番外597 魔人達のこれからは
「素晴らしい儀式であった」
「おめでとう。此度の事が上手くいって安堵しています」
エベルバート王とオーレリア女王がそう言って拍手を送ってくれる。シルヴァトリアも月の民も……魔人とは縁が深いからな。
特にエベルバート王は、こうした儀式を通じてベリスティオの意識と接触があったわけだし。
「次の封印の巫女として……お勤めを果たせて安心しました」
「私もです。これで……先祖も喜んでくれるかと」
と、シャルロッテとフォルセトも無事に儀式が終わって、喜びを噛み締めている様子であった。
「良い結果が出たようで何よりだ。テオドールの力になりたいというオルディアの選択を尊重するが……そうさな。重ねてよく仕えるように、などとはわざわざ言葉にする必要もあるまいな。儂としては安心した、というのが本音だ」
と、イグナード王が言う。
「イグ……いえ、お父様。はい。本当の意味で安心して頂くのはもう少し先になりそうですが……わがままを許して頂いて、嬉しく思っています」
「本当に良かったです。オルディア姉さん……」
イグナード様と言おうとしてしまい、少しはにかんでお父様と言い直すオルディアと、目を潤ませてオルディアに寄り添うレギーナである。そんな二人の様子に、イグナード王は眩しい物を見るように目を細め、イングウェイは静かに頷いていた。
レギーナもオルディアの……魔人の力によって火事で危なかったところを助けられたという経緯があるからな。元々魔人であるとか関係なくオルディアの能力に良い印象は抱いているだけに、今回の事は尚更嬉しいようで。
ともあれ、イグナード王とオルディア、レギーナもますます絆が深まっているようで何よりだ。
そうして列席してくれた皆は俺やウィンベルグにおめでとうと言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます。前例のない事なので予後に関してはもう少し慎重に見ていきたいとは思っていますが……魔人化の解除ができた事は僕も嬉しく思っています」
「このように温かく祝福して頂けるとは……言葉もありません。ありがとうございます」
俺とウィンベルグの言葉にみんなも嬉しそうな様子で微笑んでいる。
「予後に問題が出ないようであれば、我らも魔人化の解除については喧伝するべきなのであろうな」
「より多くの者達に情報が伝われば……魔人の中にもテオドールを頼る者も出てくる、か」
レアンドル王の言葉に、ファリード王が顎に手をやって言った。
そうだな……。西も東も平穏が続いて結束も強いとなれば魔人達も負の感情を得られず餓えてしまうだろうし。
そこで魔人化の解除ができると知っていれば、また話も変わってくる。ラストガーディアンについては伏せるとしても、ヴァルロスやベリスティオの約束と合わせて広めていくのが……向こうに信用してもらう意味でも良いのかも知れない。
「我が国としても、魔人が頼ってきた場合を想定し、お互いに安全に受け入れられる態勢を整えておく必要がありましょう」
「うむ。それについてもテオドールと相談して進める必要があろうな」
ジョサイア王子が提案するとメルヴィン王が首肯する。
確かに、その点は対応を考える必要がある。魔人と他の種族とは、その性質やこれまでの経緯もあって調整が難しいところがあるのは事実だが……そこでもこちらを頼るという選択をしてくれる魔人に関しては、自身の種族の性質や暮らしに対して思うところがあるか、或いは手を取り合うことのできる性格や考え方をしている、と思うのだ。
「頼ってきた場合に信用してもらう必要があるならば、俺もできる事をしよう」
「私もです。覚醒に至っている魔人は……テスディロスさんのお話では本当に少ないようですので」
テスディロスとオルディアが真剣な表情で言った。魔人の性質を考えると、そう言った助力も心強い。
ともあれ、今はウィンベルグの体調管理、経過観察について注力する、という事で話は纏まった。列席した王達も本当に今回は儀式目的であったので、ウィンベルグの予後に俺が対応する事も考えて、長居はしない、ということにはなっていたが。
まあ……それでも祝福してくれたのは嬉しいし、みんなでフォレスタニアの城に移動し、少し腰を落ち着けて貰って、その席でウィンベルグの体についてあれこれ見てみるとしよう。
フォレスタニアの居城にあるサロンにみんなで移動する。そこで茶を飲みながらウィンベルグの体調や魔力反応を見ていく事にしたわけだが……ふむ。
「魔人化が解除された事による高揚があるのかも知れませんな。体調はすこぶる好調に感じますが、そうした気分的な物を差し引かないと客観的な判断が出来ないかも知れません」
