番外600 湖上都市遊覧
フォレスタニア居城の船着き場にて、早速木魔法で遊覧船を造る。
三階部分に相当する屋上がテラスになった船で……操舵室等がないので見かけ以上に広々として、外の様子も見やすい構造だ。
船内はいくつかのテーブルが配置されていて、船でありながら宴会場っぽい雰囲気である。一階部分、二階部分前面の壁は取っ払われており、船首側にあるデッキでの出し物を直接見る事が可能な他、ハイダーと水晶板モニターを組み込んであり、一階、二階、屋上との間で相互に様子を見たり、会話もできるという仕様だ。
ウィズと共に船の安定性、安全性を確かめ、ゴーレムメダルをかなりの枚数組み込んで、幾つかの術式を覚えさせれば――船頭いらずの即席ゴーレム船の完成である。
両側面にある水車型のゴーレムが回転する事でゆったりとした速度で推進するという……要するに外輪遊覧船だな。
宴会に間に合わせる形で造った船なので設備も簡素ではあるが――まあ、船内泊は考えていないし、湖以外で使う事も想定していないので機能的には問題あるまい。照明やトイレ等、最低限が揃っていればいい。
普通は魔道具を組み込むような部分もメダルに術式を組み込んで、照明専用のゴーレムなどを船内に配置するという方式だ。即席の船なので割と――というかかなり無駄の多い作りだ。ゴーレムを単一の機能のみにして魔道具代わりにしているのだから、はっきり言えば勿体ない使い方をしている。
とはいえ、宴が終わったらメダルも回収して術式もまっさらにするので、そうした無駄も一時的なものではあるのだが。
「テオ、食事の用意はできました」
グレイスとセシリアが船着き場に顔を出して教えてくれる。
「ああ。ありがとう。船も――大体完成したかな。後は少し体裁を整えてやればいい」
俺が遊覧船を造っている間、グレイス達にはセシリア達と共に食事の用意をしてもらっていたのだ。
船の方は――後は船内の食卓にテーブルクロスをかけたりすれば、大丈夫だろう。窓や照明部分を除いてほとんどを木材で造っているが、部分ごとに木魔法で色や質感を変えつつ、フォレスタニアの居城に合うような装飾を施している。現状でもそこそこ見られるものだと思うからな。
「これが即席とは――」
と、遊覧船を見たドロレスが驚きを露わにしていた。
「湖を遊覧する目的に合わせた作りなので、性能や設備は大した事がありませんよ。装飾にしても城の建築様式に合わせただけで、あまり工夫はしていませんし。ほとんどは木材の色と質感を変えているだけです」
「テオドール殿にしてみると――魔法建築の延長上、というところですかな」
「そうなるね。外輪を使っているのも……魔物に対しては無防備だし。まあ、ゴーレムだから安全性は高いよ。生き物が回転部分に巻き込まれそうになったら、ゴーレムの判断で回転を停止させられる」
ウィンベルグの言葉に笑みを浮かべて答えると、ドロレスも「なるほど」と船を観察しながら頷いていた。安全性、安定性は確保しているが、製造過程としては模型の延長のようなところがある。
外輪式というのも魔物や海賊の攻撃を想定した場合、推進機関という弱点が丸出しになっているので、外で運用するのは向いていないだろう。
「けれど、フォレスタニアの湖を遊覧するだけなら良い作りね」
「街に置いて、観光に使うのも良いかも知れないわね」
イルムヒルトとステファニアがそう言って頷き合う。ふむ。これで好評ならメダルゴーレムで代替していた部分をしっかり魔道具で作り、料金を取って湖の遊覧……というのも悪くないかも知れないな。
そんな話をしながら宴会に参加する皆で船に乗り込む。リンドブルムやコルリスといった身体の大きな面々は屋上のテラス部分に乗る。遊覧船は俺達いつもの面々に加えて、祝いに来ているネレイド族や深みの魚人族も乗り込める大きさだ。
食事はもう、各人のテーブルの上に配膳されている。白米、味噌汁、魚介類の天ぷら、刺身……。結構和風に寄っているが、刺身等はヴィアムスの口に合うか見ておきたいというのもあって、こうした献立になったわけだ。
