番外589 約束を守るために
――執務をこなし、領地を視察し、工房や造船所の仕事を行ったり、みんなとの約束を守る為にあれこれと計画を立てて仕事を進める。
フォレスタニアに戻ってきて待っていたのはそんな日常だ。
あまり仕事に追われるのもどうかと思うので、合間を見繕ってみんなと共に城や工房で寛いだりと……ある程度の余裕を持って過ごさせて貰っている。
ラスノーテとキュテリアが仲良くなり、マギアペンギンも遊びに来たりして、と……日々は割合平和なものだ。
そんな調子で、今日も今日とて工房で仕事を進める。
今日は――少し思うところがあったのでテスディロス、ウィンベルグ、オルディアの魔人達3人に工房に集まってもらった。
工房の一室にて、魔人としての力を解放した時、封印術を施した時、オルディアの能力で力を結晶化させた時……等、様々な状態のデータを取りながら魔人化の解除について調べていく。
「なるほど……。これなら何とかなるかも知れない」
「ほう。何か掴めましたか」
月女神の祝福を受けつつも循環錬気で体内魔力の変化を探っていた俺の言葉に、ウィンベルグは魔人化による変身を解除しながら興味深そうに尋ねてくる。
「結果から言うと――魔人化は、自分自身に強力な呪法を掛けている、ようなものだと思う」
「呪法、ですか」
エレナがその言葉に少し眉を顰める。
「ザナエルクと戦って高度な呪法に触れたり……自分自身でも呪法や解呪の術式を扱うようになったから見えてきた事ではあるんだけどね」
魔人化というのは、強力な呪法に良く似ている。
成立のプロセスからしてそうだ。最初に魔人化した『第一世代』の連中は世界の在り方を拒絶し、自身の無力を呪った者達だったから。
最初の一人であったイシュトルムもそうだし、ガルディニスら、自分に従う魔人達を率いた盟主ベリスティオもそう。最後に自らの力で変化したヴァルロスもそうだ。
それぞれ魔人化に至る動機と、その結末は違っていたけれど……世界を変えるという目的の為に確固たる意志を持ち、まずは自分自身から作り替えた。その点では共通している。
そうして変化によって生じるリスク――つまり歪みを自分自身で負ったのだ。
子々孫々にまで連なるような、種族の特性を決定づけてしまうほど強烈な呪いと歪み。
それらは月の民から変じた魔人達に瘴気と飛行術を与え、覚醒した魔人達には魔法とも特殊能力ともつかない、世界を歪めるような力を引き出させるに至る。
他者の負の感情を糧とするのは、元々月の民を束ねる王族が他者の感情を自らの力に上乗せしていたのと同じ特性に由来するものだ。呪いによって王族に近付くような強化が起こり、歪みによって精霊に対する邪精霊や悪魔のような、反自然、反精霊の性質を宿す変化が生じた。
「だから、解呪の術式を研究すれば……第二世代以降は何とかなる、と思う」
諸々、魔人化のプロセスを説明してからそう言うと、テスディロス達は顔を見合わせて「なるほど……」と声を漏らしていた。
「第二世代以降は、っていうのは?」
アルバートが首を傾げる。
「イシュトルム、ベリスティオ、ヴァルロスのように、自分自身の意思で変化した第一世代達は……解呪が難しいかも知れない。誓約魔法と並ぶ程の強固さで、自分自身の変化を肯定しているわけだから」
魔人化して得た能力にしてもそうだ。自らの力で沢山の者達を導こうとしたイシュトルム。そのイシュトルムに倣い、仲間達の魔人化を促す事で王国を作ろうとしたベリスティオ。そして世界を憂い、変革を齎せるだけの強い力を求めたヴァルロス。
彼らには自ら望んだような能力がそれぞれに発現している。元々精霊に近しい性質を持つと考えれば、何かしらに特化するのも道理ではあるが。
第二世代以降の者達も、考え方や生き方が覚醒した時の瘴気特性に反映されているような気もするが……目的の為の能力ではない分、第一世代程顕著ではないという印象がある。
だから第一世代に関しては、一時的に能力を封印したりする事は出来たとしても、根本的な魔人化の解除――解呪そのものが難しいだろうと予想される。そもそも彼らは信念に基づいて変化を望んだ者達で、呪いを呪いとは思っていない。
そうした諸々を説明すると、テスディロス達は納得するように目を閉じて頷いていた。
「後は……身体に影響を与えないように解呪する方法の研究開発かな。今まで集めた情報から術式や儀式の手順を確立させて……必要な素材や魔石があるならそれを揃える、と」
ウィズと迷宮核に手伝って貰えば……それらは形にできるだろう。
「儀式も構築できるものなのですか?」
オルディアが首を傾げる。
