番外599 魔法生物への願い
諸々の動作テストを行い、魔法生物本体の最も防御の厚い部分――胸郭内部に魔石と瞳を収める。
瞳を守るのは封印術の施された箱だ。契約魔法を用いて、深みの魚人族との間で取り交わした条件が満たされている時にのみ箱の封印術を解く事ができる仕様で……その条件は時代時代に応じて深みの魚人族との間で調整したものを反映できる。
但し、現状では深みの魚人族がなるべく瞳に頼らないようにしようと決意しているので、余程の事が無い限りこの封印が解かれる事はあるまい。
そうして駆けつけた深みの魚人族と魔法生物組が見守る中、瞳と魔石とを骨格、筋肉、外部装甲で守るように閉じていく。最後に胸部装甲前面を装着して固定する。
「よし。起動させて大丈夫だよ」
そう声を掛けると魔石から魔力が供給されて、それまで壁に固定されて直立不動であった魔法生物の手足がピクリと動く。目に緑色の光が走り、外装に魔力の動きを示す波紋が僅かに広がる。身体の隅々へと魔石から魔力が供給されている証拠だ。
そうして――魔法生物はみんなの見守る中で、一歩前に踏み出したのであった。
「……おお。何というか……不思議な感覚だ」
そうして発した言葉に、みんなから拍手が起こる。それに応じるように魔法生物の額にある緑の宝石が明滅する。
瞳を意識したデザインで、分類するなら飾りではあるのだが、核と同様のパターンで明滅する仕組みだ。本体は表情を作れないが、額の宝石を見れば感情の動きも分かるというわけだな。
「初めましてではないから……誕生日おめでとうって言った方が良いのかな」
「誕生日か。確かに、そうなのかも知れない」
頷く魔法生物。
「お誕生日、おめでとうございます」
「ん。おめでとう」
「これから……よろしくお願いする」
「ありがとう。とても、嬉しい。こちらこそ、今後ともよろしく頼む」
と、みんなから祝福や歓迎の言葉をかけられて、魔法生物は額の宝石を明滅させて丁寧にお礼の言葉を口にしていた。
「感覚は正常に機能しているかしら?」
ローズマリーに声を掛けられ、手を握ったり開いたり、あちこち見回したり、軽く跳躍したりと、自身の感覚、四肢の動き、それに魔力の制御に至るまで、色々と確かめていたようだが魔法生物はやがて頷いた。
「大丈夫、のようだ」
「何か問題があったらすぐに言ってね」
「かたじけない」
アルバートがそんな反応ににっこりと笑って応じる。
それから俺の方に視線を向けてきた。
「ああ。名前を付けるって約束してたからね」
俺がそう答えると頷いて応じる魔法生物。こちらをじっと見つめて、次の言葉を待っている様子だ。騎士の姿をしているけれど、子供のようにも感じられて中々に微笑ましい。
「ヴィアムス――っていうのはどうかな。共に生きよう、っていう意味を持つ言葉のもじりでね」
瞳を守る役割を持って生まれたけれど、だからと言ってただ役割に従うだけではなく、俺達や深みの魚人族と、友人や家族として共にいられるようにと……そんな意味を込めた。大事な物を守る為ではあるが、戦いは目的ではない。
瞳を守るのは深みの魚人族が平穏に生きるためで。その隣で友人としているのなら、ヴィアムスもその輪の中で穏やかな生活を送って欲しいと思うのだ。
「ヴィアムス……共に生きよう、か……」
名前の由来と、そこに込めた意味を説明すると、名前とその意味を反芻した魔法生物――ヴィアムスは大切な物を受け取った、というように胸の前あたりに手をやると、それを握るようにして力強く頷く。額の宝石も強い光を放っていた。どうやら、気に入って貰えたようだ。
「いい名前ですね」
アシュレイが笑みを浮かべると、マルレーンもにこにこしながら頷く。
「ああ……。良い名だ。マスターの気持ちは受け取った。」
と、ヴィアムスが頷く。
