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128 薬と香と

『マルコム卿の件、委細承知。いずれマルコム卿とは話し合いの機会を設けたく。尚、現状では侯爵領の領民に変化があったとは報告受けておらず。緊急時は折り返し連絡するが、領民についてはこちらに任されたし』


 通信機にあったそんな返信は、父さんからのものだ。ノーマンがやらかしている可能性が高くなったと言えるか。


 俺は俺で工房で大鍋をかき回して胃薬の調薬中だ。

 ローズマリーの言うところによると効能は中々だがレシピは別に貴重ではない、との事である。マルコムの事を話すと、いっそレシピごと渡してしまえば後々面倒が無くて良い、と言っていた。

 というわけで、調薬は第三者に任せても良かったのだがローズマリーからもらったレシピが、案外難易度が低い物だったので、せっかくなら自分で調薬経験も積んでおこうと思ったのだ。


 まあ、それでも胃薬という日常でも役に立ちそうな薬だ。身に付けておけば何かの折りにという部分はある。材料も市場で揃う程度のもので、そんなに金もかからなかった。


 今後のマルコムの事を考えるなら、確かにレシピと原材料から調薬できる環境を整備しておいた方がいい。あまり金を掛けず、タームウィルズでも侯爵領でも薬を調達できるというのが理想だろう。


「こんなところかな」

「結構作りましたね」


 イルムヒルトの新しい防具の寸法を見ていた工房お抱え鍛冶師のビオラが、こちらを覗き込んで言う。


「大鍋に入ってるから量が多く見えるだけだよ。保存できるようにするには水気を飛ばして乾かしてから、すり潰して粉薬にする必要がある」

「じゃあ、そっちのすり鉢ですり潰しているのは?」


 アルフレッドが首を傾げる。机の上ではゴーレムが並行作業ですり鉢をかき混ぜている。


「何だか良い匂いがする」


 シーラが窓の外でこちらを気にしている様子が見て取れた。

 風魔法でカーテンを作って香気をあまり漏らさないようにはしているのだが、シーラには察知されてしまうようだ。工房の中庭では並行して戦闘訓練を行っている。今日はマルレーンの操るソーサーとの連携を模索しているようだ。マルレーンは真剣な表情でソーサーの制御に集中しているようである。


「そっちのは香料。蝋と混ぜて芯を入れて蝋燭の形にすれば、灯しておくだけで鎮静効果を得られる」


 こちらは胃薬と並行して使用してもらうためにといったところだ。

 混乱、錯乱、恐慌と言った状態異常に対して効果のある香料である。本来は小瓶から嗅がせる事で状態を正常に戻すという使い方をする静心香という道具だ。これは薄めてアロマキャンドルに仕立てる事で、日常で使えるようにする狙いがある。


「薬香か。君も色んな物を作るね」


 アルフレッドが苦笑する。

 胃薬の方は次の工程に入った。水魔法で大鍋から水分のみを奪っていく。後は残ったものを細かくすり潰せば完成である。一応、完成したら試飲しておくか。

 

「後でマルコム卿の所に届けてくるよ。父さんの返事も伝えておきたいし」

「分かった。僕はこのまま魔道具の調整をしているよ」

「みんなもこのまま訓練を続ける予定だから……警備の方は大丈夫かな?」


 今日はアルフレッドの婚約者である、オフィーリア嬢も工房に顔を見せているのだ。中庭にテーブルを出して訓練の様子を見学している。


「……アシュレイ様、いつもこんな大変な訓練をなさっていらっしゃるのですか?」

「今日はテオドール様が調薬中ですから、比較的静かな方だと思います」

「そうなのですか……。テオドール様には一度、フォブレスター侯爵領に招待したうえで、騎士団を鍛えていただきたいところですわ」


 オフィーリアは……交代で休憩に入ったアシュレイと雑談中のようである。

 顎に手をやって頷いているオフィーリアを、アルフレッドは穏やかな目で眺めてから言う。


「そうだねぇ。午後になったらタルコットも門番に来るそうだし。今、タームウィルズの中でも工房に詰めている戦力が一番厚いんじゃないかな。だから、僕とオフィーリアの事は気にしなくても大丈夫」

「ん、了解」


 タルコットは今、ペレスフォード学舎に真面目に通っているらしい。非常に地味な訓練も文句1つ言わずにこつこつやると教師陣の間ではタルコットを見直す声が多いとか、ロゼッタから聞かされている。


「そういえば、タルコットにも片思いの相手ができたらしいよ」

「へえ。相手はどんな子?」


 型に流し込んだ蝋燭を、水魔法で冷やして固めながらアルフレッドと雑談する。


「ペレスフォード学舎に通っている魔術師見習いの子だそうだ。タルコットが基礎を真面目に頑張っているのを見て、感銘を受けたそうだ。ちょくちょく話をしているのを見かける」