「基本的に儀式というのは術式と同じようなものよ。但し、単身で発動するには難しい規模だから儀式にするわけで……まあ、大魔法のようなものね」
と、クラウディアが言う。一般的な大魔法というのは……対フォルガロで氷の要塞を構築する時に用いたような手法だな。
「一般的な大魔法が大人数の術者を必要とするのに対して、儀式は触媒、祭壇、魔法陣……それでも足りないなら契約魔法を受けた血筋や立場の者を用意したりして、外部から力を借りたり底上げしたり、制御の一部を儀式手順の中に組み込んだりするわけね」
「それらの手順を明文化した物が儀式として後世に伝わっていく……という事になるわけだね。術式を別の形に変えるわけだから、魔道具に落とし込むのと、手順として儀式化するのと……まあ、似たようなものかも知れない」
ローズマリーとアルバートも補足するように言った。
例えばヴェルドガルやシルヴァトリアの国王、エレナやガブリエラ。もっと一般的なところでは神官達もそうだ。契約魔法を結んだ血筋や立場を以って儀式を発動する為に力を借りたり、制御や術式の働きそのものを契約魔法の中に組み込んだり……。
高度な術になればなるほどそうした手順も複雑化するので、新しい儀式等はそう簡単に構築できるものでもないけれど……まあ、こちらには迷宮核もあるからな。解呪の手順を儀式化する事についてはどうにかなるだろう。
「話を解呪のところまで戻すけど……ベリスティオはヴァルロスの想いや、俺との約束を信じてくれた。魔人達の特性――呪いの大本となったベリスティオが残された魔人達の平穏を望んでいるんだ。なら解呪もきっとできると……俺はそう思うよ。ベリスティオが望んだ以上、呪いはもう緩んでいる。みんなの力に触れて、そう感じた」
「ヴァルロス殿と……盟主ベリスティオ殿か」
テスディロスは彼らの想いに感じ入るように目を閉じる。ウィンベルグやオルディアもどこか遠くを見るような目をしていた。ウィンベルグもヴァルロスに敬意を払っていたしな。オルディアも、魔人の特性から限定的にとはいえ、解放されていた両親がいたわけだし。今の話には色々と思うところがあるのだろう。
少しの間を置いてテスディロスは目を開くと、俺を見据えて言った。
「だが、方法が確立しても、まだ暫くの間は魔人のままでいい、と思っている。俺自身が、テオドールの力になる事を望んでいる」
「私も……です。まだこの力で、手伝えることはあるはずですから」
オルディアも、自身の胸の辺りに手を当てそう言う。そんな二人の言葉に、グレイスも共感するところがあるのか目を閉じて、口を開く。
「お二人の気持ちは、分かる気がします。私も……今の私を誇りに思っていますから」
そう。そうだな。グレイスの場合はベシュメルクの騎士、メイナード=フラムスティードの気持ちに端を発しているわけだし。
と、思案していたウィンベルグが口を開く。
「しかし、我らの場合は――ヴァルロス殿や盟主殿との約束もあります。後世の事を考えれば魔人化を解除する方法は儀式として確立しておきたいものですな。ですから――そう。実験が必要ならば、私が協力致しましょう。テスディロス殿とオルディア殿……お二方に比べれば、覚醒に至っていない私は解呪されたとしても、戦力の減衰に大きくは響かないと思われますので」
「それは……俺から提案しておいてなんだが、負担をお前ばかりにかけてしまう、という事にならないか?」
ウィンベルグの言葉に、テスディロスが少し表情を曇らせる。
「ふっふ。そんな表情はなさらない事です、テスディロス殿。実はお二方を差し置いて先に解放されようとしているだけ、かも知れませんぞ? いずれ来る解放であるなら、ここは役割を分担して力を合わせるべきでしょう。適材適所というものです」
冗談めかして言うウィンベルグの言葉に、やや申し訳なさそうな様子だったテスディロスは、虚をつかれたというような表情を浮かべた後に苦笑した。そんな反応に、ウィンベルグはにやりとした笑みを浮かべる。
「ありがとう。でも実験や研究と言っても、負担をかけるつもりはないよ。万が一にも失敗したり副作用が出たりしないよう、きっちりと演算を重ねた上で術式を構築する」
ウィズや迷宮核の力を借りれば……きっと出来ると思う。
「よろしくお願いします」
と、ウィンベルグは俺に一礼するのであった。
よし……。それじゃあ、今まで得られたデータを基に、解呪術式の構築と準備だな。十分にシミュレーションを重ねて、確実性と安全性を確保しなければなるまい。
そうして魔人化解除の話が一旦一段落したところで、俺達は他の仕事についても工房の皆と相談を続けるのであった。