「改めてよろしくお願いしますぞ、ヴィアムス殿」
「こちらこそ、レンフォス殿」
レンフォスがそう言って握手を求め、ヴィアムスは大柄な身体を静かに動かして、丁寧にそれに応じる。
そうしてヴィアムスは深みの魚人族や魔法生物組だけでなく、みんなとも握手を交わしていた。
動物組も――コルリスの爪やティールのフリッパーとしっかり握手をして、お手をするように差し出したラヴィーネの前足とも手を繋いで軽く振る。
「ああ……。これは何というか、嬉しいものだな」
「我の時も……そうだったな。こうして皆と共にいられるのは、嬉しい」
マクスウェルも核を明滅させて言う。ヴィアムスも額の宝石を光らせて嬉しそうな様子であった。そんな様子にみんなの表情も緩む。
「よーし。こっちの身体も起動させられますよ!」
「頑張りました……!」
ビオラとコマチが嬉しそうに言う。どうやら日常生活用のスレイブユニットも組み上がったようだ。というわけで、早速そちらの起動テストも行う。
本体は長椅子に座ってもらい、スレイブユニットを起動させる。
「おお……。アルクス殿とお揃いだな」
「そうですね。中々この身体も良いものですよ」
と、宙に浮かんだヴィアムスのスレイブユニットが声を漏らすとアルクスも笑顔で答える。アルクスのスレイブユニットと同様、兜のバイザーから覗く目の形で感情が分かる他、額の宝石の明滅も本体の感情に連動している。本体を召喚できる、というのも同様だ。
「こっちの身体は味覚もあって、食事でも多少の魔力補給もできるのよ」
「なるほど……。それは楽しみだ」
ステファニアの説明にヴィアムスは真剣な様子で耳を傾けている様子であった。味覚のデータ取りも深みの魚人族に合わせてある。深みの魚人族の食生活が、ヴィアムスと合うように、という調整だな。
「本体や日常生活用の身体の作り方といい、境界公のお考えといい……素晴らしいものですね」
「私もそう思います。ここで働ける機会を得られたことを誇らしく思います」
ドロレスが言うと、ペトラも微笑んで頷く。
「ヴィアムス殿には魔力補給も必要になりますか?」
「そうだね。日常生活用の身体については食事での補給の他にも、魔力補給が必要になるかな。本体については、休眠している状態なら環境魔力を取り込んで状態維持できるようになっているけど、ある程度長期間活動している状態だと、やっぱり補給も必要になってくる」
ブロウスの質問に、魔力補給についての注意事項を説明しておく。
日常の動作テストが終わったら、戦闘訓練等もしておいた方が良いかも知れない。
まあ、工房の中庭よりはフォレスタニアの城であるとか迷宮内部であるとか、一般の目につかない場所で行う方が望ましいな。
さて。時計の完成、ウィンベルグの魔人化解除、ヴィアムスの本体とスレイブユニットの起動と……グロウフォニカより帰ってきてからの工房の仕事は順調だ。
航路開拓の為の仕事。劇場の改造、魔界探索の準備。それから――俺のすべき事として並行世界への干渉といった仕事は残っているが、ヘルフリート王子の時計とヴィアムスに関する仕事が一段落したので、一先ずネレイド族と深みの魚人族との約束は完遂したという事になる。
ウィンベルグの魔人化解除とヴィアムスの起動については喜ばしい出来事であるし、それにペトラやドロレスの工房への加入もめでたい事である。
というわけでネレイド族や深みの魚人族、それに工房のメンバーと共に、祝いと歓迎の席を設けようという話が持ち上がった。
場所はフォレスタニアで、という事で話も纏まる。
内輪の面々が多いのであまり派手な宴ではないけれど。ふむ。フォレスタニアの湖に船を浮かべて、船上での宴というのも趣があって楽しいかも知れないな。木魔法で遊覧船を構築してみるとしよう。