番外605 南洋海水浴
余人の目が無い場所。召喚や水の中での動きを軽く試しておこうという事で、ヴィアムスの本体を召喚で持ってくるということになった。
遠方で関係者しかいないという、試験には都合のいい状況だからな。召喚や水中での動きを試しに行う場所としては適している。
「では――」
と、スレイブユニットがマジックサークルを展開する。アルクスと同様、召喚魔法でスレイブユニットが本体を呼び出せるのだ。光の柱と共に、ヴィアムス本体が召喚されてくる。
この召喚魔法に関しては、蓄積している魔力を使った召喚で、動力となる魔力とは別のリソースとなっている。
魔力切れになりそうな時にもしもの事態、となっても確実に本体を呼び出す事が可能というわけだ。
ヴィアムスもアルクスも瞳やゲートを守る、という任務を負っているからな。ちょっとしたトラブルの解決に召喚魔法を使うというわけにはいかないが、スレイブユニットが後方にいれば敗色濃厚な時に現場を離脱して態勢を立て直す、という使い方もできるのではないだろうか。
ヴィアムス本体が南国の明るい陽光を浴びて「おお――」と声を漏らす。
「やはり美しい場所だな。スレイブユニットで見る時と大きく感じ方が違わない、というのが素晴らしい」
それは何よりだ。スレイブユニットの五感リンクの精度が高い証拠と言えるのかも知れない。そんなヴィアムスは海を見て額の宝石を明滅させ、テンションを上げているようだが。
「ヴィアムスは海が好きなのかな?」
「ああ。何となく、心が躍る」
「それは……うん。良かった」
海が好きというのは瞳を所有しているからか。テンペスタス達の魔石の記憶が海から始まっているからか。
いずれにしても深みの魚人族との暮らしがヴィアムスにとって充実した物になれば俺としても嬉しいので、海が好きというのは良い情報だ。
と、そんなヴィアムスを呼ぶかのように、ティールが海に跳び込んで水面から顔を出してフリッパーを振る。
「泳いでくると良いよ。後から俺も行く」
「承知した」
そう言ってヴィアムスは海に跳び込んで行った。ティールがこちらに手を振りながら嬉しそうに声を上げる。翻訳の魔道具によれば……あまり遠くにはいかないようにするね、との事である。うむ。
そうして……ティールと共に水の中を自在に泳ぎ回るヴィアムスである。額の宝石が明滅して随分と楽しそうだ。水流操作による高速遊泳だが、水中でティールの動きについていけるのだから水準としてはかなりのものだろう。これで魔力光推進も搭載しているしな。
「ふふ。ヴィアムス殿が楽しそうで何よりです」
と、表情を笑顔にしてうんうんと頷くアルクスである。
「アルクスはどうする?」
「私はこのままで。召喚や実戦は済ませていますし、この身体でみんなと一緒にいられるのも嬉しいのです」
アルクスはスレイブユニットで優雅に一礼して見せる。
「そっか。じゃあ、後で一緒に泳ごうか」
「楽しみにしております」
というわけで続いて魔道具の実地試験に移る。外洋航行船の備品として使えるよう、救命胴衣や救命ボートとして使える魔道具を開発中なのだ。
球体を海水の中に投げ入れると即座に反応し、水で数人乗りのボートを作り出した。
「おお……。これは素晴らしいですね!」
と、それを見たドロレスが目を輝かせて言う。
球体が魔道具で、海水に触れると空気の層を取り込みながら水を固めて、泡状の救命胴衣やボートにする、という仕様だ。魔石に魔力を補給する事で継続的に泡の救命胴衣やボートを維持できる。
船体維持の部分は可能な限り術式を効率化しているし、数人で乗る事を想定すれば魔力切れの心配も薄いが……。魔力が少ない者が単独で遭難した場合、長期間の漂流に耐えられるように、防水布を胴衣やボートとして展開する魔道具、というのも考えた方が良いかも知れないな。
