番外563 残った問題は
お土産を貰ったりしつつ歓待の時間も過ぎていき、ガステルム王城での一泊となる。
ガステルム王城の浴場、貴人用の客室、夜間に使っても構わないと言われたサロンは細かな装飾が施されて格調が高い印象だった。
ガステルムもまた歴史が古いからな。細部までよく手入れされていて、大切に使われているのが窺える。俺としては……魔法建築を行っている関係上、装飾の技法に目が行ってしまうところがあるな。
こうして装飾等に目を向けられるのも、フォルガロの事件が一段落し、残りの魚人族が無事という見通しがついたからというのはある。
まあ、元々がヘルフリート王子を発端としたネレイド族の問題事を解決する旅であり、アルバートとオフィーリアの新婚旅行だと考えると、一連の事件も終わってようやく羽根を伸ばせるようになったのだと言えるか。そのヘルフリート王子やアルバート達は先に風呂から上がったので、俺は俺で大浴場が貸し切りになったところで魔法生物達と少々の長湯を楽しませて貰っている。
「ああ。良いお湯だ」
と、天井を見上げながら声を漏らすと、隣で湯船に浸かったウィズがこくんと頷き、ウロボロスも心地よさそうな唸り声を上げていた。バロールも湯船に浮いて、目蓋を半分ほど閉じて夢心地といった印象である。
カドケウス、ネメアとカペラも湯船から顔だけ出して湯を楽しんでいるようだ。
普段色々と頑張ってもらっている事への労いも込めて、魔力補給をしながら魔法生物組にも風呂で寛いでもらっているというわけである。
そんな風にして時間をかけて湯船に浸かり、風呂を上がってからはキマイラコートを生活魔法で乾かしたりしてからサロンへと向かう。
ヘルフリート王子とカティア、アルバートとオフィーリアを始め、みんなものんびりと寛いでいた。
先に風呂を上がってから、サロンで集まって話をすると言っていたのだ。コンスタンザ女王も一緒で、同じく風呂上がりらしいグレイス達と談笑をしていたようだ。
「ああ、これはテオドール公」
と、俺の姿を認めて声を掛けてくるコンスタンザ女王である。
「テオ、こちらへどうぞ」
「ん。ありがとう」
微笑むグレイス。というわけでみんなのところに同席させてもらうと、アシュレイがお茶を注いでくれた。アシュレイが水魔法で冷やした冷茶であるそうだ。火照った体に心地が良い。
「ありがとう、アシュレイ」
そう言うと、アシュレイはにっこりと笑う。
「諸々一段落して気が緩んだからか、つい装飾等々を見ながら長湯をしてしまいました。良いお湯でした。ありがとうございます」
「気に入っていただけたなら何よりです」
コンスタンザ女王は頷いて、微笑みを浮かべた。
「一段落、か。僕は……戻ってからもまだ本番が待っているな」
ヘルフリート王子が割と真剣な表情で言う。
「ヘルフリート殿下は島でも要塞でも頑張っておいででしたから……その事はメルヴィン陛下にはお伝えしておきます」
要塞内部ではカティアと共に射撃班のサポートに回っていたヘルフリート王子である。
相手の応射を風魔法で減衰させたりする他、怪我を負ったり、魔力を消耗した魚人族に各種ポーションを持っていったりと。前線に立てないなら立てないなりに要塞内部で奔走する役回りを自ら買って出てくれた。
そうした行動は、海の民との友好に一役以上も買ってくれているだろう。
政略的な利を見た場合にも、ヘルフリート王子の行動は意味がある。特にドリスコル公爵領は海に囲まれているし、西方海洋諸国やグランティオスと隣接していると言える。タームウィルズも海に面しているしな。今回の一件に関しても西方海洋諸国がしっかりと絡んでいる以上、ヘルフリート王子が海の民との親善を深めてくれるというのは……意味が大きいと思うのだ。
「ありがとう。僕も父上との話をどう進めるか、しっかり考えておくよ」
「テオドール様がこうして口添えしてくれるというのは……心強いですね」
「本当、嬉しいわ」
