番外570 王子の決意
グロウフォニカ王国での宴は、結構な盛り上がりを見せて賑やかに過ぎていった。
明けて一日――。今日の予定は昨夜が宴会だったということもあり、特に予定が無ければグロウフォニカ王国にゆっくりと滞在する、という事になっている。
深酒した者はそうした宴会の疲れを癒して行って欲しい、というわけだ。各々王城の客室でのんびり過ごすもよし、グロウフォニカの王都を観光するもよしといったところだ。
俺達に関しては――王城で過ごす予定だ。というより、メルヴィン王から声をかけられているのだ。旅先で見てきた事の話を聞きたいと。
昨晩宴会の時に声を掛けられた。日々の進捗に合わせた定期的な報告、顔を合わせた時に顛末についての報告もしているが、そうした正式なものより砕けた場での話をしたい、という事らしい。
俺だけでなく、アルバートやヘルフリート王子にも、という話だ。当事者であるネレイド族、深みの魚人族も一緒で構わないという事だったが……。
「そうなると、ヘルフリート殿下とカティアの事を話せる場なのかどうかっていうのが気になるところだね」
と、朝食をとって戻ってきたところで、アルバートとオフィーリア、ヘルフリート王子とカティアにも部屋に集まってもらって、ちょっとした作戦会議を行う。
メルヴィン王にヘルフリート王子とカティアの事を切り出すにしても、段取りというものがある。例えば昨日のような宴の席では伝えるのは人目が多すぎる上に、メルヴィン王は招待客として列席しているわけだから、そうした話を切り出す場ではないわけだ。
今度はもう少し私的な場という事になるから、ヘルフリート王子とカティアの話を切り出す事もできるだろうか。
「わたくしだって何となくで察したのだし……父上が昨晩のヘルフリートの様子を見て、察するものがあったからこうして場を作ってくれた、という可能性もあるかも知れないわね」
ローズマリーがそんな風に分析をする。そうだな。それも有り得ない話ではないか。
「ええと。僕は……そんなに分かりやすかったかな?」
「まあ、それと知っている僕達では客観的な判断はしにくいけれど、ね」
ヘルフリート王子の言葉に、アルバートが少し思案しながら言う。
昨晩のヘルフリート王子は――確かにカティアと笑顔で言葉を交わしたりと、親しくなっている様子を見て取る事は出来た。
ただ、それはアルバートの言うとおり、俺達が二人の関係性を知っていたからというのはあるだろう。ローズマリーは情報や状況から看破したから、肉親なら見ていれば気が付いたり察したりする可能性は高いとしても、昨晩の宴会は人が多かったから、ヘルフリート王子達に目が行かなかった……というのも有り得るかも知れないし、メルヴィン王の意図はまだ不明というところだ。
それと……この一件に関してはこうして作戦会議を練ったりといったアシストはできても、俺からの直接的な口添えは難しい。
というのも、俺の立場だとどうしても影響力が大きいので、王族の婚姻に関わる話に口出しをするのは好ましいとは言えないからだ。まあ……メルヴィン王から意見を求められればまた話は変わるけれど、あくまで俺はネレイド族との友好の為に助力し、そこから一連の繋がりでフォルガロの騒動を解決しただけ、という事になる。
そのあたりはヘルフリート王子も分かっているので……後はどこでどう切り出すか、というのが大事になってくるのだが――。さて。
「僕は――」
と、ヘルフリート王子は静かに口を開き、自分の考えを口にするのであった。
メルヴィン王と話をする場所は――俺達が初めてデメトリオ王と顔を合わせた庭園だった。約束の時間になる頃合いの少し前に庭園に移動して待っていると、やがてメルヴィン王とその護衛達が姿を現した。
「おお、テオドール。待たせてしまったかな?」
「いえ。僕達も先程来たところです。ですが……僕達が今回の旅の話をする前に、少しヘルフリート殿下と、ネレイド族の族長の姪であるカティア嬢からお話をしたい事がある、とのことです」
「ほう」
俺の言葉に、メルヴィン王が少し目を見開き、ヘルフリート王子とカティアに視線を置く。
「ふむ。隣にいるのがカティアであったかな」
「はい。父上」
「カティアと申します」
と、ヘルフリート王子とカティアは些か緊張した面持ちでメルヴィン王に挨拶をする。
「僕達は――お二方のお話が終わるまで、少し庭園の離れた場所で待たせて頂きたく存じます」
「あい分かった」
メルヴィン王は静かに頷く。
ヘルフリート王子とカティアの決断は――最初に包み隠さず話をする、というものだった。
ネレイド族の探し人を発端とした事件は大事になってしまったが、グロウフォニカに向かった当初はフォルガロの事など予想していなかった。
フォルガロの一件の解決に繋がった事は結果論でしかないので、それをして功績などとは思わず、ヘルフリート王子とカティアはその気持ちを誰にも頼らずに、率直に伝える事を選んだ、というわけだ。
旅の話を聞きたいという、メルヴィン王の言葉にも合致するものであるし。
メルヴィン王は――ヘルフリート王子達の様子に何か思うところがあったのか、少し真剣な面持ちで二人に向き直った。そうして、東屋を示して言う。
「ふむ。では、話があるのなら聞こう」
「ありがとうございます」
メルヴィン王と共に庭園の東屋に移動するヘルフリート王子とカティア。そうして東屋に腰かけ向かい合ったところで、ヘルフリート王子が深呼吸をする。メルヴィン王はヘルフリート王子が話を切り出すのを、静かに待っている様子であった。
