番外588 西方海洋諸国の行方を
「滞在中は賑やかで……そうだな。何時になく楽しかった。迷宮商会の品々も沢山見せてもらったし。また近い内に顔を見せに来たいものだ」
「是非。その時はまた歓迎します」
転移港にて、デメトリオ王と笑顔で言葉を交わす。迷宮商会では色々買ってもらったが……。うん。それからデメトリオ王はふと真剣な面持ちになる。
「此度の事は――過去の因縁や西方の国々も含めて世話になった。我が国は盟主という立場でしかないが、東方の同盟と西方海洋諸国、互いの繁栄と発展に尽力するつもりでいる。テオドール公には今後の……そういった事を見ていて貰えると余としては嬉しく思う」
「はい。今後の事は、僕も楽しみにしています」
「私も、盟主ではありませんが海洋諸国に名を連ねる国の女王として、海の平穏に力を尽くしたいと思います」
コンスタンザ女王も言った。
フォルガロが潰れた事でグロウフォニカとしてもガステルムとしても、西方海洋諸国間の調整が楽になるだろう。だからと言って自国の利ばかりを通したりするつもりもないと。そんな風に言ってくれた。だから見ていて欲しいというわけだ。
こちらを見据えるデメトリオ王、コンスタンザ女王と、それぞれしっかりと握手を交わす。
「私としては……そうですな。姪や甥の現状と今後が、幸せそうだと確認できただけでも良かったと申しますか。まあ、これから先も困ったことがあれば、縁戚や伯父として力になれることもあるでしょう」
バルフォア侯爵がそういって相好を崩すと、メルヴィン王と共に見送りに来ていたグラディス王妃は静かに一礼していた。グラディス王妃の立場としては動きにくいから、バルフォア侯爵のフットワークが軽いというのは有り難い話なのだろう。
「まあ……わたくしの場合は心配いらないけれど」
と、ローズマリーはそんな風に言って、目を閉じて羽扇で口元を隠していた。
ステファニアやマルレーン、バルフォア侯爵やグラディス王妃もそんな反応ににこにことしていたりするが。
言葉の意味を裏返すなら、俺の事を信頼してくれていると言う事でもあり……そうだな。今後もそうであり続けられるように頑張りたいところだ。
「僕は――僕の身一つというわけではありませんから、然るべき時には周囲の方に相談に乗って頂けたら嬉しく思います。その分、公私の分別だけはしっかりと付けたいと思いますが」
一方のヘルフリート王子は真剣な表情だ。そうだな。ネレイド族の秘密もあるから、それに関する事ならば相談事は望むところだ。公私の分別というのは、それ以外の事に関しては夫として頼りにしてもらえるよう頑張るとか……そういう決意表明でもあるのだろう。
「私も……ヘルフリートと一緒に頑張るからね」
「うん、カティア」
寄り添うカティアも微笑んで、ヘルフリート王子は少し照れながらも、はっきりと頷いていた。
「ふふ。勿論、私達も何時でも相談に乗りますよ」
「我らも右に同じく。我ら一族は沢山の方々に助けられましたからな。その御恩はお返ししていかなければなりますまい」
と、モルガンとレンフォスが言う。
「あ、ありがとうございます」
そんな言葉にヘルフリート王子は丁寧に一礼し、モルガンとレンフォスは和やかな表情で頷いていた。それから、モルガンとレンフォスが俺の方に向き直る。
「テオドール公には大変お世話になりました。祖霊達もこれで心安らかに過ごせるでしょう」
「いえ。フォルガロの一件が解決に向かったのも、ネレイドの皆さんとサンダリオ卿の絆があったからこそだと思います。僕は僕自身の生き方故に行動しましたが、結果的にああした場に居合わせる事ができた事、力になれた事は嬉しく思っていますよ」
そう言ってモルガンと握手を交わし、カティアやアストレア達も微笑みを浮かべた。