と、ウィンベルグ。儀式から少し間を置いたので見た目は落ち着いたように見える。ウィンベルグの性格は元々落ち着いているので分かりにくくもあるが、内心では今の状況を大分喜んでいるという事か。
「魔力は……かなりのものね。魔人化が解除された場合の、力の増減への影響は、やってみないと分からないところがある、だったかしら」
ローズマリーがウィンベルグを見て少し思案するように言う。
「ああ。その辺は……個々人の差によるところが大きくて、何とも言えないところがあったけれど」
当人の心境がこの状況を受け入れているなら、呪いから解放されてもパワーダウンは小さく収まるだろうというのが迷宮核の予想である。その分、精霊に近い月の民としての性質が底上げをするからだ。
解放されたと取るか、力を失ったと思うか。
当人の内心に関わる問題なのであまり多くは言及すべきではないが……少なくともウィンベルグはヴァルロスとの約束もあって、この変化を喜ばしく思っているのだろう。
「前ほど自由自在にとはいきませんが、飛行術……それに瘴気弾や瘴気剣も同じような使い方で……ある程度の事はできるようですな。解呪されたと言っても力の扱い方まで忘れたわけではありません故」
ウィンベルグは少しだけ床から浮かび上がり、手の中に魔力を硬質化させた短刀を形成させる。それから納得いった、というように短刀を掻き消して頷いていた。
「生命反応と魔力反応は――異常なさそうだ」
「ああ。それは良かったです」
俺の言葉にアシュレイが微笑み、マルレーンもにこにこしながら頷いた。
ウィンベルグはこうして力を引き出しているが、そこに感じられるのはあくまでも清浄な魔力だ。月の民は元々平均的に魔力が高い傾向にあるが、ウィンベルグのそれは月の武官達と比べても見劣りするものではあるまい。
「ウィンベルグには、今日明日……そうだな。片眼鏡を装備させたバロールを付けておこうかな。それなら生命反応や魔力反応に変化があれば、見逃さずにいられる。定期的に循環錬気も使って体調も見ておこう」
「ん。それなら安心」
「ふふ。バロール、結構似合うわ」
というわけで一時的な措置としてバロールに片眼鏡を装備させておく事にする。シーラもうんうんと頷き、片眼鏡を装着したバロールをイルムヒルトは軽く撫でたりしていた。
片眼鏡は土魔法で作った部品で固定している。バロールは付け心地を確かめるように目蓋を一回閉じて頷くような仕草を見せてから、飛び立ち、ウィンベルグの肩にとまった。
「しかしそうなると……覚醒した際の固有能力もでしょうか?」
「残る可能性は高いわね」
グレイスが首を傾げると、ステファニアが答える。
固有能力が魔人化していなくても使えるのは、俺が実証しているしな。
その他にも……魔力を弾丸にしてそのまま飛ばしたり、魔力を硬質化させて武器や防具に変えるといった術は、俺も使える。
高位魔人の能力を引き出すのは相当魔力を練り上げないといけないので燃費は良くないけれど、それも本人であればその術を使うための性質に特化しているので話は変わってくる、かも知れない。
但し――当然瘴気としての性質はなくなる。
呪いの解除で魔力の総量の減少が最小限に抑えられるとしても、肉体を蝕み、通常の魔力に反発するような性質も失われる分、純粋な戦闘能力が下がるのは否めない。
そうした事を説明すると、テスディロスは真剣な表情で耳を傾けていたが、やがて納得したというように口を開く。
「そうなるとやはり……俺はもう暫くこのままで良いかも知れないな。解呪は喜ばしい事だし、いずれとは思うが、燃費や使い勝手が変わってしまっては、いざという時に困る。それに……封印術でも十分に色々な事を満喫させてもらっているからな」
そう言って笑うテスディロス。確かに……ちょっとした感覚の違いであるとか、攻撃を当てた際のダメージの見込みに齟齬が出てくる、というのは……戦士にとっては結構大きな問題ではあるか。そのあたりの感覚の違いを修正するのも結構時間がかかる。
オルディアも穏やかな笑顔でテスディロスに同意する。
「私も、です。魔人達を受け入れるに当たって、私の能力も役立つ場面があるかと思いますし」
「二人の気持ちは分かったよ。でも、気が変わったら何時でも言ってくれて構わないからね。後は――そうだな。いずれって言うのも何だから、何かしら納得できる区切りを決めておくのも良いかも知れない」
「そうだな。確かに」
「はい。それについては考えておきます」
と、俺の言葉にテスディロスとオルディアは笑顔で頷くのであった。