番外572 宴も終わり
そうして――ヘルフリート王子とカティアの婚約も無事成立。グロウフォニカ王国を訪問していた各国の王達もゆっくりと王城に滞在して骨休めをしてから、転移門を経由してそれぞれの国へと帰る事となった。
「では――西方海洋諸国の更なる発展と、同盟各国との絆が一層深まる事を祈っております」
「余らはこれにて国元に戻るが――今は西方海洋諸国の安定にとって大事な時期。暫くは魔道具による連絡を密にするとしよう」
「お心遣い、感謝する」
「ありがとうございます。また近い内に、酒杯を酌み交わす機会を設けたいものですね」
オーレリア女王とエベルバート王の言葉にデメトリオ王とコンスタンザ女王が笑顔で応える。
「テオドール達もな。タームウィルズやフォレスタニアにはまた遊びに行きたいのでな」
「はい。楽しみに待っております。暫くの間は国外に出る事もないと思いますので」
にやっと笑うイグナード王と言葉を交わす。
「転移門のお陰で他国を気軽に訪問できるようになったのは素晴らしい事だ。本来は中々立場上動けないのだが……次の機会を楽しみにしている」
「グロウフォニカ王国との航路開拓については私達の国も協力を惜しまない。その件についても連絡を密にしたいものだ」
ヨウキ帝とシュンカイ帝は上機嫌な様子だ。まあ……ヨウキ帝はヒタカにとっては要だし、シュンカイ帝も少し前まで国が乱れていて国外の事など考える余裕もなかったからな。
転移門のお陰で気軽に動けるようになったというのは二人にとってはかなり気晴らしになるのかも知れない。
「そうですね。グロウフォニカ王国から造船関係の技術を持つ方々を、タームウィルズにお迎えする事になっておりますので、また後日そうした機会を設けましょう」
と、デメトリオ王と頷き合う。
「はっは。お二人のような優秀なご子弟がいればドリスコル公爵領も安泰ですな」
「ありがとうございます。バルフォア侯爵とのお話は、父にもお伝えしておきます」
「その時は我らもな」
「楽しみにしておるぞ」
その一方で、バルフォア侯爵とオスカー、ヴァネッサ。それからファリード王、エルドレーネ女王と笑顔で言葉を交わし合っていた。
バルフォア侯爵領はドリスコル公爵領、バハルザード、グランティオスに隣接する位置にあるからな。
旅の間、バルフォア侯爵にはファリード王を紹介すると約束をして、実際に宴の席でもそうした機会を設けたわけだが、オスカーとヴァネッサ、エルドレーネ女王とも同時に知己が得られて、バルフォア侯爵としては実に有意義な宴となったようで。
「兵士達の分担も円満に纏まって良かった。多少我らの負担が少ないのが気になるが」
「その事については問題ありませんよ。同盟も協力してくれていると見せられるだけで私達に利の大きい話なのですから」
レアンドル王の言葉に笑みを浮かべるコンスタンザ女王。
滞在中は単に観光というだけでなく、旧フォルガロに駐留させる将兵達の分担についても話し合っていたようではあるが、そちらも円満に纏まった。
旧フォルガロの体制移行についてはグロウフォニカ王国とガステルム王国が主導する。駐留する将兵の割合もそれに応じて多くなるので、兵站やそれに伴う資金面も両国が請け負う事になったようだが、それでも両国に利するところが大きい。
同盟の兵士達も駐留して協力しているというのは、ただそれだけで抑止力になる。費用対効果としてはかなりのものだろう。
何せ、各国の精鋭が旧フォルガロの将兵達の前で十全に力を振るったわけだからな。その上で各国の将兵達が駐留しているわけだから……同盟と西方海洋諸国全てを敵に回すと承知の上で手出しをする輩もそうはいないだろう。
「ではな。また近い内に遊びに行く」
「アウリアとも約束をしているのでな」
「いやはや、ちょっと前までは考えられんな、この気軽さは」