「では……発端となったネレイド族との一件について。大筋ではお伝えした通りなのですが、父上に切り出せずにいた内容がある事を最初にお詫び致します」
意を決したらしいヘルフリート王子が話を始める。こうして口に出してしまえば後戻りはできない。
カティアとの出会いは伝えた通り。最初はグランティオスとの関係もあって怪我をしていたカティアを治療し、話を聞いて、その上で相談を受けたという事になっているが。
「彼女の怪我が治るまで……グランティオス王国での話や、海の暮らし、陸の暮らしについてカティアと話をしている内に……その、僕達はお互い惹かれ合っていたのだと思います」
はっきりとヘルフリート王子は口に出して伝えた。
その話を聞いても、メルヴィン王は然程驚いた様子はなかった。庭園で二人揃って話をしたい、という時点でその辺りの事には予想がついていたのかも知れない。或いは、もっと前の段階で何かしら察していたか。
「……ふむ。陸の民と海の民の恋、か。立場もある。生きる場所も違う。他のネレイド族と話もせず、不透明な見通しの内に余に打ち明けられなかったというのは分からなくもない」
「そ、その……ヘルフリート殿下は私達一族の事を考えて下さったからでもあるのです。私達一族の秘密にも関わる事で、一族以外の方に伝えるのは……難しい事情がありまして」
カティアも緊張しながらも言う。メルヴィン王は護衛の騎士達に視線を送り、少し離れさせると、カティアの言葉に耳を傾ける。
カティアがメルヴィン王に伝える言葉は――小声であったので俺達には分からない。
但し、伝えている内容は分かる。ネレイド族と伴侶の寿命に関する話だ。精霊に近いネレイド族は長命種だが、伴侶と定めた相手と寿命を共有してしまう。それ故……ネレイド族にとっては秘中の秘なのだ。その想いを悪人に利用されるような事は避けなければならない。
「なるほど……それでは確かに、余人に漏らすわけにいかぬし、慎重になるのも分かろうというもの。余に聞かせてくれたのは、族長も知るところなのか?」
「はい」
メルヴィン王を見据えてカティアが頷くと。メルヴィン王は目を閉じる。
「その事については、余もヴェルドガル王家の名誉にかけて余人には漏らさぬと誓おう」
「ありがとうございます……!」
「良い。族長も知っているという事は、ネレイド族は二人について認めている、ということか……ふむ」
メルヴィン王はそこまで言うと、眉根を寄せて思案するような様子を見せる。
数瞬の間を置いて――ヘルフリート王子とカティアの心配そうな顔を見て「ああ、違う違う」と苦笑して手を振った。
「余としては――そなたらの望みを叶えてやりたいと考えているのだよ。その為には後年、その秘密をどう扱うべきかと考えてしまってな」
メルヴィン王のそんな言葉に、ヘルフリート王子とカティアは顔を見合わせた。言葉の意味を噛み砕いて、明るい表情になる。そんな二人をメルヴィン王は穏やかに笑って見やる。
「――政略的に見ても、西方海洋諸国や海の民との繋がりを深くしておく意味でも悪くはない話だ。そうした実利はそなたらも考えたのであろう? それを口にせず、フォルガロの一件を手柄とせず、テオドール達にも頼ろうとせず。ただお互いの身一つで自身の気持ちを伝えようとした。その心意気は買おう」
そうだな……。素直な気持ちをぶつけた方がメルヴィン王には好印象だというのは知っていたつもりだが。後戻りできない話ならそれでも万全を尽くそうと余計な事まで言ってしまいたくなるのが人情というものだ。
実利は確かにある。問われれば答える事は出来たとしても、自分から売り込もうとはせず、人脈に頼る事も自制して、自ら矢面に立った。そんなヘルフリート王子とカティアの在り方は、メルヴィン王には好ましいものなのかも知れない。
「故に――余もはっきりと伝えておこう。二人の交際と婚約を認める、とな。諸問題はこれから考えていけば良い」
「あ、ありがとうございます!」
メルヴィン王の言葉に、ヘルフリート王子とカティアは思わず身体が動いたといった調子で立ち上がってお辞儀をしていた。満足げに微笑むメルヴィン王。少し間を置いて、顔を上げたヘルフリート王子がおずおずと尋ねる。
「その……父上はあまり驚かれなかったようですが……。もしかすると薄々勘付いておられましたか? 姉上にも看破されてしまったもので……」
ヘルフリート王子の言葉にメルヴィン王はにやりと笑う。
「グラディスは好きな相手ができたのではないかと、薄々勘付いていたようだな。余が確信に至ったのは……昨晩の宴の折ではあるかな」
第2王妃グラディス――ローズマリーとヘルフリート王子の実母だな。ローズマリーが察したのならグラディス王妃も何かしら察してもおかしくはないか。
そうしてグラディス王妃から話を聞いていたのであれば、メルヴィン王も今までの話や昨日の様子で察しがつく、と。
「やはり……傍目から見ると、分かりやすいものなのでしょうか」
少し肩を落とすヘルフリート王子である。
「ふっふ。それとな。テオドールはこの件で口出しをしないようにと気を遣ってくれていたようではあるが……それは逆説的にこの話に反対する必要がない、と考えているという意味でもある。旅の間に見てきたカティアの人柄を示すものでもあるだろう。だからこそ、この場で婚約を認めると判断を下す事もできたわけだ。グラディスも……ヘルフリートが見初めた相手で、テオドールやアルバートが同行しているのなら間違いはないだろうと言っておったぞ」
メルヴィン王は俺を見てにやりと笑った。
「それは……参りました。陛下の仰る通りです」
と、アルバートと顔を見合わせてから苦笑して答えると、メルヴィン王は楽しそうに笑うのであった。