番外602 南海の孤島再び
東国への航路開拓に関しては、まず中継地点の構築。次に造船と人員の選出及び、訓練。実際に海路での東国との往復。その後に民間の商人に声を掛けて交易……という流れになる。
最終的には一般的なレベルで東国との海路での交易が可能なところまで持っていくというのが理想で、割と時間のかかるプロジェクトではあるのだが……俺達が直接作業したり関わるのは中継地点の構築と造船、外洋航行のルール策定あたり、ということになるか。
ドロレスは外洋航行用の船の建造にも関わった専門家として、人員の指導と訓練にも関わる事になるが。
さてさて。兼ねてより手配を進めていた、中継地点構築の為の物資は造船所に揃えられた。
中継地点として改造していくのは、ティールと初めて会った南海の孤島だ。ここには月女神の祠を建てて結界を張って、ビーコンとなる魔道具も設置してある。
孤島は現在、迷宮管理代行であるクラウディアの守護する土地という状態なので、管理者であるティエーラの了承を貰えば、後は迷宮の力を借りて人員の転移と物資の転送ができる。造船所に向かう前に、人目に付かない場所――フォレスタニアの居城でティエーラの了承を貰っておく。
「――迷宮管理者として、代行者クラウディアの守護する土地へ、転移と転送の力を使う事を許可します」
「ありがとうございます、ティエーラ様」
クラウディアの返礼に、ティエーラが微笑んで応じる。ぼんやりとした光がクラウディアの周囲に集まり、それからその光が薄れて消えた。これで許可が貰えた、という状態だ。
では――先に造船所で目録を確認してくれているアルバートやビオラ、ドロレス達と合流するとしよう。
「まずは島に転移して、異常がないかを確認。物資転送の為の陣を描いて集積所を造ってから、島の模型に沿って魔法建築……っていう流れになるかな。だからまずは、最初の転送陣と物資集積所に必要な物だけ持っていけばいい」
「お任せを」
と、造船所でみんなと合流して、転移してからの手順を説明すると、ピエトロの分身やアピラシアの働き蜂達が必要な荷物を持ってくれる。
島は鳥の営巣地などもあって活用できない場所もあるのだが、それならそれで使える部分を有効利用したり島を拡張したりすればいい。ドロレスの意見も反映させて中継地としての利便性を向上させているので、完成すれば結構なものになるだろう。
「では、行きましょうか」
クラウディアが言う。そうしてみんなで一ヶ所に固まり、レビテーションをかけて転移に備える。クラウディアの足元からマジックサークルが展開して光が俺達を包んだ。
それが収まると――俺達の姿はいつぞやの南海の孤島の――上空に移動していた。以前来た時は島の中央に祠を作ったが、その周りは原生林なので上空に転移したわけだ。
久しぶりに訪れた場所だが……ティールにとっては迷子になっていた頃に生活拠点にしていた場所であり、俺と最初に出会った場所の近くでもあるので思い入れがあるのだろう。上空から島を見て、嬉しそうに声を上げる。
「ん。ティール、嬉しそう」
うんうんと頷くシーラに、ぽんぽんとティールの肩を叩くコルリス。
「この場所も久しぶりだもんな」
「ティールさんがここに来たお陰で、私も見つけて頂けたわけですね」
俺の言葉に、エレナもにこにこしながらティールの背中を撫でる。ティールはフリッパーを上下に動かして……大分テンションが上がっているようだ。そんなティールにみんなも微笑ましそうな様子である。
「綺麗な海と島ですね。大分暖かいようですが……」
「かなり南にある場所ですからね。星空もすごく綺麗なんですよ」
ドロレスが周囲を見回して言うと、アシュレイが答える。ああ。皆で星空を見上げたりもしたっけな。マルレーンが嬉しそうにこくこくと頷いていた。
「確かに。綺麗な場所ですから、冬場にはいいかも知れませんね」
グレイスがそう言って微笑む。ああ。南国リゾート的な使い方か。
