番外562 隠密船と歓待と
深みの魚人族を保護したとのことで城へ向かうと、騎士達に城の中を案内される。フォルガロに同行したコンスタンザ女王の護衛達から事情を聞かされて、本国の騎士達との情報共有は済んでいるとの事で。
「経緯を話すと彼らはいたく感激していた様子です。但し私達の話も伝聞ですので……」
「分かりました。彼らには改めてお話をしたいと思います」
「はい。それと……皆、怪我もなく、元気な様子でした」
「それは良かった」
俺の言葉に騎士達も明るく笑い、ブロウスとオルシーヴも安堵した様子だった。
そうして向かった先は貴賓室だ。先に通されていた4人の魚人族は俺達を見るなり、騎士が主君にするように片膝をついて挨拶してきた。
「お初にお目にかかります、境界公」
「どうやら皆を助けて頂いたばかりか、私達の事まで気遣って下さったようで……」
「どうお礼を言えば良いのか、言葉も見つかりません」
「まさか、このような日が来ようとは……」
と、恐縮している様子の4人である。騎士達から聞いたフォルガロでの経緯等と、俺の放った呪法の伝言とで彼らも諸々の事情を理解しているようである。
「無事で何よりです。まずは……立ち上がって下さい。早速かかっている魔法の解除をしてしまいましょう」
そう言うと、彼らは顔を上げて、感激しているとも放心しているともつかない表情で立ち上がる。
隷属魔法を解除する旨も、ディエゴの伝言では触れられている。ディエゴが立ち会っているわけではないが、俺の行動は隷属魔法の命令に沿うものだ。なので、彼らの意識は保ったままでも問題ない。
一人一人、正規の魔道具を使って順番に隷属魔法から解放していく。彼らの身体からガラスが砕けるような音と共に光の粒が散った。彼らに届いていた呪法の獣も一緒に外れて、身体の中から薄らと透ける頭蓋骨が中空に飛び出すと、にやっと笑って消えていった。
魚人達は少しの間、呆然と自分の掌を見たり自身の身体に触れたりしていたが……やがてその表情が明るいものになる。
「やった……やったな!」
「良かった、本当に……!」
と、一人が声を漏らせば堰を切ったように、みんなで喜びの声を漏らしていた。
「残りの2人はグロウフォニカ王国で待っているので……明日には全員の解放が終わりそうですね。グロウフォニカ王国には、転移魔法で魚人族の集落にいる家族の皆さんも来る予定ですよ」
「おおお……」
今後の予定を伝えると、魚人達は顔を見合わせて感動の声を漏らしていた。集落の皆……家族も無事。再会もすぐということで、吉報に次ぐ吉報といったところだろうか。抱き合い、背中や肩を叩き合ったりして喜ぶ魚人族を、みんなも笑顔で見やる。
「隠密船の乗組員達はどうしていましたか?」
尋ねると、4人は苦笑する。
「頭の上に矢印が浮かんで……随分と慌てていましたよ」
「俺達の行動を止めようとしましたが、命令に違反する度に身体に強烈な痺れのようなものが走るようで……」
「私達の船の連中も、結局は諦めてフォルガロ公国に戻ることにしたようです」
そうだな。俺が乗組員に送った呪法の獣は、適切な対処ができなければ相手に憑依する、というような術式になっている。伝言の内容に対して命令違反を起こすと、即座にスタンガンで攻撃されたような痺れを発生させるのだ。
殺傷能力は低いし意識を奪う事もないが、行動を阻害するには十分な威力を持っている。深みの魚人族へ危害を加えさせず、逃亡や命令違反を許す事もないようにと術式を組んだが……どうやら成功したらしいな。
まあ、フォルガロの首都――元首都だが――に戻ってきたら、誓約魔法を用いて貰った上で解呪をするというのが良いだろう。
深みの魚人族が保護されたという事で、隷属魔法からの解放を優先し、魔法建築の仕上げを途中で一旦切り上げてきていた。
転移門の起動テストや細かな部分の装飾、魔道具の設置など、もう少しやるべき事が残っているのだ。保護した魚人族達も連れて再び現場へ戻る。
「これが境界公の魔法建築……」
と、魚人達は興味深そうに建物を見回している。
「もうほとんど終わってしまっているのが何ですが、明日も魔法建築をする予定ですよ」
「おお……! それは楽しみです」
