番外569 グロウフォニカの宴
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
番外566 デメトリオ王との再会
番外567 同盟大結集
の本文中にて、深みの魚人族の残り二名を隷属魔法から解放するシーンを入れ忘れておりました。
該当のお話の中に加筆しておりますが、このお話のみ読んでも意味が通じるようにしております。
お話の大きな流れに変更はありません。不手際失礼いたしました。
宴会場に運ばれてきた料理についてはやはり魚介類尽くしだ。
ロブスターを蒸したものであるとか、蟹のスープであるとか、鯛やヒラメのムニエルであるとか……。高級食材が目白押しという感じで、深みの魚人族が漁に当たって気合を入れていたのが分かる。
それをグロウフォニカの宮廷料理長達が宴会用の料理にしたのだから、美味くないはずがない。
ムニエル一つとっても――柑橘系の酸味とバターのまろやかさ、香草の風味が利いたソースに白身魚の旨味が良く馴染んでいる。ロブスターも大ぶりで食べでがあるな。溶かしたバターをつけて食べる料理であるようだが、新鮮なお陰で引き締まった身の食感とエビらしい旨味が何とも絶品である。
「ん……。流石は海の民」
という、シーラの反応である。一口ごとにその味をしっかりと味わっているのか、耳と尻尾がよく動いて反応していた。
そして――その食材を獲ってきた深みの魚人族はと言えば、酒を飲んで上機嫌な様子だ。
城で保護されていた2人も隷属魔法から解放されて……漁を終えた深みの魚人族と城で合流した時は、それぞれの家族と抱き合ったり涙ぐんだりしていた。だがこうして宴が始まると嫌な記憶を忘れるかのように酒盛りを楽しんでいる様子で――。
「いや、あの時の戦いはすごかったな。テオドール公が光を放ったかと思うと、ものすごい勢いで飛んで行って――」
「ああ。あの光が噴き出して飛んでいく術かな。我らの時も相当なものであったが、あの時よりもますます腕を上げているように感じる」
「テオドール達はあちこちで激戦を乗り越えておるからのう」
酒の肴は俺の話のようだが、イグナード王やエルドレーネ女王もその中に混ざって、盛り上がっている様子であった。そんな会話に楽しげに頷くレアンドル王やファリード王である。
解放された6人の深みの魚人族に、戦いの様子を話したりしていたのだ。宴の席なので瞳についてはぼかしたりもしているようだが……まあ、楽しんでもらえているなら何よりである。
「いやはや。フォルガロから解放されるために戦う、という光景を夢想した事は幾度となくありますが……まさか、その戦いを経ても我らの中から死者や大怪我をする者が出ないとは……」
「本当に……テオドール様と皆様にはいくら感謝しても、し足りませんな」
長老や戦士長としてあちこち挨拶回りに行っていたレンフォスとヴェダルが、俺の近くにやってきてそんな風に言った。俺が深みの魚人族の方を見ていたのに気が付いたらしい。
「策が功を奏した、といったところでしょうか。僕としても今の状況は嬉しいですよ」
「……今、あの者達が笑顔で家族と寄り添っていられるのは、テオドール様のお陰ですな。我ら一族、この恩義を忘れる事はありませぬぞ」
俺の言葉に、そう言って穏やかに笑うレンフォス。その視線の先では魚人族の皆が家族と共に寄り添い、談笑や食事、酒盛りに興じている光景があった。
そうして、宴の席は賑やかに続いていく。その内、デメトリオ王に許可を取った宮廷楽士達が一旦演奏を切り上げて、こちらにやってくる。そうして丁寧に挨拶と自己紹介をしてから、楽士達の代表であるらしい女性が言う。
「イルムヒルト様達の奏でる音色と歌声は大変お美しいものと、西の海でも評判になっておりますよ。楽士の端くれとして、お会いできたら是非お話や交流をしたいと考えておりました」
「それは……少し照れるわ」
宮廷楽士の言葉に微笑んで、やや気恥ずかしそうに頬を赤らめるイルムヒルトである。境界劇場の評判は西方海洋諸国にも伝わっている、ということだな。
「でも……うん。ありがとう。私だけじゃなくて、今日は歌える人、演奏できる人もいっぱい来ているから……その人達も交えて音楽の交流ができたら嬉しいわ」
「ん。私も手伝う。美味しい食事のお礼もしたい」
と、たっぷりと食事を満喫したらしいシーラも参戦を表明だ。
「それは、素敵ですね……!」
というわけで宮廷楽士達と交代し、みんなで演奏していこうという話になった。