「我ら一族は――そうですな。テオドール公の理念や理想に沿うように、海の平穏や陸の民との友誼を深めていけるよう力を尽くしましょう。テオドール公にも何かお困りの事があれば、我ら一族、地の果て海の底より馳せ参じて力になる所存でおります。我らは受けた恩義を、決して忘れはしませんぞ」
レンフォスが言うと、ヴェダル、ブロウスやオルシーヴといった面々が静かに頷く。
レンフォス達はこれで、俺との事が新たに深みの魚人族を縛りつけるような枷になる事を、俺が望んでいないというのを分かっている。だからこうした言い回しになるのであろうけれど。いやはや。義理堅い事だ。
「まあ、普段はそういう事は気にせずに、お互い気軽に行き来したりしたいものだけれどね。例の魔石に関する話は、なるべく早く連絡するよ」
「承知しました。私達としてもタームウィルズとフォレスタニアで様々な物を見せて頂き、楽しませていただきましたからね。次を楽しみにしております」
ヴェダルがそう言って、微笑んで頷く。
「お礼というのなら私もだわ。大変な時に助けてもらった事、忘れていないから」
キュテリアが丁寧に深みの魚人族にお礼の言葉を口にしたり、ドロレスがデメトリオ王に真剣な表情で「頑張ります」と伝えたり。
他にもバルフォア侯爵がローズマリーやヘルフリートに声を掛けたり……シャルロッテがパラソルオクト達との別れを惜しんでいたりと、それぞれ思い思いに言葉を交わす。
そうして――それぞれの陣営の面々が四つの転移門を潜り、故郷へと戻っていった。
「行ってしまいましたね……」
「一時的にでもお別れとなってしまうと、少し寂しいものです」
光が消えたところで、グレイスとアシュレイが言う。
「けれど、ネレイド族と深みの魚人族に関しては、留守を預かっていた人達がまた訪問してくるという話だし」
「ん。その人達にもきっちり楽しんで行ってもらいたい」
クラウディアが微笑み、シーラがそう言うと、みんなもうんうんと頷く。
そうだな。ネレイド族と深みの魚人族に関しては、それぞれ留守を預かっていた面々が入れ替わり訪問してくる事になっている。まあ、また遊びに来てくれる面々はしっかりと迎えたいところだ。
「テオドール公も、ありがとうございました。私の立場からはあまり多くは語れませんが、個人的には……此度の事は色々と喜ばしく思っていますよ」
と、グラディス王妃がそんな風に言う。
色々と、と簡単に言ったけれどグラディス王妃はあまり影響力を与えないようにしているからな。そこに込められた意味は本当に様々な事に対しての感謝の言葉だったに違いない。ヘルフリート王子の顛末やグロウフォニカ――西方海洋諸国の事も含めての感謝の言葉だったのだろうと思う。
グラディス王妃はグロウフォニカの事情も心配して、出発前に少しだけ声を掛けに来てくれたからな。そんなグラディス王妃の話もあったのでデメトリオ王の事情も慮った行動ができて……結果として良い関係を築けたというのはあるだろう。
「勿体無いお言葉です」
そう答えるとグラディス王妃は満足げに頷いた。
「ではな、テオドール。そなたも旅先から戻って来たばかり。予定が色々とあるとはいえ、あまり無理をせぬようにな」
「はい。陛下」
そうして、メルヴィン王や王妃達は共に王城へと戻っていったのであった。
それから……一日置いて訪れてきた交代の面々を火精温泉や劇場、商会に連れて行ったりと観光案内と歓待を続ける。それが終われば残っていた執務を片付けたりといった日々を過ごした。
そうしている間に旧フォルガロの最後のステルス船も旧首都に到着したという連絡が入り、残った矢印達全員に誓約魔法を使ってもらってから呪法を解呪するなどして……俺達にも日常生活が戻ってくるのであった。
ヘルフリート王子の一件と西方海洋諸国に関する諸々は、一先ずはこれで一段落したと言えるだろう。残った約束やこれから成すべき仕事。色々あるけれど、一つ一つ丁寧に進めていきたいものだ。