「なかなか良さそうな相手だね。ええっと。タルコットの過去は?」


 タルコットは一度婚約者に怪我をさせてしまって破談になってしまっているんだったか。

 没落したカーディフ伯爵家というのも、あまり良い材料ではあるまい。その辺の事を乗り越えられると良いんだが。


「知っているみたいだ。元々没落した準貴族の家の子らしくて。そういうところで、タルコットを理解してくれてるんじゃないかな?」


 そうか……。上手くいくと良いな。




 粉薬を詰めた瓶と蝋燭を詰めた箱を持って、飛竜に乗って王城へと向かう。

 マルコムが普段詰めているのは、騎士の塔の近くに建つ、東の塔という事になる。東の塔は所謂お役所的な機能を集めた場所だ。王城で働く役人や法衣貴族達が実務を行っている場所でもある。


 東の塔に入っていくと、入口を入ってすぐに受付と思われるカウンターがあった。


「今日はどういったご用件でしょうか?」


 受付嬢はカウンターの前に立った俺の姿を認めると声をかけてくる。


「失礼。テオドール=ガートナーと申します。マルコム=ブロデリック卿に渡しておいていただきたいものがあるのですが」


 名乗ると、受付嬢が目を見開く。


「い、異界大使様であらせられますか? お顔を存じ上げずに大変失礼いたしました!」

「ああ、いえ。王城にはあまり顔を出さないのでお気になさらずに」

「は、はい」


 受付嬢が血相を変えたので手で押し留める。


「マルコム卿にお伝えして参ります」

「急ぎの用ではありませんので。この後、王の塔に報告に上がる予定ですし」


 と言ったものの、受付嬢としてはすぐにマルコムに知らせに行ってしまうのだろう。マルコムにしろ受付嬢にしろ、忙しい中あまり気を遣わせるのは本意ではない。

 薬の使用についての注意点はレシピを書いた紙に記してあるから渡してもらえればそれで用事は事足りてしまうのだが。


「ええと。マルコム卿には後日取り次いでいただく形で結構ですよ」

「でしたら、王の塔には私どもが連絡をして参ります。迎賓館でお待ちいただければマルコム卿の予定もお伝えできるかと」

「よろしくお願いします」


 使用人にそのまま案内され、迎賓館の貴賓室らしき部屋に通された。

 使用人の淹れてくれたお茶を飲んでしばらく待っていると、マルコムが部屋にやってきた。


「これはテオドール様、大変お待たせしました」

「マルコム卿……。お仕事の途中だったのでは?」

「いえ。お気になさらず。丁度仕事も一区切り付きましたので」


 うーん。と言っているがどうなのやら。却って申し訳ない事をしたかも知れないな。


「薬を運んでいただけたという事ですが……」

「調薬してきました。薬効や注意点も紙に書かれています」

「た、大使殿が調薬を? ですが、その……。ただで受け取るというのは」


 マルコムには些か戸惑っている様子が見て取れた。

 その気持ちは分かる。あまり貸しばかり作るのは健全ではないし。ここはある程度ビジネスライクにいくか。


「分かりました。一応試していただいて効果があれば代金を頂くという事でどうでしょうか?」

「……重ね重ねのご厚意感謝いたします。大使殿」


 マルコムは表情を明るくすると深々と頭を下げてくる。

 とりあえず、使用上の注意や用量、用法などについての説明をつらつらと続ける。紙にも注意点は書いたが、アレルギーの類はないかなど最低限の問診らしき事だけはしておく。


「僕としても試作品なので――ああいえ。自分で試して安全性は確認してありますが。修行の一環ですから。それほど重く受け止められる必要はありません。薬効の方は後で感想をお聞かせいただければ」

「必ずご報告いたします」




 薬の使用についてはどうやら問題無さそうだ。マルコムにはどうやら殊の外感謝されたようである。

 仕事の途中で抜け出させる形にしてしまったところがあるので、迎賓館の前まで見送っていく。


「連絡に来た使用人と行き違いになってはいけません。この辺で結構です」

「そうですね。では、今日のところはこの辺で――」


 と、練兵場前の広場で会話を交わしていると、そこに誰かが近付いてきた。

 俺とは面識がないが、その男を認めたマルコムの反応と、その顔立ちの面影で誰であるかの見当はつく。

 男はマルコムに向かってにやにやと笑みを浮かべて、言った。


「やあ、久しぶりじゃないか兄上」


 ノーマン=ブロデリック。登城してきたようだが……いったい何の用で王城に来ているのやら。

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