「それじゃあ、行こうか」
声を掛けると外輪ゴーレムがこちらの指示に反応してゆっくりと動き出す。
「いやあ、私好みな推進方式ですね。安全な場所であれば風情があって素晴らしいと思います……!」
と、外輪式を気に入ったらしいコマチである。うむ。
時刻はもう夕方を回っていて――フォレスタニアの外周部分に映し出された景色も夕焼けだ。城や橋、入り口の塔。陸上の街や湖底の街にも明かりが灯り始め、船の明かりも湖面に反射して、段々と幻想的な雰囲気になっていく。
「ああ。綺麗だね」
「本当……」
と、ヘルフリート王子とカティアも外の景色を見て笑顔になっていた。
宴の始まりを宣言するために、アルバートと共に船首にあるデッキに移動すると皆から拍手が起こる。食事はもう運ばれているので、冷めないように口上は早めに済ませるのが良いだろうとアルバートと示し合わせている。拍手が収まるのを待ってからまずは俺から口を開く。
「ありがとうございます。皆さんも知っての通り、ブライトウェルト工房で進めていた、幾つかの仕事が完了しました。ネレイド族や深みの魚人族の皆さんとの約束、ヴァルロス、ベリスティオの両名と交わした約束を守る目途が立ち、僕としても安堵し、喜ばしく思っております」
「工房でも新しい仲間――ペトラ嬢やドロレス嬢を迎えて、ますます体制が盤石になってきました。ブライトウェルト工房の主として、お二方を歓迎します」
アルバートと共にそう言うと、再び拍手が起きる。それが収まるのを待って言葉を続ける。
「お二方の歓迎と共に――ウィンベルグの新たな門出と、ヴィアムスの誕生を祝して、今日のこの席を設けました。内々でのささやかな宴席ではありますが、楽しんでいって頂けたら、僕達としても嬉しく思います」
そうしてアルバートと共に杯を掲げると、みんなもそれに応じる。
「新たな仲間との門出に!」
「新たな仲間との門出に!」
乾杯の音頭を取るとみんなも声を揃えて応じた。拍手を受けながら俺達が船首から席に戻ると、ゴーレム楽団が船首にやってきて食事の席と夜景に合うような――明るく優雅な曲の演奏を始める。遊覧船もゆっくりと街の明かりを映した湖面を進んで行く。
鏡のような湖面に映る光、湖底に揺らぐ光。夜の闇にライトアップされたフォレスタニア城。――何とも幻想的な雰囲気だ。
「いや、何とも贅沢だね」
「綺麗な夜景に美味しい食事に、楽しい音楽。良いものですわね」
と、アルバートとオフィーリアが顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「これが味覚か……。何と複雑な……」
「ん。これはこの醤油を軽くつけて食べる。美味」
「おお……。これは素晴らしい」
と、シーラのレクチャーを受けて刺身を口にしたヴィアムスが、天を仰いでいた。味覚を深みの魚人族に近付けたからな。ヴィアムスはやはり魚介類が好みのようで。
魔光水脈で獲れた食材の数々を料理として饗したが、サクサクとした天ぷらの食感も良いし、刺身もネタが新鮮で実に美味である。みんなの反応も上々だ。
「うむ。やはり皆で賑やかな食事というのは良いものだな」
「ふふ、めでたい席だと思うと食も進みます」
と、テスディロスの言葉にウィンベルグが笑顔で頷いていた。
俺達が乗っているのを認めたらしい人魚や魚人達、遊びに来ていたマギアペンギンといった面々が湖面から顔を出してこちらに向かって手を振ってくれる。屋上のテラスから、コルリスやティールも手を振って応じていた。屋上にはコルリス達と一緒にシャルロッテもいたりするが。腕にすねこすりのオボロを抱いて上機嫌な様子である。
遊びに来ていたラスノーテも宴席に誘ったので、水竜夫婦共々人化の術を使って船に乗っている。その為、湖面から水竜が顔を出すという事はなかったが、マギアペンギン達が楽しそうに船を追いかけてきて、賑やかな雰囲気だ。
食事も一段落するとイルムヒルトやクラウディア、シーラも演奏に加わり、澄んだ歌声が湖面に広がっていく。そんな風にして、宴の時間はのんびりと過ぎていくのであった。