「魔法建築も見物なのだが、やはり境界公の戦いはすごいものだったな」
「ほうほう」
そんな風に言う魚人達に、ブロウスとオルシーヴはフォルガロでの救出作戦や氷の要塞作り、テンペスタスとの戦いやらを身振り手振りを交えて詳しく話をしていた。
4人はその場に居合わせなかったのを残念がったりもしていたが、話には引き込まれているようで。
そんな様子を傍目に残りの作業を進めていく。転移門の起動テストやあちこちの装飾作り、魔道具設置と動作テストもきっちりと行う。これが終われば……城での歓待だな。
そうして諸々の仕上げを終えて城に戻った頃には夕暮れ時になっていた。空腹感も丁度いい頃合いだろうか。
城の広間に通されると、そこでは既に歓待の準備が完了しているらしく、食欲をそそる良い香りが漂っていた。楽士隊の奏でる優雅な雰囲気の音色もまた宴の始まりを盛り上げてくれている。
コンスタンザ女王と共に席に通されると、宮廷貴族や騎士達も広間に入ってくる。
皆が席に着いたところでコンスタンザ女王が前に出て行き、歓待の前の口上を述べる。
「皆、良く集まってくれました。皆も聞いての通り、ヴェルドガル王国よりフォレスタニア境界公が我が国を訪問しております。フォルガロ公国が長年に渡り行っていた悪事を白日の下に暴き、魔法により無理矢理公国に従わされていた海の民を解放しました。私も途中から行動を共にしていましたが……聞きしに勝る英雄殿と言えましょう」
コンスタンザ女王はそこで一旦言葉を切ると、少し憂いを帯びた表情を浮かべる。
「アダルベルトに率いられたフォルガロ公国は、戦闘を目的とした魔法生物達を作りました。そして……強大な力を弄び、驕ったが故に、アダルベルトは自らの首を絞める結果となったのです。私はあの魔法生物達に恐れを抱きましたが……テオドール公はそうではなかった。恐るべき魔法生物の前に立ちはだかり、それを退けながらも、戦いの後に彼の魔法生物達の為に安らかな眠りを願い、鎮魂の祈りを行ったのです。私の瞼の裏には今も尚、あの時の暖かな輝きが焼き付いています」
そう言って、目を閉じ胸の辺りに手を当てるコンスタンザ女王。
「テオドール公は知勇だけでなく、慈しみを持ち合わせる御仁。そんな方と知己を得られ、こうして交流を深められる機会を持てたことを、嬉しく思います。今宵は存分に宴の席を楽しみ、これからの我が国の――延いては海洋諸国の、新たな船出としようではありませんか!」
コンスタンザ女王が両手を広げて家臣達に呼びかけると、歓声と拍手が巻き起こる。
いや……そんな風に紹介されてしまうと色々と気恥ずかしいものがあるが……。まあ、こういう席だし表向きだけは堂々としていよう。
コンスタンザ女王の言葉に一礼を返すと、また歓声が大きくなっていた。
そうして口上も終わったところで料理が次々と運ばれてきた。色合いも赤く鮮やかで、外見と匂いからするとスパイシーな料理が多い印象だ。
白身魚を使った料理だとか、イカスミを和えたパスタ……更には貝、海老、タコと、やはり魚介類が豊富な様子で、シーラの耳と尻尾の反応からすると上機嫌なのが見て取れる。イルムヒルトもそんなシーラの反応を見てにっこりと笑っていた。
興味を引くのは……やはりイカスミ料理だろうか。
「イカの墨を使った料理です。見た目は独特ですが味わいが深くて美味しいですよ。その……少しばかり食後に生活魔法等を使う必要はありますが」
と、コンスタンザ女王が少し笑って教えてくれる。生活魔法を、というのは口の中がイカスミで黒くなるからか。まあ、俺達は生活魔法を使える面々も多いので、そうした心配もいらないが。
「では……」
という事でイカスミパスタを食べてみる。イカスミの独特の風味と旨味が口の中に広がる。パスタの茹で具合も丁度良くて……。
「ああ、これは美味しいわね」
と、微笑むクラウディア。そうだな。貝やイカもパスタソースに良く合う。スパイシーな味わいのスープも魚介類の濃厚な旨味が感じられるもので……とろけるようなタマネギの食感や風味と相まってかなり絶品だ。ああ。これは食が進むな。
そうして、ガステルム王国での歓待の席は和やかに進んで行くのであった。