ばれた人材というだけあって東西の交流が深まる事にはかなり好意的な面々が多い印象だ。
「テオドール公がシュンカイ陛下と共にショウエンを打ち倒し、平和を取り戻して下さいました。その事については感謝の言葉を伝えたいと、ずっと思っていたのです」
「私達もです。アヤツジ兄妹の所業で親友が手酷い目にあっておりまして……。テオドール公には会ってお礼を言いたいと思っておりました」
「私も……海の都の慣れ親しんだ家に家族の誰も欠けずに帰って来る事ができました」
温泉で湯船に浸かりながら話を聞いてみれば、ホウ国とヒタカノクニ、グランティオスからやってきた船員達はそんな風にしみじみと言ったりしていた。
俺個人に対しても恩義を感じているという面々も多いようで。志願した者達からの選出なのでそういう面々が多くなるのも納得という気もする。まあ、そうした好意がある事も念頭に置いて、迂闊に政治的な影響力を行使してしまったりしないよう気を付けるとしよう。
そうして船員達を迎え……造船が始まる中で、工房では魔界探索の準備も並行して進められていく。
「――防御系呪法でも魔界の特殊な環境による変容は防ぐ事ができた。当時は調査隊として妾が陣頭に立つか、或いは拠点を術式で守るといった方法を取っていたが……ブライトウェルト工房ならば個人携行の魔道具を作る事もできよう」
パルテニアラが術式を教えて、それをエレナが紙に書き付けた物をアルバートが魔道具にしていく、という流れだ。
「問題は魔界のゲートを越えた場所が現在どうなっているのか、でしょうか」
「ザナエルクの統治下ではゲートを開放して様子を見るという事もできなかったでしょうからね」
「うむ。妾でも今現在どうなっているかは何とも言えん」
グレイスと俺の言葉に、パルテニアラはそう言うと目を閉じ、腕組みして呻る。
ザナエルクが王位についている間は、肝心のエレナが行方不明になってゲートが開かなかったのだから当然とも言える。
ゲートを開けられるようになっても、すぐさま探索というわけにはいかなかったのもこれが理由だ。
故に……あれこれ予測を立てつつも、まずはゲートを中心に活動拠点を確保する事や、環境の整備が必要となるわけだ。
魔界のどこでも変容を起こすというわけではないらしいが、ゲートから出た先の状況が分からない今は、最悪のケースを想定しておく必要がある。だから何を置いても変容を防ぐ用意をしておく、というのが第一歩となる。
その次に探索中の安全確保となる。探索する面々一人一人の居場所が分かる魔道具の開発。これは航路開拓の魔道具と同じ、ビーコンの送受信で解決できる。
危険と判断して撤退する場合はクラウディアの転移魔法もあるが、その転移魔法もゲートを超えて直接タームウィルズに戻ってくる、というようには機能しないだろう。
転移魔法はもしもの場合の撤退を考えた保険だ。魔界内部から拠点への撤退はできるが、これについてはアルクスやヴィアムスのスレイブユニットの召喚機能を基にした技術も代替とする事ができるだろう。拠点構築と安全確保が済んだら、そこに探索班に対して召喚ゲートを開く事のできる魔道具を設置するというわけだ。探索中に危険を感じたら起動させる事で安全に拠点に戻る事ができる。
「ん。それならはぐれた場合でも安心」
と、シーラが頷く。そうだな。そうして俺達は一つ一つ懸念材料を検証して対応策を練っていくのであった。