「それも有りかも知れないね。結界も張って対策をしてあるから大波の心配もないし」
水上コテージ……などというのも楽しいかも知れない。用意した物資は余裕を見ているし、木材等は島の資源も利用する予定なので、その辺りでコテージを造る余剰物資を捻出できるだろう。
「集積所は――北の海岸に造ればいいかな。あの辺が開けている」
「わたくし達は異常がないかを確認してくるわ」
「そうね。前も島のあちこちを見て回ったし」
「なら、私は二人の探索中の警戒役に回る」
「じゃあ、私は集積所周りの警戒をするわね」
ローズマリーとステファニアはイグニス、コルリスと共に島の調査に向かう、と。
シーラはローズマリー達の周囲を警戒。イルムヒルトは俺達の周辺を警戒、というわけだ。
「分かった。前に来た時は魔物もいなかったけど、気を付けてね。バロールをそっちに付けるよ」
「ええ。助かるわ」
「行ってくるわね」
そう言って――島の北東側へと飛んでいった。時計周りに調査して集積所で合流する、というわけだな。
残った面子は砂浜に移動し、ある程度開けていて波のかからない場所を見繕って、みんなで手分けして転送の陣を描く。
迷宮の石碑と同じ、転界石を利用した資材転送の方法だ。この為にクラウディアの守護する土地にしたり、ティエーラに許可を貰ったりと、色々下準備をしてきたわけである。
通信機でタームウィルズに連絡を入れると七家の長老達が返事をくれて……そうして転送陣に物資が送られてくる。木材、石材、珪砂に魔石、魔石の粉。ミスリル銀線……。何回かに分けて物資を転送してもらって、それらを受け取っていく。
「よし。それじゃあ探索班が戻ってきたら魔法建築に移ろうか」
船着き場と整備用ドック、船員の宿泊施設、医療施設、灯台に転移門と――造るべきものは色々ある。島の近くに暗礁もあるが、その辺は魚の棲家になっているので手を加えず、ビーコンと連動する魔道具に位置登録をして、避けられるように設定しておけば大丈夫だろう。島の改造計画やビーコン受信側の魔道具の仕様がはっきりしたので暗礁などには手を加えなくても大丈夫になった。
「戻ったわ。恐らくだけれど、異常はないわね」
「暖かい場所だからかしらね。生き物達も前に来た時のままだわ」
と、調査班のみんなも島を時計周りに一周して西側から戻ってくる。
「よし。それじゃ、島の改造を始めていこうか」
これに関しては以前ドリスコル公爵領で月光島を貿易拠点にする為に島の改造をしているので、ある程度ノウハウがある。森を拓いての魔法建築という意味では魔力送信塔を造った時もそうか。
「起きろ」
と、クリエイトゴーレムによって原生林をウッドゴーレムにする事で道を切り開き、クレイゴーレムを作り出して地面を平らに均し、ストーンゴーレムに変えて石材を増やす。
根っこを足のようにして後をついてくるウッドゴーレムは中々愛嬌があるというかシュールというか。俺としては迷宮の宵闇の森を連想する光景ではあるかな。
島の模型に従いあちこちでゴーレムを作って行列を引き連れて……建物を建てる場所を開けた場所に造り替え、幾つかの木を合成して大木にしてからツリーハウスに変えていく。
「遊覧船と言い、今回のゴーレムの行列や木の家といい……凄いですね……」
作業風景を見て目を丸くしているドロレスである。
「巨木を利用した家造りは――母がガートナー伯爵領に建てた家を参考にしていますよ。フローリアも母の建てた家から顕現した精霊ですね」
「なるほど……」
と、ドロレスは真剣な表情で頷いていた。
「砂浜から続く道とか――出来上がった家には、もう手を加えちゃって大丈夫かな?」
「うん。よろしく頼む」
というわけで、道や木の家に、照明やら水生成の魔道具やらをアルバート達が設置していってくれる。ペトラやドロレス、タルコットやシンディーもこうした魔道具の敷設ができるので、大分作業効率も良い。
宿泊用設備、医療用設備が整ったら、次は船着き場や整備用ドック、灯台といった施設を造っていくとしよう。