ヘルフリート王子の言葉に微笑むモルガンである。カティアも俺に一礼してくる。
「僕も、何時でも相談には乗るよ。まあ、父上は真摯な気持ちをぶつける方が喜びそうだけど」
「それは……あるかも知れないね。僕も……そんなに器用じゃないからな」
と、アルバートが言って、ヘルフリート王子が思案するような仕草を見せる。
ステファニアやマルレーンもうんうんと頷いていた。ローズマリーは羽扇で口元を隠して目を閉じていたりするが、あれは口出ししなくてもアルバートの方針で間違っていない、と思っているのだろう。バルフォア侯爵も微笑ましい物を見るような表情でヘルフリート王子とカティアを眺めていた。
まあ……確かにな。メルヴィン王は政治的な背景を抜きにしても気持ちを汲んでくれると思うが、だからと言ってそういう人格面で甘えてしまうのもどうか、というところはある。その点、ヘルフリート王子がこうして緊張感を持っているのは良い事なのだろう。
それから暫くの間ヘルフリート王子とカティアの婚約についての話をしてから各々の寝室に戻った。
そうして夫婦水入らずの時間を過ごさせて貰って……ガステルム王国での一夜が明ける。
今日は予定通りネレイド族の里へ向かい……魔法建築をしてからグロウフォニカ王国の王都へ向かう。コンスタンザ女王もまた、俺達と引き続き同行するという事になっている。
朝食を済ませたら早速シリウス号に乗り込んで出発だ。
「またいつでもおいで下さい。テオドール公ならいつでも歓迎しますぞ」
「そうですね。次の機会には他の海洋諸国とも挨拶をしたいところです。ガステルム王国に立ち寄らせてもらえると以西、以南方面には色々と動きやすくなりそうですね」
「それは――彼の国々も喜ぶ事でしょう」
と、柔和そうな印象の宰相が笑みを浮かべた。
ガステルム王国にも魔道具や魔力楽器やらで特産品との交換ができないかと話を持ちかけてみたのだが、事務用品に関する約束をしていた事もあって快く応じて貰えた。
例によって楽器やら植物やらを色々と見せてもらったのだが……その中に気になる物があった。
南西方面から新しく伝来した植物ということで……カカオの種子があったのだ。
これはガステルムが貿易で入手した品であるらしい。栽培や加工の仕方も情報として得ているそうで。
カカオに関しては赤道直下のような暖かい気候でなければ栽培できない。
持ち帰って植物園で育てても大量生産できるわけではないが……個人的な範囲で楽しむ事はできるし、それでチョコレートやココアを広められれば、西方海洋諸国との貿易に繋がる。
俺達が持ち帰る事で西方海洋諸国との貿易が盛んになるなら寧ろ歓迎だと、コンスタンザ女王は気前よく加工用と栽培用でカカオを俺達にお土産としてくれたのであった。
恐らくは南西方面の海洋諸国とガステルム王国との関係も良くなる話だろう。南西方面は中々に興味深いな。
そうしてガステルムの家臣団から見送られながらみんなでシリウス号に乗り込み、点呼や忘れ物がないかの確認も終えたところで……ゆっくりと浮上を開始する。
目指すはネレイド族の里だ。グロウフォニカ南方なので、このまま東に向かって微調整しながら進んで行けば到着するだろう。
ネレイド族の里に向かって――シリウス号は結構な速度で進んで行く。俺は俺でどんな建物にするか、色んな貝の形の模型をこねくり回したりして、みんなに意見を聞いたりしていた。
里の建物は基本的に巻貝型ではあるのだが、それは建材となる魔物貝がそうした種類だからだ。だから魔法建築で一から作るこちらとしては、巻貝に拘る必要はないわけで。
真珠貝や帆立貝のような二枚貝をモチーフにした建物を作るのも十分にありだろう。基本形状がドーム型に近いので建築もしやすいしな。
「少し特殊な立ち位置の施設ですし、それも面白いかも知れませんね」
と、モルガンは結構楽しそうだ。まあ、色々案はあるが後は実際に現場を見て、周辺との調和を考えつつ決めていこう。