まずはイルムヒルトとシーラが楽器を用意し、バルコニーに出て演奏を始める。イルムヒルトの澄んだ歌声と共に、リュートからどこか民族的な雰囲気ながら疾走感のある旋律が流れると、グロウフォニカの重鎮や将兵達が一瞬驚いたような表情を浮かべて――そうして、酒杯を傾けながら聞こえてくる音色に耳を傾ける。
旅に出た少年達が冒険を経て一回り成長して故郷に戻ってくる、と。そんな内容の歌だ。歌詞からも音色からも冒険心を擽られるというか。
ヴェルドガル王国の民間で伝わっている曲ではあるが、冒険者に人気のある曲だったと記憶している。今回の宴は祝勝や凱旋という意味合いもあるので、中々マッチしているかも知れないな。
俺もイルムヒルト達の演奏に合わせてマルレーンからランタンを借り、歌詞と共に冒険の風景を映し出したりするとみんな笑顔になっていた。
イルムヒルトが一曲奏で終わったところでシーラとゴーレム楽団も加わって、弾むような曲調の音楽を奏でれば、将兵達も表情を明るくして身体でリズムを取ったり親しい者同士で踊ったりと、宴の盛り上がりに華を添える。如何にも踊って下さいといった曲調のチョイスに、みんなも乗った形だ。俺も広間や中庭に光球や泡を飛ばして演出を買って出る。
イルムヒルトもシーラも場数を踏んでいるからな。二人とも相当器用なので演奏もかなりの技巧だ。さりげなく披露される高等技法や、音域の広いイルムヒルトの歌声に、宮廷楽士達も感動している様子であった。
勿論、それだけでは終わらない。ハーピーやセイレーン達もいるのだから、こうした光景に触発されないわけがないのだ。
代わる代わる歌声や楽器の音色を広間と中庭に響かせる。ゴーレム楽団に代わって魔力楽器を演奏するのだが、それぞれにもう随分と弾きこなしているようで……。だというのにまるで曲調がそれぞれの陣営で違うのが面白い。魔力楽器をそれぞれの音楽文化の中に落とし込んで活かしているのが見て取れる。
それに、ハーピー達もセイレーン達もみんな歌声は天性の物を持っているからな。
楽器無しで歌声を重ねる――所謂アカペラやゴスペル、ボイスパーカッションに似た技法の歌を披露する。
これは最近ハーピー達とセイレーン達が合同で練習していたらしい。幾重にも重なった声が深みのある空間を作り出す。リズムを取る為の手拍子に、宴会場のみんなも手拍子を合わせたりと、一曲終わるたびに歓声が上がって大盛り上がりだ。デイヴィッド王子もきゃっきゃと手足を振って喜んでいた。
深みの魚人族も演奏に参加する。宴会という事で彼ら特有の石琴や貝の笛といった楽器を持ち込んでいるのだ。ハーピー達やセイレーン達とまた違う雰囲気の音色におお、という歓声があがった。
リン王女やユラやアカネもそれに続いて演奏をしたりと、中々国際色豊かな演奏会だ。
リン王女の奏でる二胡の音色は幽玄で美しく、西方では馴染みのない旋律でありながらもみんな聞き惚れている様子だ。リン王女の演奏は何というか……人の心を打つものがあるからな。
リン王女が演奏を終えて、はにかみながらユラ達に場を譲る。
「やっぱりリン殿下の演奏は惹きつけられるものがありますね」
「ありがとう、テオドール様」
俺が拍手をすると、リン王女は嬉しそうに笑った。そうしてシュンカイ帝やセイラン、ゲンライや麒麟に、戻ってきたところを明るい笑顔で迎えられていた。
「では――次は私達ですね」
ユラは――踊りではなく、今回は琴を爪弾く。それに合わせてアカネが横笛の音色を響かせる。イチエモンも囃子太鼓を打ち鳴らしてと……。イチエモンは相変わらず多芸な事だ。
西方では東国の楽器や曲調も物珍しいのだろうが、幽玄な曲や美しさを感じさせる旋律と、色々と宴を盛り上げる内容に事欠かない。
「ユラは儀式的なものだけでなく、今度はこうした宴でも楽しんでもらえるようにと練習をしているようであったからね。お披露目できる機会があって良かった」
と、拍手をしながら近付いてきたヨウキ帝がユラ達のレパートリーの増加に関してそんな風に教えてくれた。
「そうだったのですか。いや、お見事な演奏でした」
「ふふ、ありがとうございます」
俺の言葉に嬉しそうに笑うユラ達である。
「東国との交流か。こうした素晴らしいものを見せられてしまうと、航路開拓の技術協力も楽しみになってくるな」
と、デメトリオ王もバルコニーにやってきてそんな風に言う。そうだな。長距離を移動する船舶と中継地点の開発について技術協力の話も取り付けている。それらの話が進んで行くのも楽しみだ。