番外591 魔法生物との対話に向けて
みんなと相談して色々な事の方針が定まったところで街を回り、必要な素材をあちこちから手配していく。
魔石や触媒、金属等々……迷宮産出で事足りるものは迷宮核の力を借りて調達する他、冒険者ギルドの在庫、市場に出回っている品、西区の工房や北区の商店で手配していく。
更にはヴェルドガル国内の各地の領主や同盟各国の王達に手配できないか打診するという手もある。通信機と転移門という環境もあって、素材や触媒が必要になったら大抵の場合は割と早く揃えられる、というわけだ。
アルバートやビオラ達は今現在、ヘルフリート王子の時計作りという事で魔石に術式を刻んだり内部構造を構築して精度を上げたりといった作業中だ。ヘルフリート王子の時計は大事な物なので工房としても注力しているが、俺の方は時計に関する仕事は終わってしまっているので別の仕事を進めさせてもらう。
魔法生物の核と対話し構築する、という作業は俺がしなければならない仕事である。というわけで、こちらは問題無く進められるので、あちこちに素材を手配するついでに、錬金術師のベアトリスに話を通してすぐに動けるよう準備を進めておいた。そうしてフォレスタニアの宝物庫からテンペスタス達の魔石と……魔法生物との対話に必要となるであろう瞳を持ち出す。
「ただいま。必要なものは手配してきたよ」
「おかえり、テオ君」
「おかえりなさい」
「おお、これはテオドール殿」
諸々手配と準備を終えて工房に戻ってきたところで声を掛けると、中庭にいる面々と、工房の窓辺にいた面々が笑顔で返事をしてくれる。
工房にはイングウェイやレギーナと共にキュテリアが姿を見せていた。キュテリアに関してはイングウェイ達と共に迷宮に潜る前に、空中戦装備にもう少し慣れておいた方が良いだろうというわけだ。
人化の術を解き、ヴァレンティナやペトラに魔道具を調整してもらって……その塩梅を工房の中庭で確かめているところらしい。
「どうかしら? きつくない?」
「ええと……うん。丁度良いし、動きの邪魔にもならない、と思うわ」
「動いている内に抜けたりしませんか?」
「ええと……。これなら……しない、と思う。墨の術で覆ったり、吸盤を使えば動いても安定しているし、魔道具に帯もついているから気を抜いていても抜けたりしない、かな」
ヴァレンティナとペトラに問われてキュテリアは結構な速度で手足を振り回したりして、ベルトでサイズ調整した魔道具が外れないか確かめている様子だ。
それから墨の獣を構築し、魔道具の上からキュテリアの足を覆い、その状態でもシールドの魔道具を使えるかを見ていく。
上腕に装着したレビテーションの魔道具と併用して、空中でシールドを蹴る――というか、墨の獣が頭突きをするようにして、その反動で右に左に跳ぶ。足の数が多いし、鞭のように柔軟性があるので、空中戦装備を活用した時の動きも慣れればかなり応用が利くのではないだろうか。
「動きに慣れたら小カボチャさん達と訓練をしようかと話をしていたところなのです」
と、オフィーリアが微笑むと、アルバートが頷く。
「でも、テオ君も戻ってきたから、ゴーレム相手でもいいかもね」
「そうなんだ。でも、ジェイク達とも迷宮に潜る事もあるだろうし、この際、訓練で動きを見ておくのも良いかもね。連係しやすくなる」
キュテリアとカボチャの魔法生物ジェイクと小カボチャ達……という。中々異色の取り合わせではあるが。
因みにジェイクに関しては俺達が西方への旅行で留守の間は、宝物庫を守って貰ったりしていたので、キュテリアとはこれが初対面だ。
ジェイクもコルリスと同じように迷宮に潜ってもらったりもしているので、イングウェイ達と共にパーティーを組んだりもできるだろう。
そんなわけでキュテリアとジェイクの制御する小カボチャ達とで、空中で追いかけっこというか鬼ごっこのような事を始める。空中戦装備に慣れると同時にジェイクの指揮する小カボチャ達の動きも見ておくというわけだ。
時間制限を設けて目標となる目印をつけた小カボチャを捕まえるという内容だ。他の小カボチャ達はそれを妨害するように動く。
捕まえられたら今度は攻守交代。墨の獣による妨害有りで、一定時間キュテリアの身体に触れられたりしなければキュテリア側の勝ち、というような内容である。
ややゲームのような方式だが、キュテリアは空を跳び回る内に笑顔が増えてきて――かなり楽しそうに訓練に熱中していた。
暫くすると段々動きも良くなって、展開したシールドを蹴るだけでなく、墨の獣で噛みついて身体をシールド側に引き寄せるというような動きも見せるようになる。
シールドを展開したら逆方向に跳ぶ、と思わせてからのフェイントだ。妨害する小カボチャを突破するのに使ったり、複数本の足の力を揃えて強烈な大跳躍を見せたり。小カボチャを指揮するジェイクもキュテリアの動きに対応できるように指揮したりと、中々にレベルが高い。
海の民は立体的な機動に慣れているところがあるが、キュテリアは見たところ運動神経や反射神経が良いようなので……将来有望だな、これは。
「これは――かなりの腕前なのでは?」
「迷宮探索でも期待できますな」
レギーナの言葉にイングウェイも感心したように頷く。
しっかりとした攻防を混ぜればそちらへの意識配分が増えるので、こうした追いかけっことは単純比較できないところがあるが、墨の獣を複数同時に操作できること、優れた再生能力等を考えれば、キュテリアの制圧能力や防御能力はかなりの物と言えるだろう。
「確かに、キュテリアさんは良い動きですね」
と、グレイスが笑みを浮かべる。
「そうだね。ただ……キュテリアの動きや性質を見ると、足と墨の獣による攻防だけじゃなくて、他の場所にも何かしらの魔道具を装備しておいた方が良いかも知れないな。再生能力が高いっていう事は、相手も上半身の急所を狙ってくるっていうことになるから、防御用のものが良いのかな」
防御能力は高いが……それを突破されてしまった場合の奥の手を用意しておくと安心だろう。そう言うとみんなは納得したように頷いた。
「反射呪法の防壁というのも良いかも知れませんね」
エレナがにっこりとした笑みを浮かべて言うと、カルセドネとシトリアも揃ってうんうんと頷く。
「ん。シールドがある事を意識させてから反射は面白い」
と、シーラもそんな風に言って首肯する。呪法に手を加えて普通のマジックシールドに見せかけるというのも面白そうだな。
そうしてキュテリアの訓練を見ながら補った方が良い部分についてみんなと話をしていると、先程店に顔を出して素材や触媒を手配した、錬金術師のベアトリスが工房に姿を現した。
先程まで店の方で調合をしていたので、手が空いたら手配した品々を揃えて持ってくると約束をしていたのだ。
「待たせたかしらぁ……?」
と、いつも通りやや気怠げなベアトリスである。
ドロレスやキュテリア。初対面の顔触れをベアトリスに紹介する。
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
「こちらこそよろしくねぇ……」
腕の良い錬金術師という俺からの紹介に、ドロレスは嬉しそうに挨拶をしていた。ベアトリスも造船技術を持つ魔術師という事でドロレスに興味を持ったようだ。スキュラも見るのは初めてだと、マイペースな調子ながらも二人と握手を交わしていた。
さてさて。では紹介も済んだところで魔法生物の自意識を構築する準備に入るとしよう。魔法生物の基本コンセプトはもう決まっているしな。まずは対話に集中するとしなければなるまい。