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番外594 王子の時計

 そうして――執務をこなす傍らでみんなと相談を重ね、手配した素材が届くのに合わせて作業や研究を進める。

 ヴェルドガル国内や各国の知り合いが手配した品を持ってきてくれて……フォレスタニアの居城や温泉で歓待したりといった日々を重ねる。

 季節も緩やかに過ぎていき、涼しく感じる日も次第に増えて――秋の気配が強まっていく。


 そんな日々の中でフォレスタニアとシルン伯爵領の視察を済ませて工房へと向かうと、到着するなり挨拶もそこそこにビオラ達が嬉しそうな表情で俺達を迎えてくれた。


「いやあ、ようやくできましたよ!」


 と、喜色満面といった様子のビオラ。エルハーム姫とコマチ、途中から開発に加わっていたドロレスも同様に笑顔であった。

 それを見やって、労いと祝福の言葉を口にするアルバートとオフィーリア。それから工房の面々。

 ヘルフリート王子とカティアだけでなく、完成が近いと聞いていた迷宮商会の店主、ミリアムも工房を訪問してきている。


「精度が重要な物だったから……かなり無理を言ったような気もするな。いや、ありがとう。ネレイド族との約束を守るのに、納得のいくだけの仕上がりになっていると思う」


 と、俺からもビオラ達に礼を言う。


「これだけの品ですからね。職人の端くれとして誇らしくもありますよ」

「全くです。目的も背景も素晴らしいものなので、関われる事ができて無上の喜びと申しますか……!」


 微笑むエルハーム姫と、拳を握りしめて天を仰ぐコマチである。何ができたかというと……ヘルフリート王子に渡すための機械式時計だ。


「おめでとうございます」

「ふふ、おめでとう」

「ありがとうございます!」


 と、グレイスやステファニアも笑顔で言い、ビオラ達も嬉しそうに応じる。


「本当、細工もすごいな。テオドール公が来てから蓋を開けようと思って、まだ動いているところは見ていないんだけど」

「サンダリオ卿とドルシアの意匠も……素敵だわ」


 ヘルフリート王子が言うと、カティアもにっこりとした笑みを浮かべる。

 そう。ヘルフリート王子が大事そうに持つそれは、チェーンから本体に至るまでミスリルを使って作られた懐中時計だ。内部に魔石やらも組み込まれていてれっきとした魔道具である。


 職人組としても内部構造が繊細なだけに外側にも拘ったようで……蓋には騎士とネレイド――サンダリオとドルシアの意匠や細かな装飾が施してあったり、背面にも小さく迷宮商会のロゴが入っていたりと、かなりの気合の入れようだ。


 ディテールに拘る職人達にサンダリオとドルシアの幻影を見せたりして意匠も似せている。


 海中でも使う事を想定して防水、耐水仕様。使用者から魔力を受け取って幻術を展開する。……見た目がコンパクトな時計の割に精密な内部構造と結構な術式とが詰め込まれた魔道具ではある。


「金銭に換算できるものでもありませんが、商人としては外見だけでも美術品としての価値を見出してしまいますね。ましてやミスリル銀で魔道具となると」


 ミリアムが顎に手をやって言う。確かにな。


「サンダリオ卿とドルシアさん、良く似ていますね」

「動いているところ見たいな!」

「……時計、格好いい……」


 シオン、マルセスカ、シグリッタもそんな風に言って、マルレーンとカルセドネ、シトリアも一緒になってこくこくと頷いていたりする。

 うん……。開発中に時計が動いている様子なら俺達も既に見ているが、完成品が動いているところというのはまた別というか。みんなの気持ちは分かる。


「この部分を押すと蓋が開きますよ」

「それじゃあ……」


 俺の言葉にヘルフリート王子は頷いて側面についたボタンを押して蓋を開いた。

 数瞬の間を置いて、覗き込んだみんなから「おおー……!」という歓声が漏れた。新顔である魔法生物の本体も浮遊しながら核を明滅させていたりして。魔法生物組だけでなく、動物組も興味深そうに動いている時計を見やる。

 小さな文字板に示される今日の日付。時を刻み続ける秒針。分針と時針。ルーンガルド初の機械式時計と考えると感慨深いものがあるな。


「凄いですね……。この時計は魔道具ですが……魔法無しでも同じ事ができるんですよね?」

「ああ。完全な機械式だと、折を見てゼンマイを巻かないといけないけどね」

「ん。それはそれで格好いい」


 アシュレイの言葉に頷くとシーラがそんな風に言っていた。暫くみんなで時計の動きを眺めていたが、やがてクラウディアが目を閉じ、頷いて言う。


「では、契約魔法を結んでしまいましょうか」


 そうだな。契約魔法でヘルフリート王子専用の品とする事で幻術を展開できるのは持ち主本人だけとなる。

 更に盗難防止策も講じておく必要がある。所有者であるヘルフリート王子やその伴侶であるカティアの許しなく触れたり持ち出したりすると、スタンガンのような電撃が走り、警告音が発せられるというわけだ。

 それを掻い潜って盗み出したとしても、物が物なので探知魔法で追えるようにもしてある。


 クラウディアがマジックサークルを展開。その中に時計を手にしたヘルフリート王子と手を繋いだカティアが入る。そうして諸々の契約の条件を読み上げ、二人が同意するとヘルフリート王子、カティアと時計との間に契約魔法が結ばれた。それに応じて時計の宿す魔力も増大する。


 時計という魔法に相性のいい魔道具にミスリル素材が使われ、美術品といっても通用する細かな装飾まで施されている。契約魔法で更に神秘性が高まり……保有している魔力が増幅されているのだろう。

 こうする事で幻術展開等に伴う魔力の運用効率が良くなる。副次的な効果が見込めるのも迷宮核のシミュレートで予想がついていたことではある。


「幻術を使ったり解いたりするにはヘルフリート王子が手にしてコマンドワードを発するだけでできます。魔力は随時持ち主から補給される形ですが、時計自体が神秘性を有しているので負担はかなり抑えられています」


 ヘルフリート王子とカティアに時計の使い方を説明していく。魔道具としての使い方と時計としての使い方。両方説明すると、二人は真剣な表情でそれに聞き入っていた。

 まあ、長いスパンでの時間経過と共に変化していく幻術なので当分の間は魔道具を発動してもヘルフリート王子の見た目に変化はないけれど。


「それと……これが一般用の設計図と、一部の部品精製に必要な術式よ」

「おお……。ありがとうございます。では、間違いなくお預かりしました。これは――ドワーフの職人達が見たら大喜びしそうですね」


 ローズマリーが一般用の時計の設計図と術式を書いた書類を渡すと、ミリアムは恐縮した様子で大事そうにそれを受け取り、目を通してにやりと笑う。

 一般用、というのは……魔道具部分がオミットされた、本当に純粋な機械式時計の設計図である、という事だ。


 一般に流通させるための時計を迷宮商会お抱えの職人達に作ってもらう必要がある。ヘルフリート王子用の魔道具は別枠として……純粋な機械式時計ができたら王家に献上することになるだろう。国内でのこれ以上ない宣伝にもなるな。


「というわけで、注力していた時計も一段落しましたからね。これで他のお仕事も進めていけますよ……!」


 コマチがそう言って微笑む。確かに、他にも色々進めていかなければならない仕事は多いからな。今日はパルテニアラとガブリエラが、ベシュメルクから工房に訪問してくる事になっているし。


「だけどまあ、あまり無理はしないようにね」


 俺がそう言うと職人の面々が「わかりました」と笑顔で頷く。まあ……無理をしているというよりも意欲が高い印象ではあるけれど、念のためにな。

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