と、御前やオリエが楽しそうに笑い、レイメイがそんなかつての好敵手の様子に苦笑を浮かべていた。
そんなレイメイも、ゲンライと火精温泉で酒を酌み交わそうなんて約束をしていたりするのだが。
「では、妾達もまたフォレスタニアで」
と、パルテニアラ。魔界を調査する準備も色々と進めて行かなければならないからな。
「ふふ、デイヴィッド。テオドール様達にお別れの挨拶を」
コートニー夫人が腕に抱いたデイヴィッド王子に言う。デイヴィッド王子は人見知りをあまりしないタイプなのでにこにこと上機嫌だ。みんなが代わる代わる挨拶に行っていたが、俺もデイヴィッド王子に挨拶をしにいくと嬉しそうな笑顔で手足をばたばたとさせて喜んでくれていた。
「では殿下、また近い内にお会いしましょう」
そう言って握手をするように指先を手元に差し出すと、デイヴィッド王子は俺の指を握り返してくれた。そんな光景にみんなの表情も緩む。
「またね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「ああ。パルテニアラ様やガブリエラ殿下の護衛だから、またすぐに会うとは思うが」
「うん。楽しみにしてる」
と、カルセドネとシトリアがスティーヴン達と言葉を交わす。
「ではな。タームウィルズで待っているぞ」
「はい、メルヴィン陛下」
思い思いの相手と別れを惜しみ、そうして各国の面々は転移門の輝きと共に帰っていった。
グロウフォニカ迎賓館の転移門の間は人数が一気に減って、みんなもどこか名残惜しそうだ。
ちなみに……デメトリオ王、コンスタンザ女王、バルフォア侯爵、造船技術者、ネレイド族と深みの魚人族、キュテリアやソロンといった顔触れは――俺達と共にシリウス号でタームウィルズとフォレスタニアに向かう予定だ。
今回の宴の返礼というわけではないが……今度は西方の面々がタームウィルズとフォレスタニアに行って観光というわけだな。
転移門で直接向かわないのは……飛行船で向かうことで、同盟との信頼関係が良好なのを西方海洋諸国に示す意味合いもある。
まあ、初めてヴェルドガルを訪問する面々が多いというのもある。転移門で向かうのも便利だが、旅情や風情となるとやはり直接向かった方が感じられるだろうし。
とは言えデメトリオ王もコンスタンザ女王も多忙だ。船旅ではなく、空の旅。帰りは転移門という手段が取れる為に往路で飛行船を選べるというところもあるが。
「ふむ。名残惜しくはあるが――余らも出立の準備を進めつつ、王城へ向かうとするか。その場所でタームウィルズに派遣する技術者達も紹介しよう」
「分かりました。では」
と、デメトリオ王の言葉に頷く。
デメトリオ王としては俺達に造船技術者を紹介すると共に、諸々のお礼もしたい、との事だ。大分貸しを作ってしまったという自覚はあるので、それは固辞せず受け取っておいた方が良いのだろう。
コンスタンザ女王や深みの魚人族からも色々とお土産を貰ってしまったしな。
ネレイド族からもお土産を貰っているし、その前に……旅の途中でグランティオスからもお土産を貰っているから既に結構な収穫になっているのだが、だからこそグロウフォニカが何もしないというわけにもいかない、というのはあるのかも知れない。
因みにネレイド族から受け取った品はヘルフリート王子とカティアが使っていた、お互いの居場所が分かるという貝型の魔道具だ。
術を施せば普通の二枚貝を同様の代物にできるという事で「所持していれば色々と安心ではないでしょうか?」と、モルガンやアストレア達が俺達の分を纏めて用意してくれたのだ。
通信機の装飾だとか首飾りのような装飾品にすれば、中々良い感じになってくれそうな気がするな。魔界探索に向かった際の事を考えても心強い。
まあ、何はともあれ、一旦グロウフォニカの王城へ向かうとしよう。派遣される造船技術者という人物も気になる事だしな。