だがまあ、これはこれで利点がある。まず殆どスペースを取らない点。次に魔力供給が続く限りは穴が開いて沈んだりする事がない点。それから……魔力に余裕があれば魔道具本体に触れて飲み水を精製したり、水流操作での移動が可能であるという点だ。
悪天候や寒い海でも耐えられるようにドーム型にボートを変形させる、という事も可能だ。
「魔道具に海図と方位磁石、保存食を詰め込んだ箱を付属させておくと良いかもって話をしてたんだよね」
「小型で個々人が携行可能という利点は無くなっちゃうけどね」
と、アルバートと頷き合う。
「ドロレスさんからは、何か気付いた点や意見はありますか?」
意見を求めてみると、ドロレスは少し思案した後に言った。
「可能であれば光や音を放ったり、着色もできると良いかも知れませんね。着色に関しては救助側が見つけやすくする為というのもありますが……陽射しを遮る物が何もないと辛いという、実際に海で遭難した方の体験談を聞いた事があります」
なるほどな。流石に実用性の高い、良い意見を出してくれるな。
信号弾は避難用セットに含めるとして……ドーム型のボートは寒さや高波の対策なので、暑さや陽射しを凌ぐために上部をパラソル状に変形させて着色し、風通しも良くする、という変形パターンも有りになってくるだろう。
そうして魔道具に関する改善案をアルバートと共に討論したり、東国へ向かう途中に更なる中継地点というか、海の避難所を設ける必要性についても軽く話し合ったりする。
「中継地点や避難所に救命艇でも移動できるような態勢が出来ていると良いですね」
「だとすると……食糧の量も計算した上で適正となる距離に避難所を造るのが望ましいですね」
こちらは東国側が資材を用意してくれるという話なので、航行距離を見て適切な場所に避難所を建造する、という事で話が纏まる。まあ、こちらはもう少し先の話だ。ホウ国も色々大変だからな。船員の訓練等もあるので追々進めていけばいいだろう。
そうこうしている間にみんなも水上コテージを更衣室代わりに着替えてきて……日焼け対策に闇魔法のフィールドを展開してやれば、後はのんびり海水浴となる。南国の青い海にみんなの水着姿が映えるというか……うむ。眼福であるが。
「――いざ」
と、今日のシーラは釣りではなく網や籠を持って素潜りスタイルだ。環境保全と有毒生物避けに、近隣の海では見かけないような珍しい魚介類は獲らないとの事で。確かに……釣りではどんな魚がかかるか分からないからな。
そんな調子で俺も水着に着替えて海に跳び込み、アルクスのスレイブユニットを背中に乗せて水流操作でティールやヴィアムスと一緒に泳いだりした。ティールは俺達と初めて出会った時の事を思い出すのか随分テンションが高い。
水上コテージのテラスの縁でイルムヒルトが楽しそうに演奏を行いセラフィナが歌を歌う。グレイス、クラウディア、ローズマリーが試作型救命ボートに乗って……それをリンドブルムが牽引し、泳いでいる俺達と一緒に並走したり、アシュレイがラヴィーネに捕まって水上を滑走したりと、みんな中々楽しげな遊びをしたり思い思いに過ごしている。
アルバートはアルバートで、魔道具の実地試験と話し合いが終わったらオフィーリアと一緒に砂浜の散策に向かう。夫婦水入らずで一緒に珊瑚を探したりするそうだ。
ドロレスは泳ぎが好きという事で、コテージで着替えてくると、早速楽しそうに泳いでいた。
カルセドネとシトリアもすっかり泳げるようになって、シオン達と一緒に楽しそうに泳ぎながら水を掛け合ったりと、子供らしい微笑ましい風景だ。
砂浜に目を向ければステファニアがマルレーンと共に、土魔法で楽しそうにコルリスやピエトロの砂の像を作っていたりして。コルリス像の肩にアピラシア像もあしらってあったりする。
その隣でコルリスが目を瞬かせていたりアピラシアとピエトロが楽しそうに笑っていたりと、和やかで楽しい時間が過ぎていくのであった。