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番外585 祝福の歌を

 そうしてみんなで境界劇場に移動する。境界劇場を鑑賞に来る貴族、武官、文官の招待客の内訳としては、宰相のハワード、宮廷魔術師リカード、騎士団長ミルドレッドといったメルヴィン王の側近。地方から出てきている者達の中でも各方面に顔の利く面々と、結構ピンポイントだ。


 西方海洋諸国と友好的な関係になっていくというのは王城での歓待で示されている。

 ヘルフリート王子の婚約を発表する場を設けるのは、その話を国内外に広く知らしめる為だから必要な事だ。後は何時どこで発表するかという段階ではあるのだが……その発表の場を王城での歓待の席ではなく境界劇場に選んだ。婚約の話そのものが政治的な色から少し離れている、という事を示す物でもある。婚約相手とその肉親達に対し、挨拶回りしにくい場を選んだわけであるからして。


 ヘルフリート王子達には政治的な意図を以って接するよりも、祝福して見守ってやって欲しいというメルヴィン王の親心と言えるが、ネレイド族へのアシストでもあるだろう。


 俺達も席につき、招待客もそれぞれ劇場の席に入った。そうして――メルヴィン王とその護衛、ヘルフリート王子とカティアが舞台袖へと向かう。


「これよりメルヴィン陛下から開演前の挨拶と祝福の言葉がございます!」


 と、文官が声を響かせると、観客席の声が静まる。

 ゆっくりと登壇するメルヴィン王。檀上の真ん中まで来ると、メルヴィン王が軽く両腕を広げる。拍手が響き渡り、やがて厳かな仕草でメルヴィン王がゆっくりと頷くと、それも静まっていった。少しの間を置いてメルヴィン王が口を開く。


「今日は――良き日、良き夜である。西方の海より二人の賢君と、平穏を愛する海の民の族長達が我が国を訪れている。その経緯については既に諸侯らも聞き及んでいよう。我らは酒杯を交わし、志を同じくする者であると確認し合った。故に、我が国と同盟各国は共に西方との新たな絆を築いていく事となる」


 メルヴィン王がそう言うと拍手と歓声が起こる。メルヴィン王は上機嫌そうに相好を崩して頷くと、頃合いを見て更に言葉を続けた。


「目出度き報せはもう一つある。幾分か私的な話であることは否めぬが……実は我が子、ヘルフリートの婚約が決まった。婚約相手は、さる海の民の令嬢である」


 メルヴィン王が笑みを浮かべてそう言うと、拍手が起こった。観客席から第1王妃ミレーネと第2王妃グラディス、デメトリオ王、コンスタンザ女王やバルフォア侯爵、モルガンやレンフォスといった各勢力の主だった顔触れや、ジョサイア王子やメルヴィン王の側近が笑顔で拍手を送ったのだ。


 俺達も――こういう場では影響力を発揮しないようにしているが――メルヴィン王とグラディス王妃、バルフォア侯爵といった顔触れが肉親として祝福の意を示しているのがはっきりとしているので……この場合は遠慮する必要もない。王妃達と共に拍手を送っている。

 ヘルフリート王子の婚約について初めて聞かされる面々も状況を飲み込むと、すぐに観客席全体に拍手と歓声が広がった。


「こうした時期であるが故に色々と事情に想像も働くであろうが……こと二人に関してはそうした出来事とは直接関わりもなくてな。話を聞いてみれば期せずして出会い、そして互いに惹かれ――これからの人生を共に歩んでいきたいと決意し、余に婚約の許可を求めてきた」


 メルヴィン王は一旦言葉を切り、そして続ける。


「陸の民と海の民……。その道行きには困難も多かろう。珍しい事でもあるだろうが、我が国や西方のみならず、あちこちの国を見回しても前例がないわけではない。だからこそ、様々な種族を繋ぐ願いが込められたこの劇場を――二人の婚約を公にする場として選んだのだ。王としては――二人の絆や、そこに向けられた祝福の想いが、西方海洋諸国や海の民との絆を深める事に繋がることを望むものである」


 その言葉にデメトリオ王達は再び笑みを深くして拍手を送った。


 グロウフォニカ王国に留学していたヘルフリート王子だ。

 フォルガロが倒れ、デメトリオ王達が訪れているこの時期の婚約発表では、どうしても西方での事件や政治的な関わりを想像してしまうところはあるだろうが……それはない、と皆の前で明言したわけである。

 実際、二人の出会いと惹かれ合った部分に、フォルガロの一件は直接の関係はない。過去からの因縁が最終的にそこに導いたとは言えるかも知れないが、それは結果論であって誰の意図が結びつけたものでもない。


 そして、率先してデメトリオ王達が拍手をしたという事は、婚約やこうした話の内容を事前に知っていたという事でもある。

 前例の話もそうだが、つまりは――西方海洋諸国としても祝福しているという事だ。特にグロウフォニカ王国はそうした海の民と結婚したという前例も多いしな。

 王としては政略的なメリットもあると匂わせたが……まあ、それは為政者としての姿勢を示すものと言えよう。


 メルヴィン王からヘルフリート王子とカティアが場を引き継ぐ。ヘルフリート王子は舞台の真ん中までやってくると、表情はやや硬いながらも優雅な仕草で一礼してみせた。


「このような晴れの日に――劇場の演目を楽しみにしている皆様を前に、私の事でお時間を取らせてしまった事を恐縮に存じております。しかし先程父上が仰って下さったように、この婚約が様々な国々、種族との絆を強くするもの、それを示せるものであるならば――先程の皆様の温かい拍手と祝福の想いを無駄にしないように、劇場に込められた願いに相応しい行いができるように、カティアと共にこの身で示していきたいと、そう皆様の前でお誓いしたいのです」


 そういって再び礼をするヘルフリート王子に大きな拍手と歓声が起こり、それが収まるとカティアも前に出て一礼する。


「お初にお目にかかります。カティアと申します。私もまた、ヘルフリート殿下と同じ気持ちでおります。西方に住まう海の民の一員として、尊敬すべき隣人である皆様と友好関係を築く……その礎となれましたら望外と存じております。先程の温かい拍手と祝福のお気持ち、本当に嬉しく思っております」


 そんなカティアの言葉に――また拍手と歓声が観客席を包む。そうして改めてメルヴィン王が前に出て、言葉を紡いだ。


「さて。舞台の主役たる歌姫達が出番を待ちわびて控えているというのに、これ以上言葉を重ねるのも無粋というものであろう。彼女達もまたヘルフリートとカティアの婚約を祝福したいと思っているようであるからな」


 そう言ってメルヴィン王が相好を崩すと、一際大きな拍手と歓声が返ってくる。そうしてメルヴィン王達はゆっくりと舞台を降り、俺達のいる客席へと戻ってくる。

 そうだな。イルムヒルトもシーラも。そしてドミニク、ユスティア、シリルも。みんなヘルフリート王子とカティアの婚約には好意的だから、出番を待ちわびているのは間違いない。


 グロウフォニカの宴で五人揃っての歌と演奏を披露しなかったのも、全て劇場で全力を尽くすと決めて温存していたからだ。ましてやその席がヘルフリート王子とカティアの婚約を祝福する場となれば、彼女達の気合の入り方も違って来る。

 みんなして「頑張るから楽しみにしていてね」と嬉しそうに楽屋に向かって行ったのだから。


 メルヴィン王達が観客席に戻ると、劇場の照明が落とされる。

 歓声と拍手も静まっていって――そうして、イルムヒルト、ドミニク、ユスティアにスポットライトが当たり、澄んだ歌声と美しい旋律が観客席を包んでいくのであった。

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